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言葉を一発で覚える犬の語学力は才能か?教育か?~ファストマッピング(即時言語習得)に関する検証実験

 ほんの数回言葉に接しただけで物の名前を覚えてしまう能力「ファストマッピング」(fast mapping)。人間の幼児で特に顕著ですが、同じ能力は果たして犬にもあるのでしょうか?あるとしたらすべての犬が等しく持っているのでしょうか?検証実験が行われました。

言葉のファストマッピングとは?

 「ファストマッピング」(fast mapping, 即時マッピング)とは、ほんの数回言葉に接しただけで対象物との関連性を記憶する能力のこと。長らく人間に固有の能力と考えられてきましたが、ボーダーコリーの「チェイサー」、同じくボーダーコリーの「リコ」、そしてヨークシャーテリアの「ベイリー」といった天才的な犬たちの存在により、少なくとも人間だけに限定された能力ではないことが指摘されていました。 犬は人間の言葉が分かる? 天才的な言語能力を発揮する犬「チェイサー」と「リコ」  今回ハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学の調査チームが行ったのは、ファストマッピングの能力が一部の犬だけではなく普通の犬にも備わっているかどうかを検証するための実験です 。
Rapid learning of object names in dogs
Fugazza, C., Andics, A., Magyari, L. et al. Sci Rep 11, 2222 (2021). DOI:10.1038/s41598-021-81699-2

タレント犬を対象とした実験

 まず調査に参加したのは数十種類の単語を記憶している2頭のタレント犬(※タレント=才能を持っているという意味)。1頭はノルウェーに暮らすボーダーコリーの「ウィスキー」(4歳, 59語)、もう1頭はブラジルに暮らすヨークシャーテリアの「ヴィッキー・ニーナ」(9歳, 42語)です。 数十の単語を記憶している犬「ウィスキー」と「ヴィッキーニーナ」  実験に先立ち、飼い主の主張が本当かどうかを確かめるため複数回にわたる「とってこい」テストを行った結果、「ウィスキー」の正答率が86.7(13/15)~91.5%(54/59)、「ヴィッキーニーナ」のそれが64.3%(27/42)で、特定のおもちゃと特定の単語を確かに記憶していることが確認されました。

明示的文脈での言語学習

 新しい単語の学習では日常生活で頻繁に起こりうる「犬と飼い主がおもちゃで遊ぶ」という状況が採用されました。
 まず犬が初めて接する2つのおもちゃを用意し、犬がこれまで聞いたことがない任意の2つの単語を選んだ上で、飼い主が犬と遊んでいる間に各4回ずつこの単語を繰り返しました。例えばおもちゃを見せながら「これはタコヤキ」と言ったり、おもちゃを投げて「イカリング取ってこい」と言うなどです。 明示的文脈における言葉と対象物の曝露

単語の想起テスト

 上記「明示的文脈での言語学習」で犬と単語を接触させたちょうど2分後、2つのおもちゃを飼い主から見えない場所に並べ、どちらか一方のおもちゃの名称(例:タコヤキ)を指示語(例:タコヤキ取ってこい)として発してもらいました。
 2つのおもちゃは犬にとって同程度の真新しさですので、新規なものに本能的に興味が引かれる「ネオフィリア」のメカニズムを通じてどちらか一方を優先的に選んでしまう可能性が大幅に減らされています。また犬がすでに単語と結びつけて覚えているおもちゃを選択肢から除外することにより、馴染みのおもちゃを選んでしまう可能性も排除されています。 犬は潜在的に真新しいものにひかれる「ネオフィリア」の傾向がある  この状況で犬が単語と結びついたおもちゃを偶然(=50%)を超える割合で持ってくることができたら、「ファストマッピングで単語とおもちゃを結びつけて記憶した」可能性が高まるという訳です。

想起テストの結果

 上記した状況を設定した上で飼い主が「とっておいで」と指示を出したときの正答率を調べたところ、「ウィスキー」が70.8%(17/24)、「ヴィッキーニーナ」が75%(15/20)で、どちらも偶然を超える確率で正しい方のおもちゃをくわえて持ってくることができたといいます。

一般犬を対象としたテスト

 「ウィスキー」と「ヴィッキーニーナ」はすでに数十個の単語を覚えるという実績を残していた犬でした。2頭で確認されたファストマッピングの能力は、果たして一般家庭で飼育されている普通の犬にも備わっているのでしょうか?
 調査に参加したのは「とってこい」が大好きなペット犬20頭。犬種はさまざまで平均年齢4.5歳、オス8頭+メス12頭という内訳です。「明示的文脈での言語学習」で解説したのと全く同じ手順で犬に新しいおもちゃと単語との結びつきを確認させた2分後、接したばかりの2つのおもちゃを飼い主から見えない場所に並べ、飼い主が「○○○をとっておいで」と指示したときの正答率を調べました。
 その結果、合計24回のテスト中どの犬も正解は10~13回ほどで、平均正答率は偶然レベルの49.8%にとどまったと言います。

言葉の習得能力は才能?経験?

 数十の単語を覚えられる犬と普通の犬を対象とした比較実験により、ほんの数回言葉と接しただけで対象物との結びつきを頭の中でリンクできる「ファストマッピング」という言語習得能力は、少なくともすべての犬にデフォルトで備わっているわけではない可能性が示されました。
 ファストマッピングを才能の一種とするならば、いったい何が才能の違いを生み出しているのでしょうか?可能性としては以下のようなものが考えられます。
タレント犬は何が違う?
  • 脳の構造言語の聞き取り能力に先天的な違いがある可能性があります。
  • 対象に対する注意力ある一つの対象物に対する集中力が高いと、特定の単語との結びつきを強く記憶できるようになります。
  • おもちゃに対するモチベーション情動を大きく揺さぶられる事物が強烈に記憶に残るのと同じように、「おもちゃで遊んで楽しかった!」という強い印象があると記憶が増強されます。
  • 経験「ウィスキー」と「ヴィッキーニーナ」は子犬の頃からとってこい遊びに勤(いそ)しんでいたことから、「言葉をちゃんと聞き取れたらご褒美がもらえる」という関係性を他の犬より明確に理解していた可能性があります。
 世界中で飼育されている犬の数に対し、言語に対する特異な才能を見せる犬の割合が極端に少ないことから、調査チームは才能による影響が大きいのではないかと推測しています。
 リコやチェイサーといった有名な犬の話を聞くと、親心から自分の犬も天才に違いないと考え、同程度の能力を期待してしまうのは人の常です。しかし今回の実験により普通の犬は少なくともファストマッピングによって次々と単語を覚えることができない可能性が示されましたので、2~3回トライして「うちの犬はやっぱり馬鹿だ!」などとレッテルを貼らないようにしてください。
 実は記憶セッションから想起テストまでの間に10分のタイムラグを設けた追加の実験も行われており、こちらのテストでは「ウィスキー」の正答率が55%(11/20)、「ヴィッキーニーナ」のそれが56.25%(9/16)で偶然レベルに落ち込んだといいます。要するに銀座のカリスマホステスのように、一度会っただけで客の名前と顔を何年たっても記憶しているというわけではないということです。
人間においても犬においても対象物と名称の関係性をしっかり記憶するために必要なのは、時間を隔てて何度も出会うことで少しずつ記憶を増強する「スローマッピング」です。犬に最適な名前と命令