トップ2022年・犬ニュース一覧10月の犬ニュース10月7日

「犬の肥満は心臓に悪い」を科学的に検証したらどうなる?

 肥満体型は犬の心臓に悪いとよく言われますが具体的にどのような負担がかかっているのでしょうか?またダイエットによって元に戻すことは可能なのでしょうか?

ダイエットによる犬の心臓変化

 調査を行ったのはイギリス・リバプール大学を中心としたチーム。肥満の犬では心臓の拡張期および収縮期における機能不全、左室壁の病的な肥厚、自律神経の状態を反映するHRV(心拍変動)の低下が見られるという仮説を検証するため、ダイエットの前後で血圧、バイオマーカー、心エコー検査、HRVにどのような変化が生じるかを調べました。 減量の前後において肥満犬の心臓では構造的な変化が生じる

被験犬

 観察対象となったのはダイエットによって目標体重を達成した12頭の肥満犬たち。年齢中央値は67ヶ月齢、ダイエット前の体重中央値は19.7kg、BCS中央値は9段階中8です。中央値で224日かけて減量に成功した際の体重減少量の中央値は4.55kg(割合に換算すると体重の23%)、BCSの減少中央値は3、除脂肪体重の減少率は7%、脂肪量の減少率は50%でした。

調査結果

 ダイエットの前後において、前述した各種検査を通して心臓の構造や機能を評価した結果、心エコー検査によって収縮期における心室中隔および左室自由壁の肥厚減少が認められたといいます。一方、当初の予想に反し以下の項目に関してはダイエットの前後で統計的に有意なレベルの変化は見られませんでした。
減量前後の不変項目
  • 心拍数
  • HRV
  • 収縮期血圧
  • 心臓バイオマーカー
 1頭を除く11頭に関してはhs-cTnI(高感度心筋トロポニンI/心筋障害バイオマーカー)およびNT-proBNP(心臓から分泌されるホルモンの一種/心機能バイオマーカー)濃度に変化が見られませんでした。残りの1頭に関してはhs-cTnIが高値を示していましたが、減量後には正常範囲内に落ち着いたそうです。
The effect of obesity and subsequent weight reduction on cardiac structure and function in dogs
Partington, C.Hodgkiss-Geere, H.Woods, et al. BMC Vet Res 18, 351 (2022), DOI:10.1186/s12917-022-03449-4

減量の効果は「構造>機能」

 人間において肥満はアテローム硬化症や虚血性の心疾患といった心血管系病変の独立したリスクファクターであるとされています。メカニズムとしては肥満によって体液過剰、心拍出量の増加、RAAS(レニン-アンジオテンシン・アルドステロン系)および交感神経系の活性化が引き起こされ、心筋の形態・機能的な変化につながるなどが想定されています。犬とはどの程度病因を共有しているのでしょうか?

心臓の重量と機能の変化

 人間においては肥満の解消によって左心室重量および拡張機能が改善し、心臓の構造的・血液動態的な異常が回復するとされています。また肥満犬を対象とした先行調査では以下のような観察結果が報告されています。
先行調査
  • Mehlmanらの調査肥満によって収縮期血圧、左室自由壁の肥大(拡張期+収縮期)、拡張機能の低下が見られる出典資料:Mehlman, 2013)
  • Adolpheらの調査肥満によって収縮期における左室自由壁の増大、臨床上関重大ではないレベルの収縮期血圧の増加が見られる出典資料:Adolphe, 2014)
  • Tropfらの調査肥満によって拡張期における心室中隔肥大と拡張機能の低下が見られるが、自由壁の寸法や収縮期血圧には変化がない出典資料:Tropf, 2017)
 今回の調査では減量前の左室壁の寸法が収縮期においても拡張期においても概ね参照値を上回っていましたが、減量後には統計的に有意なレベルの減少が見られました。一方、ダイエット前の段階で拡張機能の低下が見られたものの、減量によって改善する傾向までは確認されませんでした。
 過去の調査報告と合致する部分と不一致の部分がありますが、人医学におけるのと同じように減量によって少なくとも左室の「構造」が元に戻る可能性はあるのではないかと指摘されています。肥満と心臓の構造変化は多因子的で、心筋、心外膜、心筋細胞質内への脂肪の蓄積によって壁が肥厚するといった直接的なものから、ミトコンドリアの機能不全、活性酸素の増加、インスリンとレプチン抵抗性などを介して心筋が肥厚するといった間接的なものまであります。今調査内で見られた左室壁の縮小が、一体どのメカニズムを通して生じたかまではわかっていません。

HRVの変化

 調査前、肥満は交感神経系を活性化させてHRVを低下させ、減量は副交感神経(迷走神経)を活性化させてHRVを上昇させるはずだと推測されました。しかし実際に計測した所、予測通りの変化は認められませんでした。
 人間を対象として行われた調査および犬を対象として行われた2つの先行調査ではダイエット前後におけるHRVの変化が報告されていますので、どちらが真実を反映しているのかは判然としません。調査チームは結果の不一致に犬種差が関係している可能性に言及しています。

バイオマーカーの変化

 今回の調査ではダイエットの前後において心臓の機能障害を示すバイオマーカーに変化は見られませんでした。肥満が臨床上重要なレベルの心筋壁ストレスや心筋障害はもたらさない可能性もありますが、人医学においては正常体重と肥満の心不全患者を比較した場合、後者においてNT-proBNPのわずかな上昇が確認されたという報告があります。結論に近づくためにはもっと多くの被験犬を対象とした検証が別途必要となるでしょう。

血圧の変化

 人間において肥満は交感神経系およびRAASを活性化することで血液循環量を増やし、心拍出量と全身性の脈管抵抗を増加させ、結果として全身性の高血圧につながると考えられています。
 一方、犬を対象として行われた今回の調査では、過半数の犬において収縮期血圧の増加が見られたものの減量によって正常化する傾向は認められませんでした。
 減量によって犬たちの血圧の変化が見られなかったという事実、人間においては血圧上昇とBMIの増加はそれぞれ独立した左室重量増加の関連因子であるという事実、および犬を対象とした先行調査と合わせて考えると、今回の調査対象群で確認された収縮期血圧の増加は肥満とは直接的に関連していない可能性が浮かび上がってきます。調査チームは病院におけるいわゆる「白衣高血圧」による一時的な血圧増加を恒常的なものと取り違えたかもしれないと指摘しています。
肥満の弊害は心血管系だけではありません。そもそも犬を太らせないこと、万が一太ってしまったらダイエットに励むことが重要です。 犬の肥満