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生の鹿肉を感染源とした犬の肺吸虫症例

 ジビエの人気に伴い、通販などで狩猟動物の生肉を手軽に入手できるようになりました。しかし加熱調理を怠ると、潜伏していた肺吸虫によって重篤な呼吸器症状が引き起こされますので要注意です。

肺吸虫症とは?

 肺吸虫(Paragonimus)は哺乳動物の生肉や淡水カニを食することで感染する食品媒介蠕虫症の一種。アジア、南米、アフリカのほか日本でも感染例が報告されています。 肺吸虫のライフサイクル  正確な統計はないものの年間50人超が被害に遭っていると推計されており、日本国内においてはウェステルマン肺吸虫および宮崎肺吸虫の2種がとりわけ多いとされます。
 消化管経由で体内に侵入した虫体は体壁を突き破って胸腔・肺に移行し、呼吸器系のさまざまな症状を引き起こします。また神経系へ侵入した虫体がまれに重篤な神経症状を引き起こすこともあります。 わが国における肺吸虫症の発生現況

鹿肉を原因とする肺吸虫症

 今回の症例報告を行ったのは東京農工大農学部付属動物医療センターを中心としたチーム。以下は概要です。
 6歳になるキャバリアキングチャールズスパニエル(10.4 kg | BCS3/5)がおよそ2ヶ月にわたって継続する進行性の咳き込みを主訴として主治医を受診した。初期診断は再発性の気胸だったが、犬は完全室内飼育で外傷歴がなかったため、精密検査を目的として2022年5月に東京農工大農学部付属動物医療センターに回された。
 血液検査では総白血球数と好中球数で上昇が見られた以外異常はなく、エックス線検査では6~14mmの複数の円形陰影が確認された。またCT検査では不正形の結節状軟部組織のほか複数の空洞状病変が視認された。 肺吸虫症を発症した犬における右肺の病変部CT画像  気胸の原因が肺実質(右後葉)における空洞病変だったため外科的にこれを切除。精密検査の結果、寄生虫を原因とする肉芽腫性肺炎であることが判明した。保存サンプルの質が悪かったため遺伝子レベルでの同定はできなかったものの、形や組織学的な特徴から肺吸虫(P. ohirai)の可能性が高いと判断された。
 飼い主へ改めて聞き取りを行ったところ、発症の4ヶ月前のタイミングで北海道から取り寄せた生の鹿肉を給餌したとのこと。肺吸虫の検出潜伏期(体内に侵入してから検出可能になるまでに要する時間)が5~7週間であること、および発症から2ヶ月が経過していたことから逆算し、最終的に重度の肉芽腫性肺炎と空洞病変および再発性の気胸は、生の鹿肉を感染源とする肺吸虫症と診断された。
 念のため蠕虫薬を投与した上で経過を観察した結果、手術から390日後には再発もなく健康体を取り戻した。
A case of a dog with paragonimiasis after consumption of raw deer meat
Aritada Yoshimura, Daigo Azakami, Miori Kishimoto, Journal of Veterinary Medical Science(2023), DOI:10.1292/jvms.22-0443

生肉と寄生虫の危険性

 肺吸虫の第一中間宿主は淡水のカタツムリ、第二中間宿主は淡水の甲殻類、そして終宿主はカニを食する人間や犬とされています。しかし軟体動物や甲殻類を誤食した動物による感染例も少なからずあるようです。

ジビエ肉の危険性

 文献資料261報に記載された肺吸虫症488例を元にした疫学調査では、原因食材が判明した344例のうち淡水産のカニが過半数(59%)を占めていた一方、イノシシ肉が33%という高い割合を占めていたと報告されています出典資料:国立感染症研究所)
 シカは草食動物なので中間宿主になりえないはずですが、2014年8月~2015年3月までに捕獲されたシカ96頭分の体幹部筋肉を対象とした調査では、1検体から肺吸虫の幼虫2隻が検出されたと報告されています。今調査の結果と合わせると、イノシシ肉だけでなく生の鹿肉は肺吸虫の感染媒体として無視できないと考えられます出典資料:肺吸虫症 IASR 国内情報)

生肉の扱いには要注意

 現在、日本国内ではジビエ人気に伴い生の鹿肉を通販で簡単に入手できます。しかしイメージの悪化を防ぐためか「肺吸虫の危険性があるため必ず加熱してください!」という親切な注意書きをしているサイトはほとんどありません。それに加え、いまだに一部の人は「生肉信仰」を信奉しており、野生に近い非加熱という形が犬の体に一番合っていると盲目的に信じています。
 こうした事情が絡み合うと、今回の症例のように鹿肉の中に潜伏していた肺吸虫が犬の体内で猛威を奮い出し、最悪のケースでは肺の切除と言う侵襲性と費用が高い治療を余儀なくされることもあります。
 常識的な内容になりますが、愛犬の健康を守るため飼い主にできることは以下です。
食中毒・感染症予防
  • 食材は必ず加熱する
  • 使用した調理器具は洗う
  • 食器を使い回ししないこと
  • 食材を扱った後は手をよく洗う
先行調査では、猟犬の寄生虫感染率を高める危険因子として「犬にイノシシの生肉を与えている」(リスク3倍超)というものが挙げられています。犬にジビエを与えると寄生虫感染率が高まる