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保護施設における犬の無駄吠えを減らす方法は?~拮抗条件付けを用いた予備的な調査結果

 騒音だけでなく、健康や財政問題にもつながりうる保護施設における犬の鳴き声。ストレス源を逆にご褒美の合図に変えてしまう「拮抗条件付け」という手法を用いた無駄吠え防止法の効果が検証されました。

人の存在をご褒美の合図に

 調査を行ったのはノースカロライナ州立大学のチーム。大学付属の獣医療健康福祉センターに収容されている11頭の犬たち(年齢6ヶ月齢~15歳/体重0.9~54.5kg/犬種と性別はバラバラ)を対象とし、「Quiet Kennel Exercise(QKE)」と呼ばれる無駄吠え抑制のためのプログラムにどの程度の効果があるのかを検証しました。
QKE
拮抗条件づけを基礎理論とした介入方法で、収容犬たちにとってストレス源となる見学者の存在を逆にご褒美の合図にするプロセス。犬舎の見学者にお願いし、犬の前を通過するタイミングで機械的に(=犬に対して特別な働きかけをせず)ご褒美を投げ与えるという単純なもので、その時の犬の姿勢や行動は不問とされる。
 調査は2019年5~6月の期間、1日を午前、正午、午後に分けた上で3週間かけて行われました。1週目(実際の調査日数はそのうち5日)ではベースラインとなる鳴き声の大きさを、残りの2週(実際の調査日数は合計10日)ではQKEによる介入を行った際の鳴き声の大きさが計測されました。計測方法は調査員が棟の中央に立ち、計測機器を用いて30秒間室内の騒音レベルを測るというものです。 犬舎内における騒音測定  3週間(実計測日数は15日間)に渡る調査の結果、介入の前後において騒音レベルの明白な低下がみられたといいます。顕著な例を挙げると、同じ3頭に着目したときベースライン2日目の騒音レベルが95.47dBだったのに対し、介入開始3日目のそれは69.47dBに低下したなどです。この減少幅を音の強さに置き換えるとおよそ1/1000に相当します。
 また感覚的には、鳴き声だけでなく犬たちの仕草や行動にも顕著な変化が見られたとも。具体的には「体が硬直→緊張がほぐれる」「耳を後方に引く→前にピンと立つ」「しっぽを丸め込む→しっぽを振る」「時折うなる→なくなる」などです。
 ただし鳴き声の大きさに関して変化が見られたのは午後の時間帯のみで、統計的な計算では有意に達しませんでした。また棟内に常に11頭がいたわけではなく、音量計測時に実際にいた犬の数は2~8頭とばらつきがありましたので、執筆者自身が言っている通りあくまでも予備的な調査という位置づけになります。
Impact of Classical Counterconditioning (Quiet Kennel Exercise) on Barking in Kenneled Dogs?A Pilot Study
Zurlinden, S.; Spano, S.; Griffith, E.; Bennett, S.,Animals 2022, 12, 171, DOI:10.3390/ani12020171

保護施設の騒音問題は深刻

 保護施設における犬の鳴き声はただ単にうるさいだけではなく、健康上の問題や財政上の問題にまで大きな影響を及ぼし得る重大事項です。

犬の無駄吠えがはらむ問題

 アメリカのシェルター獣医師協会(ASV)は施設内における騒音対策を優先事項にあげています。その理由は以下のような悪影響を及ぼしうるからです。

犬に対する悪影響

 動物保護施設や動物病院の犬舎における騒音レベルは時として100dBに達するとされます。最大で95dBの騒音を犬達に聞かせた実験では、前足を上げる、姿勢を低くする、体を震わせる、鼻先を舐めるなどネガティブな感情を示す行動が観察されたといいますので、ストレス源になっていることは間違いないでしょう出典資料:Beerda, 1997)
 また犬舎で6ヶ月間過ごした犬たちを対象とし、BAERと呼ばれる方法で聴力を測定したところ、20dBの低下が見られたといいます。人間においては10dBの低下で問題視されますので、心だけでなく音響外傷として身体にも深刻なダメージを与えるようです出典資料:Scheifele, 2012)
 さらにストレスを感じた犬では免疫グロブリンA(IgA)のレベルが低下してますので、ケンネルコフを始めとした呼吸器系の疾患に集団でかかりやすくなる危険性があります出典資料: Skandakumar, 1995)

猫に対する悪影響

 多くの動物保護施設では犬の鳴き声が聞こえる範囲内に猫も収容されています。やっかいなのは、猫にとって犬の鳴き声が最も大きなストレス源の1つであるという点です。
 ストレスを感じた猫の体内では免疫グロブリンAのレベルが低下し、感染症への抵抗力が弱まってしまうおそれがあります。実際、犬の鳴き声が聞こえる環境に収容された猫60頭を対象とした調査では、高いストレススコアを記録した猫は低い猫に比較べて5.6倍も上気道感染症にかかりやすかったと報告されています出典資料:Tanaka, 2012)

施設の職員に対する悪影響

 動物保護施設や動物病院の犬舎における騒音レベルは時として100dBに達するとされますので、こうした音響外傷が聴力を低下させてしまうことは大いにありえます。
 また犬たちがストレスによって病気にかかると、医療費がかさんで限りある予算を圧迫するだけでなく、滞在期間が長期化することで職員たちの仕事量が増えてしまいます。こうした環境で働いていると、燃え尽き症候群や同情疲労(相手の気持ちに同情するあまり精神的に疲弊してしまう現象)につながりやすくなるでしょう。職員だけでなく施設内で働く有志ボランティアも同様のリスクに晒されることになります。

訪問・見学者に対する悪影響

 施設内の声がうるさいと里親候補者の心象が悪くなり譲渡率にも影響するかもしれません。

保護施設での無駄吠え対策

 過去に行われた調査では、分化強化(望ましくない行動「以外の」行動にご褒美を与えることで問題行動の頻度を徐々に低下させる)と今回と似たやり方の条件付けが比較され、どちらにも同等の効果があったと報告されています。今回の調査でも統計的に有意なレベルの変化は見られませんでしたが、犬の行動や鳴き声の騒音レベルには明らかな変化が見られました。
 犬の行動に関わらず機械的に行う条件付けのメリットは、専門知識がない人にも簡単に実践できる点です。人的リソースが限られている保護施設においては、見学者に協力してもらって行うこのプログラムは少なくとも分化強化より実際的と言えるでしょう。
 なお素朴な疑問として「犬の反応に関わらずご褒美を与えていると、偶発的に望ましくない行動を強化してしまわないか?」というものがあります。しかし実際には、ネガティブな感情を抱いている時に学習が成立しにくいためそれほど心配する必要はないようです。興奮、恐怖、不安などでワンワン吠えている犬は集中力が欠けているため、行動と報酬との結びつきを明白に理解できないからではないかと考えられています。
施設における収容頭数が減れば、1頭1頭に割り振れる人的リソースが増えますので、オペラント条件付けを用いた基礎的な訓練(おすわり・伏せ・待てなど)もできるようになります。そのためにはまず飼育放棄する人を減らさなければなりませんね。犬のしつけの基本理論