犬の認知症と馬の胎盤
調査を行ったのは日本生物製剤と複数の動物病院からなる調査チーム。マウスを対象とした実験で認知機能の改善効果が示されている哺乳動物の胎盤成分を用い、犬の認知症にどの程度の影響があるのかを検証しました。実験に採用されたのは馬由来の胎盤抽出成分です。
認知症の診断を受けた老犬3頭を対象として投与実験を行った結果、代表的症状である「夜鳴き」に対し、飼い主の主観ベースという条件付きではあるものの以下に示すような著明な効果が確認されたといいます。
症例1
🐶14歳/9.1kg/未去勢オス/柴犬
昼夜を問わず数時間おきに甲高い声でクンクン鳴きを繰り返し、要求鳴きも激しい。アルツハイマー型認知症およびレビー小体型認知症進行抑制剤(ドネペジル)の投与だけでは改善が見られず、馬由来の胎盤抽出成分(2mL/経口/1日1回)の投与を開始。
昼夜を問わず数時間おきに甲高い声でクンクン鳴きを繰り返し、要求鳴きも激しい。アルツハイマー型認知症およびレビー小体型認知症進行抑制剤(ドネペジル)の投与だけでは改善が見られず、馬由来の胎盤抽出成分(2mL/経口/1日1回)の投与を開始。
投与の結果
- 1週目投与開始4日目から努力呼吸が減少/日中のクンクン鳴きが消失/夕方に入ってからは晩御飯~午前3時までのクンクン鳴きが消失/午前3時~6時までの間は排泄に伴う騒音がほとんど聞かれなくなる/人間や他の動物に対する反応性には変化なし
- 2週目投与量はそのままで頻度を2日に1度に減らす/日中と夜間のクンクン鳴きが消失/努力呼吸がほぼ消失し、たとえ出ても水を飲めば軽快する程度に収まる/日中も夜間もほとんどの時間を寝て過ごすようになり、1週目に比べて顕著に静かになった
- 3週目日中も夜間もクンクン鳴きが消失
- 4週目日中も夜間もほとんどの時間を寝て過ごすようになり夜中のクンクン鳴きが消失/寝ていない時も声を出さないようになった/人間や他の動物に対する反応性には変化なし/試験期間中、副作用や副反応は見られなかった
症例2
🐶17歳/3.0kg/去勢オス/ヨークシャーテリア
1日1回夜中になると1時間ほどクンクン鳴きが続く状態。また頻度は少ないものの無駄吠えもひとたび始まると1時間ほど継続する。周囲の環境に対する反応は鈍く、強い刺激にしか反応しない。夜間の徘徊と周回運動および失見当識が見られるため馬由来の胎盤抽出成分(2mL/経口/1日1回)の投与を開始。
1日1回夜中になると1時間ほどクンクン鳴きが続く状態。また頻度は少ないものの無駄吠えもひとたび始まると1時間ほど継続する。周囲の環境に対する反応は鈍く、強い刺激にしか反応しない。夜間の徘徊と周回運動および失見当識が見られるため馬由来の胎盤抽出成分(2mL/経口/1日1回)の投与を開始。
投与の結果
- 1週目夜間の無駄吠えが消失
- 2週目夜間の無駄吠えが消失/環境刺激への反応が正常化/日中と夜間のほとんどの時間を寝て過ごすようになる/嫌いだった散歩を再開/試験期間中、副作用や副反応は見られなかった
症例3
🐶14歳/10.9kg/避妊メス/柴犬
夜になると3回ほどに分けて無駄吠えが始まる。徘徊や失見当識は見られない。環境刺激への反応は正常だが馬由来の胎盤抽出成分(2mL/経口/3日に1回)の投与を開始。
Tatsuya Amano, Takashi Ikeda, Makiko Yamaguchi, et al., Veterinary Medicine and Science(2022), DOI:10.1002/vms3.893
夜になると3回ほどに分けて無駄吠えが始まる。徘徊や失見当識は見られない。環境刺激への反応は正常だが馬由来の胎盤抽出成分(2mL/経口/3日に1回)の投与を開始。
投与の結果
- 1~2週目夜中の無駄吠えが減少
- 4週目夜間の無駄吠えが消失/試験期間中、副作用や副反応は見られなかった
Tatsuya Amano, Takashi Ikeda, Makiko Yamaguchi, et al., Veterinary Medicine and Science(2022), DOI:10.1002/vms3.893
夜鳴きの対症療法として効果的
認知症に伴う夜鳴きは犬と飼い主両方の生活の質(QOL)を著しく低下させる要因ですので、何としてでも改善したいものです。
馬胎盤中の有効成分は何?
