トップ2023年・犬ニュース一覧8月の犬ニュース8月1日

コーギーの変性脊髄症(DM)を遺伝子検査で撲滅する

 ウェルシュ・コーギーの好発疾患として名高い変性脊髄症(degenerative myelopathy, DM)。2017年から一般向けの遺伝子検査サービスが開始されましたが、実際のところ有病率は減っているのでしょうか?

コーギーの変性脊髄症(DM)は減少傾向

 変性脊髄症(DM)はウェルシュコーギーペンブロークの好発疾患。遺伝様式は常染色体劣性(潜性)遺伝で、疾患遺伝子を両親から1本ずつ受け継ぎホモ型になると発症します。有効な治療法がないため、徐々に歩行の自由が奪われていく姿を見守るほかありません。 変性脊髄症(DM)を発症したコーギーは車椅子の使用を余儀なくされる  2017年、成犬を対象としたDMの遺伝子検査が比較的安価なD2Cサービス(医療機関を経由せず消費者が直接検査機関に依頼)として提供されるようになったのに続き、2019年には子犬向けのサービスも登場しました。理論上、すべてのブリーダーが種雄(父犬)と台雌(母犬)の事前検査を行い、疾患遺伝子を保有した個体を繁殖ラインから除外すれば、コーギーからDMを撲滅することも可能ですが、実際のところ有病率は減少しているのでしょうか?アニコムパフェが調査を行いました。

調査対象

 調査対象となったのは2012年から2022年の期間に生まれた5千頭を超えるウェルシュ・コーギー・ペンブロークたち。子犬向け検査サービスが開始された2019年から2022年までの3年間で、実際に検査を受けた犬たちのデータが参照されました。ターゲットとなったのは、コーギーにおけるDMの原因とされるイヌ31染色体上にあるSOD1(superoxide dismutase 1)遺伝子の変異(c.118G>A)です。

調査結果

 遺伝子型によりワイルド(変異遺伝子もたず)、キャリア(変異遺伝子1本保有=ヘテロ型)、アフェクテド(変異遺伝子2本保有=ホモ型)に分類した結果が以下です。下段の数字は犬の誕生年を示しています。 コーギーにおけるSOD1変異遺伝子保有率の変遷一覧グラフ Negative selection on a SOD1 mutation limits canine degenerative myelopathy while avoiding inbreeding
bioRxiv(2023), Hisashi Ukawa, Noriyoshi Akiyama, et al., DOI:10.1101/2023.07.25.550492

繁殖と販売での2重スクリーニング

 実際に変性脊髄症(DM)を発症するホモ型(アフェクテド)の保有率は2017年を境に急落しています。これは成犬向けの遺伝子検査サービスが国内でローンチしたタイミングに一致します。さらに子犬向けサービスが開始された2019年からも下降が続き、直近2022年では3%を切るまでに激減しています。2013年に報告された48.4%(59/122)という数字と比較するとまさに劇的という言葉が当てはまるでしょう。
 犬の塩基配列にまったく介入しなかった場合の遺伝子頻度を調査チームがシミュレーションしたところ、実測値とは大きな隔たりが認められたとのこと。アフェクテドの割合が激減した理由が単なる偶然ではないのだとすると、やはり遺伝子検査の登場によって繁殖段階での個体選別と、販売段階でのスクリーニングが2重に反映された結果と考えるのが妥当でしょう。 遺伝子頻度のシミュレーション値と実測値の比較図  上記仮説は117頭の子犬を対象としたゲノムワイドSNP(一塩基多型)解析でも補強されています。こちらの調査では2019年と2022年の近親係数が比較され、ワイルド個体とアフェクテド個体との間に有意差がないことが確認されました。近親交配が増減していないのに疾患遺伝子の保有率だけが下がったということは、検査結果が交配時に参照されたことが強く示唆されます。実際、系統発生解析では2022年のワイルド個体群では他の系統から血統が導入された可能性が示されています。
DMのD2C検査機関
子犬のSNP解析ではSOD1のほか、確率論では説明できない頻度で含まれる3つの遺伝子機能が特定されました。ペプチド抗原結合やMHCに関連したこれらの遺伝子が生体にどのような影響をもたらすかはまだわかっていませんので別途モニタリングが必要です。