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生肉主体の犬向けローフードは炎症性腸疾患(IBD)の発症リスクを低下させる?

 生後間もない時期の食事内容と成長後における炎症性腸疾患(IBD)の発症リスクを調べたところ、生肉主体のローフードが発症リスクの低下に関わっている可能性が示されました。

炎症性腸疾患(IBD)の発症リスク

 調査を行ったのはフィンランドにあるヘルシンキ大学のチーム。誕生して間もない時期における子犬の食事内容と、成長してからの炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease, IBD)の発症リスクがどのように関わっているかを確かめるため、犬の飼い主を対象とした大規模かつ長期的な調査を行いました。
 元データとして利用されたのは、犬の食事内容とライフスタイルを複数の観測点で時系列化する「DogRisk food frequency questionnaire」と呼ばれる50項目からなるアンケート調査。炎症性腸疾患を細かく定義した上でさまざまな設問に回答してもらい、1歳未満の犬のデータを除外していったところ、2009年から2019年の期間で最終的に7,015頭分の回答(IBD発症1,147頭/IBD未発症5,868頭)が得られたといいます。具体的な用語とその意味は以下です。
  • 炎症性腸疾患腸管吸収障害, チロシン反応性下痢症, 抗生剤反応性下痢症, 潰瘍性大腸炎, グルテン反応性腸疾患
  • 妊娠期母犬の体内にいる期間
  • 授乳期生後3~4週齢の期間
  • 新生子期初期生後1~2ヶ月齢の期間
  • 新生子期後期生後2~6ヶ月齢の期間
  • 未加工主体食(NPMD)赤肉、家禽類、魚介類、内臓、骨、獣脂、魚油を豊富に含み炭水化物(糖質)の含有率が少ない/生野菜、果物、ベリー、植物性繊維を含む/市販もしくは手作り
  • 加工主体食(UPCD)エクストルード(加熱・加圧状態で成形押し出し)製法で大量生産された市販されているドライフード/40~60%は小麦、とうもろこし、お米、じゃがいもを主体とした炭水化物/野菜パルプ(残り滓)
 変数同士の影響を可能な限り除外する多変量解析を行い、1歳を過ぎてから炎症性腸疾患を発症するリスクを統計的に計算したところ、以下のようになったといいます。数字は「オッズ比」(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。またカッコ内に示した「P」の値は小さければ小さいほど偶然で説明できる可能性が低い(=相関関係が強い)ことを意味しています。
成長後のIBD発症リスク
  • 母犬にIBD歴あり→7.89(<0.001)
  • オス犬→2.16(<0.001)
  • 妊娠中に母犬がワクチン接種→1.49(0.034)
  • 最初の固形食が加工主体食→1.63(0.048)
  • 新生子期後期の加工主体食→1.78(0.002)
  • BCS1~2→1.44(0.015)
Early Life Modifiable Exposures and Their Association With Owner Reported Inflammatory Bowel Disease Symptoms in Adult Dogs.
Hemida M, Vuori KA, Moore R, Anturaniemi J and Hielm-Bjorkman A (2021) Front. Vet. Sci. 8:552350. DOI:10.3389/fvets.2021.552350

危険因子とIBDの発症メカニズム

 子犬が幼齢期にあるときのいくつかの属性が、成長後における炎症性腸疾患(IBD)の発症リスクと強く相関していることが明らかになりました。背景にあるメカニズムとしては以下のようなものが想定されます。

母犬のIBD病歴

 母犬に炎症性腸疾患の病歴がある場合、生まれてきた子犬が成長後にIBDを発症するリスクが8倍近くに高まることが示されました。
 人医学においても1親等にある親族がIBDを患った病歴がある場合、最も発症リスクが高くなると報告されています。例えば両親ともにIBD歴がある場合、長期的な発症リスクが30%も高まるなどです。一方、18歳になるまでの心血管系、内分泌系、呼吸器系、神経系、泌尿器系、IBD以外の消化器系疾患の発症リスクは影響を受けなかったという報告もあるため、遺伝だけでなく食事を中心とした後天的な影響も因子として関わっていると考えられています。

オス犬

 メス犬に比べオス犬の方が2倍近くIBDを発症しやすいことが示されました。
 慢性腸疾患の有病率を調査した日本の調査においても、オス犬の方がやや高い値を示したと報告されています。一方、発症率に性差はなかったと言う報告も同時に存在しているため、性別がどのように影響しているのかは現時点ではよくわかっていません。あるとしたら性ホルモンが関わっていると推測されます。