哺乳動物の胎盤抽出成分はアミノ酸と分子量の小さいペプチドからなると考えられていますが、有効成分は特定されていません。以下は実証されていないものの有力視されている成分です。
胎盤の推定有効成分
- アミノ酸分岐鎖アミノ酸(1000 mg/kg)が肝臓病患者に有効というデータがあることから、タンパク質の最小単位であるアミノ酸が何らかのメカニズムを通して認知機能を改善しているのではないかという仮説があります。
- ジペプチドグリシンとロイシンからなるジペプチドをヘアレスマウスに投与したところ、皮膚の保湿と弾力性が改善したとか、ドーパミン誘導性システムを補助することで疲労の改善に役立つという報告があります。またヒドロキシプロリンを含んだジペプチドがウサギの眼球上皮におけるムチンと涙液分泌を促進したり、角膜上皮における上皮細胞の成長、細胞遊走、傷の治癒を促進する可能性が示されています。
- ヘプタペプチドアミノ酸7つから構成されるヘプタペプチドをアルツハイマーを再現したマウスに投与したところ、神経細胞の樹状突起伸長や認知機能の改善につながったという報告があります。
- 胎盤抽出成分閉経を再現したマウスに胎盤抽出成分を投与したところ、海馬の萎縮が妨げられたという報告があります。また卵巣除去+アルツハイマーという条件で継続的な拘束ストレスを抱えたマウスや高齢のマウスで認知機能の改善が見られたという報告もあります。さらに人間を対象とした調査では、豚由来の胎盤抽出成分が睡眠の長さに影響を及ぼさなかったものの睡眠の質を改善したとされています。
代替療法としての馬胎盤
犬の飼い主を対象としたアンケートで得られた727人分の有効回答のうち、75%(545人)は夜鳴きを経験したことがあるといいます。また犬の鳴き声は芝刈り機、子供の叫び声、赤ちゃんの鳴き声、バイクのエンジン音、電動ノコギリの騒音よりも騒がしいと評価する人が少なからずいたとも。
認知症に伴う無駄吠えや夜鳴きはしつけに反応しにくい厄介な問題です。かといって安易に薬剤を投与すると副作用によって犬を苦しめかねません。両方の問題を回避しつつ騒音を抑えたい場合は、対症療法ではあるものの「馬由来の胎盤抽出成分」を1つの選択肢として知っておいてもよいでしょう。
なお今回の実験で用いられた馬の胎盤はホルモン剤、鎮静剤、ドーピング薬などの使用が制限された厳密な繁殖環境から得られたものだといいます。ですから夜鳴き改善効果はこうした成分によって偶発的に得られたものではないか、あっても極めて低いと推測されています。
認知症に伴う無駄吠えや夜鳴きはしつけに反応しにくい厄介な問題です。かといって安易に薬剤を投与すると副作用によって犬を苦しめかねません。両方の問題を回避しつつ騒音を抑えたい場合は、対症療法ではあるものの「馬由来の胎盤抽出成分」を1つの選択肢として知っておいてもよいでしょう。
なお今回の実験で用いられた馬の胎盤はホルモン剤、鎮静剤、ドーピング薬などの使用が制限された厳密な繁殖環境から得られたものだといいます。ですから夜鳴き改善効果はこうした成分によって偶発的に得られたものではないか、あっても極めて低いと推測されています。