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眠る前の経験は犬の睡眠の質に影響を及ぼす~楽しい経験をした後は眠りが深くなる

 人間においては、嫌なことがあった日は寝付きが悪くなったり、いいことがあった日はぐっすり眠れたりします。日中の経験が睡眠の質に影響を及ぼすというこの現象は、果たして犬にもあるのでしょうか?

睡眠前の経験は犬にも重要?

 人間においては眠る前のネガティブな経験が睡眠効率を低下させるとか、高速眼球運動の割合が減少するとか、徐波睡眠が始まるまでの待機時間が長くなるといった現象が確認されています。例えば「あなたは明日の朝スピーチをすることになっていますがそれは評価対象となります」という精神的なプレッシャーを掛けられた状態で眠りにつくと、眠りの一番最後に現れる高速眼球運動の平均回数が低下したり、レム睡眠のフェーズが回を重ねるたびに多くなるはずの高速眼球運動の増加スロープが緩やかになるなどです。また睡眠前における気落ちの度合いは眠りの最初に現れるレム睡眠で見た夢の中の感情と連動しているとの報告もあります。 犬における睡眠ポリグラフ検査  眠る前の経験が眠りのクオリティに影響を及ぼすという現象は果たして犬でも見られるのでしょうか?ハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学を中心としたチームは9犬種に属する合計16頭の犬たちを対象とし、「ポジティブな交流」と「ネガティブな交流」を経験した後、犬たちの睡眠にいったいどのような変化や違いが現れるのかを検証しました。犬たちの平均年齢は4.88歳(1~10歳)、オス9頭+メス7頭という内訳で、眠りにつく前に行われた具体的な交流の内容は以下です。2つのセッションの間には、飼い主の都合に合わせて5~29日間(平均13.3日)の間隔が設けられました。
睡眠前の交流(各6分間)
  • ポジティブな交流ラボの中で飼い主および見知らぬ人と遊ぶ機会を設けられる。犬が近づくたびに体を撫で犬の好みに合わせて綱引きやとってこい遊びをする。交流者は犬に向かって頻繁にやさしく声をかけてあげる。
  • ネガティブな交流ラボの中に犬を係留して2分間放置する。飼い主が入室するが決められたポイントに立ったまま犬と目を合わせたり声をかけたりしない。見知らぬ実験者が入室し5m離れた地点から犬の目をじっと見つめながらゆっくりと無言でにじり寄る (およそ1分間)。別の実験者が2m離れた地点に近づき犬の目をじっと見つめながら3分間そこに座る。
 上記した交流を行った後、睡眠時の脳波をポリグラフで示す機械(ポリソムノグラフィ)を犬たちに取り付けた状態で3時間の睡眠中に見られる脳波の推移をモニタリングすると同時に、覚醒状態からうとうとするまでの時間、覚醒状態にある時間、うとうと眠る時間、相対ノンレム睡眠時間、相対レム睡眠時間、平均レム睡眠時間、最初のレム睡眠が現れるまでの時間などを計測しました。また飼い主に対しては43項目からなるアンケート調査 「Canine Big Five Inventory」を行い、犬の性格を5つの側面から評価してもらいました。

経験の質と眠りのマクロ構造

 調査の結果、眠りにつく前の経験によって犬たちの睡眠のマクロ構造が大きく変化したと言います。具体的には以下で「>」は計測値が大きいこと、「相対的」は3時間の中に占める割合を意味しています。
経験と睡眠のマクロ構造
  • ポジティブ>ネガティブ✓眠りにつくまでの時間
    ✓相対的うとうと眠る時間
    ✓相対的ノンレム睡眠時間
  • ネガティブ>ポジティブ✓睡眠トータル比率
    ✓平均睡眠サイクル
    ✓相対的レム睡眠時間
    ✓平均レム睡眠時間
 眠りにつくまでの時間に関してはネガティブな交流を持った後の方が短くなる(=寝つきが良くなる)傾向が見られました。人間の場合、嫌な経験をした夜は繰り返し思い出していつまでたっても眠れないという現象が起こりますが、犬の場合は脳内でそうした振り返りを行わないのかもしれません。ある意味では人間よりずっと上手に「マインドフルネス」を実践できていると言えるでしょう。眠りに落ちるまでの時間が短縮した理由については、ストレスによって引き起こされた無活動の一種であり、病気にかかった人間において見られる免疫反応に近いのではないかと推測されています。
 3時間のモニタリング中における相対的ノンレム睡眠時間に関しては、ポジティブな交流を持った後の方が短くなる傾向が見られました。ノンレム睡眠は一般的に深い眠りとされていますので、よく遊んだ後の方がぐっすり眠れるということでしょうか。これは多くの飼い主が直感的にも経験的にも理解しやすい現象です。

