トップ2021年・犬ニュース一覧10月の犬ニュース10月19日

犬の肛門嚢には豊富なタンパク質が含まれている~お尻を介した匂いのコミュニケーション

 ドッグランなどでは犬同士がお互いのお尻の匂いを嗅ぎ合うという光景が頻繁に見られます。匂い物質を放出している肛門嚢腺分泌物には、具体的にどのような成分が含まれているのでしょうか?

犬の肛門嚢には何が含まれる?

 肛門嚢(anal sac)とは皮脂を分泌するアポクリン腺が変化して形成された、肉食動物に特有の器官。以下のような形で動物間のコミュニケーションに役立っていると考えられています。
肛門嚢の役割(肉食動物)
  • 縄張りのマーキングオオカミ・ハイエナ
  • 性別認識フェレット・ブラウンベア
  • 個体情報ネコ・アナグマ・ハイエナ・マングース
  • 序列確認ハイエナ
  • 親しさフェレット・ハイエナ
  • 近親認識ミーアキャット
犬における肛門嚢の位置  犬においては揮発性の代謝産物が微生物による発酵作用を受けるための小袋ではないかと推測されていますが、明確な役割はよくわかっていません。

ASGS内のタンパク質

 今回、犬の肛門嚢腺分泌物(ASGS)を「タンパク質」という新たな切り口で解析したのはベルギーにあるブリュッセル自由大学のチーム。オス犬6頭とメス犬11頭(うち4頭に関しては発情期と非発情期に各1)の肛門嚢から、合計21のサンプルを採取しました。
 ビシンコニン酸を用いた測定を行った結果、中に含まれるタンパク質濃度には5.44~868.68 mg/mLという大きな個体差が見られたといいます。一方、組成に関しては近似しており、具体的には以下のようなタンパク質が検出されました。
ASGS含有タンパク質群
  • 匂い物質結合タンパク質匂い物質結合タンパク質(OBP)は脊椎動物の分泌物に含まれ、外界由来の撥水性匂い物質に結合して嗅覚受容体を活性化しやすくする水溶性タンパク質の一種。
  • 抗生タンパク質抗生タンパクは微生物を殺したり成長を阻害する作用を有したタンパク質の一種。具体的にはラクトトランスフェリン、カテリシジン、プロラクチン誘導タンパク(PIP)、Cタイプライソゾームなどが検出されました。
  • 免疫タンパク質免疫タンパクは液性免疫システムの一部として抗原処理と抗原提示を担うタンパク質の一種。具体的には多量体免疫グロブリン受容体(PIGR)、JCHAIN、IGH、AZGP1などが検出されました。
  • プロテアーゼ阻害タンパク質プロテアーゼ阻害タンパクはタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の働きを弱めるタンパク質の一種。具体的にはWAPタイプおよびKAZALタイプのプロテアーゼ阻害タンパク質、セルピン、シスタチン、アルファ2マクログロブリンなどが検出されました。
  • 血清アルブミン血清アルブミンは血液中で分子の輸送を担うタンパクの一種。犬における役割は明確でないものの、アジアゾウにおいてはフェロモンシグナリング複合体として機能しています。

ASGS関連遺伝子

 犬の肛門嚢に含まれる匂い物質結合タンパク質(OPB)とその異性体(同じ数、同じ種類の原子を持っているが違う構造をしている物質)をゲノム解析したところ、X染色体上にある単一クラスターに位置する3つの異なる遺伝子によってエンコードされていることが明らかになったといいます。 OBP関連遺伝子は犬のX染色体上にある  また犬のOBP遺伝子とシンテニーを共有する相同遺伝子は、35種の有胎盤動物で確認されたとも。そのうち15種では犬と同様、X染色体上に相同遺伝子が位置していたそうです。
シンテニー
シンテニー(Synteny)とは2種のゲノム領域の間にオーソログ遺伝子(種分岐によって共通の祖先遺伝子から生じた相同な遺伝子)が存在する状態。2つの領域が共通の祖先から受け継がれたことを示している。
 さらにOBP遺伝子は、X染色体上の偽常染色体領域(PAR)に含まれていることが併せて確認されました。偽常染色体領域とは、性染色体内にあるにも関わらず、普通の体細胞に含まれる常染色体遺伝子と同じように継承される特殊な領域のことです。OBPの遺伝子座がPAR内にある動物としては、犬(3種)のほかにネコ(2種)、ウシ(10種)、ブタ(4種)が確認されました。 いくつかの有胎盤動物はX染色体内の偽常染色体領域内にOBP遺伝子を含んでいる Odorant-binding proteins in canine anal sac glands indicate an evolutionarily conserved role in mammalian chemical communication. /a>
Janssenswillen, S., Roelants, K., Carpentier, S. et al. BMC Ecol Evo 21, 182 (2021), DOI:10.1186/s12862-021-01910-w

肛門嚢腺分泌物の役割

 調査チームはOBPが非肉食動物にはないこと、および3種の異性体が犬とキツネの分岐前に見られることから、OBP遺伝子がセンザンコウを含む鱗甲目が分岐後(7500万年前)~犬とキツネの分岐前(1400万年前)の祖先種で発生した可能性が高いと推論しています。

犬におけるOBPの役割

 匂い物質結合タンパク質(OBP)の豊富さに関しては「ミックス(血統不明)>クロス(血統が判明している混血)/純血種」という勾配が見られました。ミックス種でとりわけ豊富だった理由としては、温室育ちの純血種に比べて野良犬出身のミックス種では交尾相手の選別や他の個体との競争など、嗅覚シグナリングの比重が大きいからではないかと考えられています。
 具体的には便マーキングの長期化、リガンドの特異的な結合様式による受け手の選別、他の個体による揮発性リガンドの放出トリガー、それ自体がシグナルなどが想定されています。

性別特有の匂いはある?

 OBP遺伝子がX染色体内に含まれていることから「X-X」という性染色体を有するメス犬ではX染色体の不活化によって一方の遺伝子をスイッチオフの状態にし、遺伝子量補償を行う必要があります。しかし遺伝子座の位置がPAR内であることから、不活化を免れて発現をする可能性も残されています。
 一方、「X-Y」という性染色体を有するオス犬のY染色体には、X染色体内にあるPARと塩基配列が96~100%共通している領域が含まれています。こちらはメス犬のように不活化作用を受けませんので、オス特有OBP遺伝子として発現し、オス特有のフェロモン結合性タンパクが生成される可能性があります。要するに「メス特有の匂い」や「オス特有の匂い」という性的二形成があるかもしれないということです。
通常は嗅上皮に含まれるOBPが肛門嚢内に含まれている理由はよくわかっていません。犬同士の挨拶ではしきりにおしりの匂いを嗅ぎ合いますので、何らかの意味があることは間違いないようですが。