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人獣共通の病原性大腸菌は飼い主と犬との間を行き来する

 同じ家に暮らしている犬と人間の腸内フローラが近似する現象が確認されています。この現象は主として細菌が口から消化管内に侵入した時に起こる現象ですが、「尿道口」という全く別の開口部から侵入した場合は尿路感染症の原因になることがあります。

人と犬で共有される大腸菌

 調査を行ったのはデンマーク・コペンハーゲン大学のチーム。2014年2月から5月までの期間、市内にある1病院において院内感染以外の地域感染ルートで病原性大腸菌による尿路感染症と診断された患者の中からペット(犬または猫)を飼育している人を選別し、飼い主と動物との間で病原菌の移行がどの程度起こっているのかを調べました。
 調査への参加同意を得られた19名の尿路から単離された細菌を分子疫学的に調べると同時に、飼い主に協力を仰いで検査用の綿棒をペットの便の中に突き刺してラボに送ってもらいました。
 得られた全サンプルを抗菌選択培養した結果、19名中7名では人とペットで細菌を共有している可能性が浮上したと言います。特に可能性が高かった2組に関しては、人とペットのサンプルが抗菌薬に対してまったく同じ感受性を示し、なおかつPFGE(パルスフィールドゲル電気泳動=微生物株の異同を推定する解析方法)では区別がつかないほど酷似していたとのこと。

感染ルートは双方向性

 調査チームは確認のため、10ヶ月後のタイミングで再び2ペアから便サンプルを採取し、中に含まれる病原性大腸菌を調べました。その結果が以下です。国際的なコンセンサスはないものの、2つの大腸菌サンプルに含まれるSNPs(一塩基多型)の違いが17以下である場合、2つが同一のものである可能性が高いという目安があります。
  • ペアA69歳の女性と飼い犬/3年間同居
    飼い主と犬の両者がST988株を排出していたが、細菌数に関しては人の方が多かった。人から新たに採取されたサンプルのうち6つは、10ヶ月前に尿から単離された株のSNPとの違いが2~7と少なかった。一方、10ヶ月前に犬の便から単離された株との違いは83~86と多かった。大腸菌の変異率から逆算し、ペアAの人から採取された菌は、10ヶ月前に尿から単離されたものと同じものである可能性が高い。
  • ペアB53歳女性と飼い犬/9年間同居
    新たに採取された犬の便サンプルだけからST80株が単離された。この株のSNPは10ヶ月前に自身の便から単離されたものとの違いが13だったのに対し、10ヶ月前に人の尿から単離されたものとの違いは23~40だった。
 ペアAの場合、尿路感染症を引き起こした病原性大腸菌を保菌していたのが飼い主の方であり、何らかのルートを通じて犬の消化管内に入り込んだ結果、便サンプルから人と相同性が高い菌が検出されたものと推測されます。
 一方ペアBの場合、尿路感染症を引き起こした病原性大腸菌を保菌していたのが犬の方であり、わずかな変異を起こしながら10ヶ月に渡って腸内に保菌し続けているものと推測されます。聞き取り調査の結果、犬は人が使うベッドやソファを共有しており、時折人と同じ食事を与えられていたとのこと。
 こうした結果から、病原性大腸菌が「人→犬」「犬→人」という両方のルートを通じて感染しうることがうかがえます。ペアAのST998、およびペアBのST80はメジャーな株ではないものの人と犬両方において腸外病原性大腸菌(ExPEC)として報告があるものです。犬が人に大腸菌を移すだけでなく、人が犬に菌を移してしまう可能性もありますので、まめな手洗いの重要性が改めて強調されます。
 人→犬の一例としては「飼い主がトイレ後の手洗いを怠る→その手で犬におやつを与える→その口で自身の股間を舐める→尿路感染症」などがあります。犬→人の一例としては「犬に食糞癖がある→その口で飼い主の手を舐める→その手でトイレに行き局部を触る→尿路感染症」などがあります。細菌が口から消化管内に入れば腸内細菌叢の近似化だけで終わるかもしれませんが、尿道口から逆行すると深刻な尿路感染症を引き起こす危険性があるでしょう。
Dogs Can Be Reservoirs of Escherichia coli Strains Causing Urinary Tract Infection in Human Household Contacts
Peter Damborg, Mattia Pirolo et al., Antibiotics 2023, DOI:10.3390/antibiotics12081269
犬では腸管外病原性大腸菌が尿路感染症だけでなく子宮蓄膿症の原因菌になりうることも報告されています。