トップ2021年・犬ニュース一覧9月の犬ニュース9月22日

犬にも自閉症はある?~社会的動機づけや人への関心には大きな個体差あり

 原因がよくわかっていない人間の自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)を理解する際、同様の症状を示す動物がいると大きなヒントになります。犬にも自閉症があると動物モデルとして研究対象となりますが、実際のところどうなのでしょう?

犬を自閉症の動物モデルに

 自閉スペクトラム症(ASD, 自閉症スペクトラム障害)とは他者との交流や関係をうまく保つことができない神経発達障害の一種。奇妙な言葉遣い、言葉の不使用、強迫的な行動などを特徴とします。何らかの遺伝的な要因が疑われているものの、はっきりとした原因はいまだによくわかっていません。
 疾患の原因を特定していく過程では動物を対象とした研究が重大なヒントとなりますが、ハンガリーの研究チームは人類最良の友である「犬」がそのモデルとして適しているのではないかと主張しています。理由は、極めて社会的な動物であることと、一部の犬が人間における自閉症に似た行動を示すことです。言い換えると「社会的な犬とそうでない犬の違いを調べれば、自閉症を引き起こしている器質的な要因が浮き彫りになるはず」となります。
The effects of social and non-social distracting stimuli on dogs with different levels of social competence ? empirical evidence for a canine model of autism
Applied Animal Behaviour Science(2021), Agoston Galambos, Eszter Petro, Bernadett Nagy, Borbala Turcsan, Jozsef Topal, DOI:10.1016/j.applanim.2021.105451

飼い主に聞く犬の自閉症傾向

 自閉症の動物モデルとして本当に犬が適しているのでしょうか?この疑問に答えるため、調査チームは自閉症患者もしくはその保護者8名から症状に関する詳細なデータを集め、犬にも当てはまる115項目をDSM-V(精神疾患の診断・統計マニュアル)内の記載に従って以下の7つのカテゴリーに区分しました。
自閉症の症状7大カテゴリ
  • コミュニケーションシグナル/コミュニケーションを始める
  • 他者との交流
  • 読書・理解・コミュニケーションシグナルへの注意力
  • 感情と行動の一致
  • 社交性と協調的活動
  • 愛着・分離不安・セキュアベース
  • 非社会的症状

犬の自閉症を知るISRS

 次に調査チームは2016年3月から2020年11月までの期間、聞き取り調査から考案した合計38問のアンケートをネット上に公開し、最終的に1,343名の飼い主から回答を得ました。「Interspecific Social Responsiveness Survey(ISRS)」と呼ばれるこのアンケートは飼い主の目を通して犬の自閉症傾向を明らかにするもので、社交能力に関する最初の6カテゴリに関しては各4~5問、常同行動・ルーチンへの固執・奇異なものへの恐怖心などを含む7つ目のカテゴリだけ11問からなっています。

自閉症に関連する3因子

 飼い主から得られた回答を探索的因子分析(アンケート結果から観測変数間の相関を説明する因子を探索するプロセス)したところ、すべての変数の41.3%を説明する3つの因子が抽出されたといいます。具体的には以下です。
犬の自閉症と関連が深い因子
  • 因子1接触を求める/共時化(感情や行動が同期しやすい傾向)
  • 因子2見知らぬ他者への行動
  • 因子3コミュニケーションシグナルへの関心
 調査チームはISRSスコアが極端に低かったり極端に高いアウトライアーを除いた層から、臨床上健康な20頭の犬(平均6歳/オスメス同数/9頭はミックス種)を選び出し、スコアの高低と自閉症的な傾向との間にどのような相関があるかを検証しました。「自閉症的な傾向」を定量化するために考案された手順は以下です。

犬の自閉的行動・誘発実験

 犬の自閉症傾向を明らかにするために考案されたアンケート調査「ISRS」は、犬たちが実際に見せる自閉症的な行動をしっかり反映しているのでしょうか?そのためにはまず漠然とした「自閉症的な行動」を定量化しなければなりません。

実験手順

 人間における自閉症的な行動を犬で誘発するため、調査チームは以下のような実験を考案しました。
「タッチ」という指示に応じてパネル上にあるタッチスクリーン(31.5×38.5cm)に表示されたターゲット刺激(直径8cmの黄色い円)に鼻先で触れることを覚え込ませる
 ↓
タッチスクリーンの上に5cmの隙間を開けて同じ大きさの別のスクリーンを設置し、犬の気を散らすような2種類の陽動刺激をターゲット刺激と同時に提示する。このテストを1頭につき10回ずつ行い、ターゲット刺激に鼻先で触れるか何もせず35秒が経過したら1セッション終了とみなす ターゲット刺激の上に気を散らすような陽動刺激を表示するための実験装置
  • 社会的刺激感情を表出していないニュートラルな男性の顔(8×15cm)/9秒間/上→下→左→右の順で首を動かす
  • 非社会的刺激ブックカバー(8×15cm)/9秒間/上→下→左→右の順で傾ける
 人間との交流に対するモチベーションが高い社会的な犬の場合、人の顔を含む社会的刺激の提示によって大いに気が散り、パフォーマンス(=黄色い円を鼻先で触れる)が低下するはずです。逆に人間との交流に対するモチベーションが低い「自閉症的な犬」の場合、社会的刺激によってそれほど気は散らないと想定されます。では実際の結果はどうだったのでしょうか?

