トップ2021年・犬ニュース一覧10月の犬ニュース10月10日

犬のトラネキサム酸中毒~催吐剤として効果的だが副作用に注意

 本来の使用法ではないものの、抗プラスミン剤であるトラネキサム酸は嘔吐を促す薬剤として誤飲誤食時の治療に利用されています。しかしある種の持病を抱えた犬に対して催吐処置を行う際は、重大な副作用に対する注意が必要なようです。

犬のトラネキサム酸中毒症例

 トラネキサム酸は血液の凝固に関わるタンパク質の一種フィブリンの分解を阻害する成分。メカニズムは、プラスミノーゲンがプラスミンに変換される過程を阻害することでフィブリンへの結合を抑制するというものです。この性質から抗プラスミン剤とも呼ばれます。
 トラネキサム酸は本来の薬効の他、副作用として9割を超える高い確率で嘔吐を促すことから、獣医療の分野においては誤飲誤食を治療する際の催吐剤として広く転用されています。
 比較的安全な薬剤と考えられていますが、ある種の持病を抱えた犬に投与する際は重大な副作用に対する注意が必要なようです。以下では日獣会誌に記載された症例をご紹介します。

症例1

フレンチブルドッグ/不妊済メス/12歳4ヶ月齢/体重7.5kg
 プラスチック製のおもちゃを誤食した疑いで催吐処置(50mg/kg静脈投与)を施した5分後、白い泡と誤飲した異物を2回に分けて嘔吐。一旦帰宅するも3日後から食欲廃絶を呈したため、点滴を中心とした治療を施す。しかし施術8日後にはショック状態に陥り、投与後2週間目に死亡。
 死後解剖所見で明らかな異常所見は認められなかったが、病理組織学的所見では糸球体にアミロイドの沈着が認められた。

症例2

アメリカンコッカースパニエル/不妊済メス/14歳8ヶ月齢/体重 9.9kg
 弁当のポリ容器を白米と一緒に誤飲したためトラネキサム酸による催吐処置(50mg/kg静脈投与)を施す。しかし嘔吐しなかったため5分毎に計3回、同量のトラネキサム酸を静脈投与したところ、最後の投与から30分後に強直間代性けいれんが認められた。けいれんは間欠的に3日間持続し、収まったのは4日目のことだった。
トラネキサム酸による催吐処置後に重篤な有害事象を生じた犬2例並びに催吐処置アンケート調査
日獣会誌74,503~507(2021)

高齢で持病のある犬は要注意

 症例1のフレンチブルドッグに関しては、老齢であることと腎臓にアミロイド沈着が認められたことから、来院した時点ですでに血栓を形成しやすい状態にあったと推測されています。
 症例2のアメリカンコッカースパニエルに関しては、トラネキサム酸が抑制的な作用を持つGABA受容体やグリシン受容体の拮抗剤として機能した結果、けいれんが誘発されたのではないかと推測されています。またグルタミン酸トランスポーター3の活性が低下することでけいれん発作が誘発される可能性も指摘されています。
 論文の筆者は2016年7月から12月の期間、獣医学の学会や講習会に参加した臨床獣医師を対象とし、犬の催吐治療に関するアンケート調査を行いました。合計162名の回答を集計したところ、催吐処置に用いる薬剤としてはトラネキサム酸が最も多かった(44%)といいます。その他、催吐処置の頻度は月に1回程度が42%と最多で、トラネキサム酸投与後の有害事象を経験した臨床獣医師は12名(15%)だったとも。内訳は死亡が4例、非死亡の有害事象が15例(うち9例がけいれん)というものでした。 犬に対して用いられる催吐剤の種類と割合一覧  分母となる「催吐治療の合計回数」が不明なため、副作用の19例(死亡4+非死亡15)が全体の何%を占めるのかはわかりません。過去、137頭の犬にトラネキサム酸50mg/kgを1~3回静脈投与した調査では、2頭(1.5%)で強直間代性けいれんと止血障害が認められたと報告されていますので、ひとつの目安になるでしょう。
 筆者はトラネキサム酸による催吐処置は、てんかんやアミロイド沈着などの基礎疾患を有する症例や血栓形成傾向にある症例では有害事象を生じる可能性があると締めくくっています。 犬が異物を飲み込んだらどうする?