犬の性格特性と眠り

 ポジティブとネガティブという真逆の経験をした後の眠りでは、多くの側面において格差が見られました。こうした格差に関連していた交流中の特徴は以下です。
交流間の格差と関連項目
  • 眠りにつくまでの時間✓飼い主との遊びに費やした時間
    ✓脅威的接近に対する犬の反応
    ✓凝視中に飼い主の後ろに立っていた時間
  • 相対的なまどろみ時間✓凝視中に見知らぬ人を見つめていた時間
    ✓凝視中に発声していた時間
    ✓実験者と遊びに費やした時間
  • 相対的なノンレム時間✓飼い主及び実験者と遊びに費やした時間
    ✓非社会的な遊びに費やした時間
    ✓別離状況においてドアのそばに立っていた時間
    ✓脅威的接近に対する犬の反応
  • 相対的なレム睡眠時間✓凝視中に実験者を見つめていた時間
    ✓実験者と遊びに費やした時間
  • 平均レム睡眠時間✓飼い主が撫でた時間
    ✓非社会的な遊びに費やした時間
    ✓凝視中に発声していた時間
 また飼い主へのアンケート調査から浮かび上がってきた犬たちの5大性格特性(Big Five)と交流中の特徴は以下です。「↓」は性格傾向が弱いとき、「↑」は性格傾向が強い時を意味しています。
犬の性格と交流中の特徴
  • 外向性(Extraversion)積極的に人と関わったりコミュニケーションをとることができること。
    ↓:飼い主によるなでなでが少ない
    ↑:実験者と遊ぶ時間が長い
  • 協調性(Agreeableness)他の人と協力してチームプレーができること。
    ↑:凝視中に飼い主の後ろで費やす時間が長い
  • 誠実性(Conscentiousness)向上心があり、目的を達成するために努力を惜しまないこと。勤勉性とも。
    ↓:凝視中の発声時間が長い/飼い主によるなでなでが少ない
    ↑:非社会的な遊びが長い
  • 神経質(Neuroticism)感情の触れ幅が小さく、精神的に安定していること。情緒安定性とも。
  • 開放性(Openness)新しい物事や経験に対して物怖じしないこと。
    ↓:凝視中に飼い主の後ろで費やす時間が長い
 人間やげっ歯類においてはポジティブな経験後に分泌される「オキシトシン」や、ネガティブな経験後に分泌される「コルチゾール」といったホルモンが睡眠のクオリティに影響を及ぼすことが確認されています。変数が多いためすっきりした解釈は難しいですが、「犬の性格+その日の経験」によって犬の体内でもこうした微量分子の分泌が促され、眠りのマクロ構造に変化が現れるのではないかと推測されます。
 例えば「外向性」が強い犬は積極的に他の犬や人と遊びたがりますので、ふれあいの中でオキシトシンの分泌量が多くなり、肉体的な疲労とあいまって夜の眠りが深くなるなどです。逆に「開放性」が弱い犬は他の犬や人間の存在がストレスになりますので、コルチゾールの分泌量が多くなり、寝つきは良いけれども眠りは浅いなどのパターンとして現れるかもしれません。
Sleep macrostructure is modulated by positive and negative social experience in adult pet dogs
Kis A, Gergely A, Galambos A, Abdai J, Gombos F, Bodizs R, Topal J., Proc. R. Soc.(2017), DOI:10.1098/rspb.2017.1883