実験結果と3因子

 調査チームはISRSを通して浮き彫りとなった自閉症的な傾向と関連が深い3因子と、犬たちの実際のパフォーマンス結果を照合しました。その結果、以下のような関係性が見えてきたといいます。繰り返しになりますが、因子1は「接触を求める・共時化」、因子2は「見知らぬ他者への行動」、因子3は「コミュニケーションシグナルへの関心」です。
因子1関連スコアが高い犬
  • 社会的陽動刺激で飼い主の方を見る時間が短い
  • 下のモニター注視時間が短い
  • 社会的陽動刺激のとき上のモニター注視時間が短い
  • 社会的陽動刺激の最初のセッションにおいて飼い主への注視時間が長い(アプローチフェーズ限定)
  • 非社会的陽動刺激の最初のセッションでは下のモニター注視時間が長い(アプローチフェーズ限定)
因子2関連スコアが高い犬
  • 上下のモニターの注視時間が短い
  • 上のモニター注視時間が長い(※)
  • 社会的陽動刺激のときに限り下のモニター注視時間が短い(※)
  • 陽動刺激がないテストフェーズのとき、実験者の注視時間が短い
  • 非社会的陽動刺激の最初のセッションでは下のモニター注視時間が長い傾向(※非有意)
  • 社会的陽動刺激の最初のセッションでは上のモニター注視時間が長い(タスク実行フェーズ限定)
因子3関連スコアが高い犬
  • 社会的陽動刺激で飼い主の方を見る時間が短い
  • 社会的陽動刺激のとき実験者の方を注視する時間が長い
  • 非社会的陽動刺激のときに限り飼い主への注視時間が短い
  • 下のモニター注視時間が長い
  • 陽動刺激がないテストフェーズのとき、実験者の注視時間が短い
  • 社会的陽動刺激のとき上のモニター注視時間が長い
  • 非社会的陽動刺激の最初のセッションでは下のモニター注視時間が長い(アプローチフェーズ限定)
  • 社会的陽動刺激の最初のセッションでは実験者の注視時間が長い(アプローチフェーズ限定)

犬にも自閉症はあるのか?

 犬は概して人間との交流を求める社交的な動物ですが、調査チームはやはり「自閉症的な犬」というものが一部にいるのではないかと主張しています。

犬は基本的に社交的

 犬たちを総合的に見ると、社会的陽動刺激を提示したセッションに限り、何の陽動刺激も提示しないベースラインと比較して統計的に有意なレベルで反応が遅かったといいます。また馴れによる影響がない陽動刺激が最初に表示されたセッションに着目したときの待機時間(※犬が動き始めてからターゲットに触れるまで)に関しては「社会的>非社会的」という関係だったとも。
 これらの事実は犬たちは総じて人の顔を含む社会的な刺激によって気が散りやすいことを示しています。また過去の調査で報告されている「犬は同種の動物より人間との交流を好む」「人間の顔を自発的に見つめる」「特に目の部位を注視する」という行動特性とも矛盾しません。

一部の犬は自閉症的

 個体差を無視すれば「犬は人類最良の友」と言えるかもしれませんが、調査チームは「自閉症的な犬」の存在を指摘しています。特に顕著な例として挙げているのは、因子2関連スコアが高い犬において観察された「上のモニター注視時間が長い」と「社会的陽動刺激のときに限り下のモニター注視時間が短い」という特徴です。
 因子2は「見知らぬ他者への行動」ですので、社会的なモチベーションが高い犬は人の顔を含む社会的陽動刺激で気が散りやすいとなります。逆に言い換えると、社会的なモチベーションが低い犬は人の顔を含む社会的陽動刺激で気が散りにくいということで、これは人間の自閉症患者で見られる「視線を合わせない」「他者と関わるのが苦手」「眼差しが理解できない」「タスクとは無関係で非社会的な刺激によって気が散りやすい」といった特徴を連想させるものです。また先述した通常の犬で見られる行動特性(人間の顔を自発的に見つめる/特に目の部位を注視する)とも相反している印象を受けます。

動物モデルとしての犬

 自閉症の原因はよくわかっていませんが、その根本には「社会的動機づけ」の違いがあるのではないかという説があります。これは自閉症スペクトラム(ASD)において社会的コミュニケーション能力の低下や欠落が生じる原因は、社会的な交流(=他者との関わり合い)が報酬として感受されないからであるとする説のことです。
 今回の調査結果は予備的なものですが、犬の中にも先天的な要因によって社会的方向づけ(顔に対する先天的な関心の高さ/目に対する感受性の高さ/他者が関わる社会的刺激の選好)、社会的報酬(他者との交流を楽しいと感じる素養)、社会的維持(反復的・長期的に他者との交流を求める傾向)に大きな個体差が見られる場合、自閉症の動物モデルとして研究していく価値はあるでしょう。
「いぬはみんなADHD」という書籍がありますが、今回の調査結果を見る限り「犬の一部は自閉症スペクトラム」という本が書けるかもしれません。