母犬のワクチン接種歴

 母犬が妊娠直前もしくは妊娠中にワクチンを接種していた場合、子犬のIBD発症リスクが1.5倍になることが示されました。
 不活化ワクチンに含まれるアジュバントが母犬の血流を通じて子犬の体内に移行し、免疫システムを刺激して炎症性反応を誘起した可能性が考えられていますが、母犬の接種内容が生ワクチンだったのか不活化ワクチンだったのかが明らかでないので断言はできません。
 また子犬のワクチン接種歴と発症リスクは無関係でしたが、人医学の領域でも麻疹ワクチンの成長してからのIBDリスクを示唆する報告がある一方、関係性を否定する報告も同時にあるため、ワクチンがIBDの発症にどう関わっているのかはよくわかっていないのが現状です。

6ヶ月齢時のスリム体型

 犬の体型が5段階評価のボディコンディションスコア(BCS)で3未満のとき、IBDの発症リスクが1.4倍に高まることが示されました。
 人医学においてはクローン病や潰瘍性大腸炎と診断を受ける前の時点で、過半数の人が体重減少を経験すると報告されています。同様に、子犬において確認されたスリムな体型は潜在的な消化器系疾患を示しているのではないかと考えられています。

新生子期の加工主体食

 子犬が離乳して最初に口にする固形食が加工主体食だったり、生後2~6ヶ月齢における主食が加工主体食の場合、IBD発症リスクが1.6~1.8倍に高まることが示されました。逆に生後2~6ヶ月齢における主食が未加工主体食である場合、発症リスクが半減することも合わせて確認されました。
 出生初期における食事内容と腸疾患との関係性を示す仮説はいくつかあります。以下は一例です。
✅幼齢期のうちに生肉を始めとした新鮮素材に含まれるさまざまなバクテリアと接しておくと免疫系がほどよく発達して後年における免疫力が強化される(衛生仮説)
✅妊娠中における母犬の食事や子犬が新生子期にあるときの食事がエピジェネティック(遺伝+環境の相互作用によって影響を受ける)な何らかのプログラミングを調整する
✅加工主体食に多く含まれるグルテンが、強い感受性を先天的にもった犬(アイリッシュセターなど)における発症リスクを高めてしまう
✅マウスを対象とした調査で確認されているような、炭水化物が腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)、腸管の透過性変化、炎症反応を引き起こした
✅消化管内におけるブドウ糖の高い濃度が腸内細菌叢に過剰な栄養を与え細菌異常増殖症を引き起こした
✅炭水化物主体のフードでは食物繊維が少なかったため、腸内細菌叢への栄養が足りなくなってディスバイオーシスが起こった
✅製造過程における化学的もしくは熱処理が栄養素の生理活性を低下させた
✅添加物として用いられた乳化剤が腸内細菌叢の多様性を低下させたり、腸管内腔の粘膜層を薄くすることによって炎症性疾患へのリスクを高めた 幼齢期の子犬における生肉主体食が炎症性腸疾患(IBD)の発症を低下させているのか見かけの相関関係なのかは不明  アンケート調査の設問は「炎症性腸疾患、慢性的な消化器症状、慢性的な腸管アレルギーを発症したことがあるか?」という漠然としたもので、獣医師による診断だけでなく、飼い主による自主判断が混在してしまう余地を残しています。また未加工主体のフードがリスクを低下させたのか、それともそもそも胃腸が丈夫だから未加工主体のフードを受け入れてくれたのかもはっきりしていません。もし後者の場合、未加工主体のフードが発症リスクを低下させたのではなく、もともと子犬の胃腸が丈夫だったから成長後の発症リスクが低くなったという解釈も可能です。要するに、相関関係を因果関係と取り違えてはいけないということです。
 調査チーム自身が指摘しているように、幼齢期における食事内容と後年におけるIBDの発症リスクをはっきりとした因果関係として捉えるためには、健康状態が等しい子犬たちをランダムでグループ分けし、一方にだけ未加工主体のフードを給餌するという前向きかつ長期的な調査が必要となるでしょう。
IBDにだけ着目すると未加工(生素材主体)フードにはいくらかのメリットがあるかもしれません。しかし病原体による別のデメリットがありますので、片面だけ見て犬の食事内容を即決してしまうのはとても危険です。生肉主体の犬向け食(ローフード)には高確率で病原菌や寄生虫が含まれている 犬にジビエを与えると寄生虫感染率が高まる