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クラシック音楽による犬への鎮静(リラックス)効果~術前にモーツァルトを流すのが有効?

 音楽がさまざまな動物に対してリラックス効果をもたらすことはよく知られています。この効果を利用し、手術を控えた犬に投与する鎮静剤の効果を高めることはできるのでしょうか?

術前の音楽と犬の鎮静度

 麻酔の効果を高めるため事前に投与する鎮静剤は、量や時間を間違えると交感神経を過剰に抑制して低血圧や胃腸不動を引き起こし、呼吸補助が長引いてICUでの滞在期間が延びたりします。こうしたリスクを回避するため、さまざまな動物においてプラスの効果が報告されている「音楽」を代替的に利用できないものでしょうか。ギリシアにあるテッサリア大学のチームが実験を行いました。

調査対象と方法

 調査対象となったのは臨床上健康で聴覚に異常がない20頭のビーグル。メス7頭+オス13頭、平均3.6歳、平均体重11.9kgというスペックです。
 犬たちをランダムで3つのグループに分け、以下で示す3つの音響的状況を少なくとも3ヶ月のインターバルを空けて全頭が経験するようデザインされました。クラシック音楽の音量は50~65dBです。
術前90分の音響環境
 調査とは全く別目的の手術を受ける前、「45分間音楽→精神安定剤(アセプロマジン)投与→さらに45分間音楽」という流れで犬たちを鎮静状態に置き、中立的な評価者が「音楽曝露直前→曝露90分直後→麻酔直前」というタイミングで鎮静の度合いを0~15で全頭評価しました。

調査結果

 調査(=音楽)開始から90分後のタイミングにおける音響状況ごとの犬たちの鎮静度は以下です。25th(パーセンタイル)は小さい方から数えて25%地点、中央値はちょうど中間地点、75thは75%地点における数値を示しています。
音響環境と犬の鎮静効果
手術前の各音響環境における犬たちの鎮静スコア比較折れ線グラフ  各数値を中央値(=50パーセンタイル)で比較した所、統計的に有意なレベルで「ショパン(5.0)>無音(2.0)」および「モーツァルト(6.0)>無音(2.0)」という大小関係が認められました。一方、ショパンとモーツァルトとの間に格差は認められませんでした。
 また挿管に要した麻酔薬(プロポフォール)の量を比較した結果、統計的に有意なレベルで「ショパン(18%減)<無音」および「モーツァルト(26%)<無音」という大小関係が認められました。一方、こちらでもショパンとモーツァルトとの間に格差は認められませんでした。
Effect of Classical Music on Depth of Sedation and Induction Propofol Requirements in Dogs
Georgiou, S.G.; Sideri, A.I.;Anagnostou, T.L.; Gouletsou, P.G.;Tsioli, V.G.; Galatos, A.D. Vet. Sci. 2023, DOI:10.3390/vetsci10070433

クラシックの鉄板はモーツァルト?

 今回の調査により、少なくとも無音環境よりクラシック音楽の流れている環境の方が、手術を控えた犬たちにより深い鎮静をもたらす可能性が示されました。

音楽の鎮静メカニズム

 音楽による鎮静効果がいったいどのような生理学的メカニズムを通して発揮されているのかはよくわかっていません。仮説としては、音楽が迷走神経(疑核)に働きかけ、副交感神経を優位にすることで交感神経を抑え込んでいる、などがあります。
 交感神経の興奮が引き起こすのは血管収縮、心筋刺激と心拍上昇、気管収縮と気道抵抗の増加、呼吸スピードと消費エネルギーの増加、全身性の筋疲労など。一方、副交感神経の優位化がもたらすのはストレスレベルの低下、コルチゾールやカテコールアミンの低下、内因性オピオイドやオキシトシンの増加などです。
 上記したような交感神経系のバランス調整により、音楽が深い鎮静効果をもたすものと想定されています。実際、呼吸器を付けた人間の患者を対象とした調査では、音楽を聞かせた群において呼吸心拍数の低下や動脈血圧の低下が認められたと報告されています。

犬に最適な音楽は?

 犬を対象とした先行調査では、毎分60~80拍程度のリズムがプラスの効果をもたらしたと報告されています。またウシ、ブタ、ラット、雌鶏では80dBの音量がネガティブな影響をもたらすこと、および犬でも80~85dBで鎮静効果が阻害されることが報告されています。逆に覚醒状態の犬では43~73dBでポジティブな効果があるとされていますので、音量としては当調査内で設定された60~70dB程度が適切と推測されます。
 流す音楽に関しては、理由は不明ながらモーツァルト(Κ.448)が人やラットにポジティブな効果をもたらすとされています。当調査内でも統計的には非有意ながら、鎮静効果に「モーツァルト>ショパン」という傾向が見られましたので、暫定的な鉄板曲として覚えておくとよいかもしれません。
今回の調査はあくまでも術前の犬を対象としたものです。日常の中における最適な音楽に関してはクラシックに限らず、ソフトロックやレゲエなど意外なジャンルも好まれることがわかっています。犬が好きな音楽のジャンルは存在するのか?