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子犬衰弱症候群は腸内フローラが原因?~致死率100%の謎の疾患における細菌叢の役割

 生まれたての子犬に頻発し、致死率が100%に達する原因不明の疾患「子犬衰弱症候群」。原因として腸内細菌叢(フローラ)が関わっている可能性が示されました。

子犬衰弱症候群と腸内フローラ

 子犬衰弱症候群(Fading Puppy Syndrome)とは生後3週齢までの新生子に発症する原因不明の病態。多いときは生まれたての子犬の30%に発症し、分娩後の7日間における死亡率がとりわけ高いとされています。症状は非特異的(=疾患に特徴的な項目がない)で診断を下すこと自体が困難です。また原因自体がよく分かっていないため治療もうまくいかず、ひとたび発症すると死亡率は100%にまで達します。 新生子に多発する子犬衰弱症候群は原因不明  謎が多い疾患の調査対象となったのは25腹・165頭の子犬たち。同腹子の数は中央値で6頭、母犬の年齢中央値は4歳、小型犬48頭、中型犬81頭、大型犬36頭という内訳です。そのうち生後まもなく子犬衰弱症候群を発症した割合は13.3%(12腹・22頭)だったといいます。生存期間は分娩後2~11日で中央値は3.5日。医療的介入が行われたものの最終的な死亡率は100%でした。

発症と無関係な項目

 健常グループと発症グループを比較して統計的に解析した結果、以下の項目に関しては発症と無関係と判断されました。
  • 母犬の年齢
  • 出産数
  • 犬種
  • 分娩シーズン
  • 犬舎
  • 分娩異常
  • 同腹子の数
  • 子犬の性別
  • 生後1日目と8日目における直腸温

発症に関わっている(?)項目

 両グループに属する合計63頭の直腸から採取した93のサンプルを対象として腸内細菌叢を解析したところ、どちらのグループにおいても分娩からの経過日数によってアルファ多様性(ある1つの環境における種の多様性)に変化は見られなかったといいます。その一方、健常グループと発症グループとの間で以下のような特徴が見られたといいます。
腸内フローラの特徴
  • 健常グループ●「Epulopiscium」「C. celatum」「 C. perfringens」の相対的豊かさは生後1日目>8日目
  • 発症グループ●「Streptococcus」の相対的豊かさが生後1日目>8日目
    ●「Proteobacteria/Firmicutes比」が生後1日目>8日目
    ●機械学習させた結果、健常グループとの間にも1日目と8日目のベータ多様性(別々の環境間における種多様性の違い)に違いが見られ、特に1日目における違いが顕著
 生後1日齢の子犬たちで見られた腸内細菌叢の違いは疾患の原因なのか結果なのかは定かでないものの、少なくとも発症を予見する際のバイオマーカーにはなりうると期待されています。
Developmental intestinal microbiome alterations in canine fading puppy syndrome: a prospective observational study.
Tal S, Tikhonov E, Aroch I, et al. NPJ Biofilms Microbiomes 2021;7(1):52, DOI:10.1038/s41522-021-00222-7

子犬衰弱症候群の発症メカニズム

 子犬衰弱症候群の発症メカニズムに関しては多くの仮説が提唱されています。以下は一例です。
子犬衰弱症候群の原因?
  • 難産
  • 細菌やウイルス感染症
  • 母犬からの免疫移行不全
  • 消化管の寄生虫感染
  • 母犬による不適切なケア
  • 乳汁分泌不全
  • 質の低い母乳
  • 外的な飼育環境
 今回の調査により「腸内細菌叢(フローラ)の乱れ」(Dysbiosis, 腸内毒素症)という新たな可能性が示されました。一体どのようなメカニズムを通して症状を引き起こしうるのでしょうか?

出産方法と子犬の腸内フローラ

 人間においては母親の膣や便細菌叢を通じて新生子の体内で腸内細菌のコロニー化が生じ、消化管の発達や機能に重要な役割を担うようになるとされています。また母親の健康状態、帝王切開、母乳のクオリティ、抗生剤の投与、早産などによって新生子の腸内フローラに悪影響が及び、結果として喘息、アトピー、肥満と言った疾患の間接的な原因になる可能性が指摘されています。
 母親の保有する細菌が赤ん坊に移行するメカニズムとして想定されているのが経膣分娩です。その証拠に、経膣分娩で生まれた赤ん坊の腸内では母親の産道や直腸の細菌(乳酸桿菌やビフィドバクテリウム)が大勢を占めるようになり、帝王切開で生まれた赤ん坊の腸内では、母親の皮膚細菌叢(Staphylococcusなど)が大勢を占めるようになるという現象が報告されています。
 一方、犬においても経膣分娩で生まれた子犬の胎便細菌叢と母犬の膣内細菌叢が近似するのに対し、帝王切開で生まれた子犬の胎便細菌叢は母犬の膣内および口内両方の細菌叢に近似するという違いが報告されています。
 今回の調査においては経膣分娩が96%(24/25)で帝王切開はほとんどありませんでしたので、健常犬と発症犬の間で見られた腸内細菌叢の違いには出産様式ではなく別の因子が関わっているもとの推測されます。

結局は子犬の体質?

 子犬衰弱症候群の病理所見として消化管の炎症や充血性腸粘膜が確認されました。一方、人医学においてはPasteurellaceaeを始めとした口腔内の常在細菌群が炎症性腸疾患の発症に関わっている可能性が示唆されています。こうした事実から、母犬の口によるケアを通じて獲得したPasteurellaceaeが腸内毒素症を引き起こし、結果として子犬衰弱症候群の原因になってるのではないかと推測されています。
 しかし飼い主の報告では、同腹子達は母犬から同程度のケアを受けていたとのこと。もし母犬由来の何らかの細菌が原因なのだとすると、すべての子犬に同程度に発症するはずですが、患犬の同腹仔における発症リスクは確認されませんでした。この事実から、細菌そのもののほか細菌に対する反応の仕方(≒体質)が衰弱症候群を引き起こしているのではないかと考えられます。
 例えば、ある個体では胃酸や塩素の分泌など上部消化管における防御機構に不具合が生じて腸内毒素症につながっているなどです。
腸内フローラが本当に発症に関わっているのだとすると、発症を予見するだけでなく、発症しにくい細菌バランス(Proteobacteria/Firmicutes比の低下など)を人為的に構成することで予防につながる可能性も開けてきます。子犬のケアの仕方犬の腸内フローラ・最新情報