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犬の糖尿病発症リスクには季節性と地域性がある~冬や高緯度地域における発生率が高いが理由は不明

 膵臓からのインスリン分泌障害やインスリン機能不全が原因で血糖値が高い状態に維持されてしまう犬の糖尿病。アメリカ国内における発症リスクを解析したところ、「冬」という時間的な因子および「北部」という空間的な因子が関わっている可能性が浮上してきました。

犬の糖尿病の発症リスク

 調査を行ったのはペンシルベニア大学獣医学部を中心としたチーム。2017年4月から2019年10月までの期間、アメリカンケネルクラブ(AKC)、複数の犬種協会、29の獣医教育機関、個人開業している2次診療施設、さまざまなソーシャルメディアに対して広くアンケートを配布し、犬における糖尿病の発症リスクが何であるかを検証しました。
 下垂体性の糖尿病を除外した上で、医療データが十分だった960頭の患犬が最終的に解析に回されました。 犬の糖尿病

若年性の糖尿病

 365日齢未満で発症する「若年性糖尿病」の割合は全体の2.8%(27/960頭)でした。診断時における年齢中央値は88日齢、純血種とミックス種の発症リスクに格差はなく、また純血種だけに絞ってみても好発品種は認められませんでした。さらに性別や不妊手術のステータスとも無関係だったそうです。
 1988年の調査では同症の有病率が糖尿病患犬のうち1.2%と報告されていますので、30年のうちに高まった可能性が指摘されました。血縁関係にある犬を調べても家族性が疑われる症例が見られなかったことから、キースホンドやゴールデンレトリバーなど一部の犬種を除き、犬の若年性1型糖尿病には遺伝的要因以外の因子が強く影響している可能性が高いと推測されました。

成年性の糖尿病

 365日齢以上で発症する「成年性糖尿病」の割合は全体の97.2%(933/960頭)と大部分を占めていました。発症時の年齢が明確だった861頭における年齢中央値は3,189日齢(8.74歳)。発症リスクに関してはオスメス間(52:48%)に格差は見られなかったものの「避妊手術済のメス犬>未避妊のメス犬(45.5:2.4%)」および「去勢済のオス犬>未去勢のオス犬(49.2:2.8%)」という統計格差が認められました。

総合

 若年性と成年性を度外視し「糖尿病」という大きな括りで見た場合、冬(12~2月)および北部(モンタナ・ワイオミング・ノースダコタ・サウスダコタ・ネブラスカ) において診断されるケースが多いことが明らかになりました。 季節別に見た犬における糖尿病の診断比率 地域別に見た犬における糖尿病の診断比率 Seasonality and geography of diabetes mellitus in United States of America dogs.
Qiu LNY, Cai SV, Chan D, Hess RS (2022) PLoS ONE 17(8): e0272297, DOI:10.1371/journal.pone.0272297

糖尿病の危険因子と理由

 犬における糖尿病の発症リスクを統計的に解析した結果、無視できない因子が幾つか認められました。

冬/低気温

 冬季(12~2月)に診断される症例が多いことから、冬の特徴である「低気温」が何らかの形で発症リスクに関わっている可能性があります。
 例えばスウェーデンのウプサラで健常な男性1,117人を対象としてインスリン感受性テストを行った結果、冬になるとインスリン感受性が低下すること(=インスリンが効きにくくなって血糖が下がらない)、および季節にかかわらず気温が低下するとインスリン感受性が低下することが確認されたといいます。
 また犬を対象として過去に行われた実験では、極端に寒い温度で人為的に高血糖が誘導されてインスリン抵抗性が高まることが確認されており、さらにアメリカのウィスコンシンで糖尿病と診断された250頭の犬を調べた所、気温が低下する1月と2月における発生率が高かったと報告されています。
 寒冷刺激と糖尿病との因果関係には未知の部分もありますが、人医学でも獣医学でも確認されている因子ですので無関係と考える方が不自然でしょう。
 一方、860頭の犬を対象としたスウェーデンの調査では、「メス犬+春」という条件が揃ったときの診断率が高かったというやや矛盾した報告があります。こちらのデータに関しては、同国で未手術率が高いこと、および未手術のメス犬では成長ホルモン濃度が高く維持され、インスリン抵抗性が上昇して糖尿病を発症するリスクが高まることが診断率に影響したのではないかと推測されます。

北部/高緯度

 北部において診断される症例が多いことから、北部高緯度の特徴である「日照時間」が発症リスクに関わっている可能性があります。
 人間における1型糖尿病の関連因子としては高緯度、少ない日照時間、寒冷気候、冬季などがあります。メカニズムは完全に解明されていませんが、少ない日照時間と低い気温が体内におけるビタミンDの生合成、インスリン感受性、ライフスタイル、食事内容などに影響を及ぼすのではないかと推測されています。
1型糖尿病
膵臓のインスリンを出す細胞(β細胞)の異常が原因で血糖値が高く維持されてしまう内分泌系疾患。インスリンの分泌自体はあるもののインスリンの作用機序が障害されて発症する2型糖尿病とは区別される。
 特にビタミンDと糖尿病との関係は複数の調査で示唆されています。例えば1型糖尿病患者459人と健常な対照グループ208人を比較したところ、診断時点における血漿ビタミンD濃度は患者グループの方が有意に低かったととか、世界中に散らばる19の地理的区域でビタミンD受容体遺伝子を調べた所、紫外線にさらされる機会が少ない地域と多い地域とではポリモーフィズムに違いがみられたといった報告があります。
 しかし人間とは違い犬は体内におけるビタミンDの生成能力が十分ではなく、必要量は食事を通して摂取しなければなりません。ビタミンDの摂取量が糖尿病の発症に関わっているのだと仮定すると、日照時間ではなく食事の量による影響が大きいということになります。冬になると基礎代謝の上昇に合わせてどちらかといえば摂食量が増えますので、日照時間であれ食事量であれ、ビタミンD不足が糖尿病を引き起こしているという可能性には疑問符が残ります。

ウイルス?

 糖尿病の隠れた危険因子として注目されているのがウイルス感染症です。
 例えば3千人近い糖尿病患者とほぼ同数の対照群を含む合計38報を元データとして行われたメタ解析では、エンテロウイルスが1型糖尿病の発症に関わっており、この関連性は5つの大陸全てで確認されたと報告されています。
 ウイルス感染と糖尿病発症のメカニズムはよく分かっていませんが、1つの可能性としてはコクサッキーウイルスやアデノウイルスが膵臓のベータ細胞に感染して内部で増殖することにより、細胞死もしくは細胞の機能不全を招いてインスリンの合成・分泌が阻害されるというものが想定されています。
 1型糖尿病を発症した子供と健常な子供を対象としてエンテロウイルスおよび呼吸器系のウイルスの抗体検査を行った所、患者グループにおいて高い保有率が確認され、春や冬の診断例が多かったという報告もありますので、ウイルス感染という隠れた因子が犬の糖尿病発症にも関係している可能性も否定できないでしょう。
 今回の調査結果を踏まえて一例を挙げれば「緯度が高い+冬→寒い→免疫力低下→ウイルスが増殖しやすい→膵臓細胞の機能障害→1型糖尿病」などです。 犬の糖尿病