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犬のしつけに「非随伴性強化」(NCR)は効果あり?

 犬の行動頻度を変化させる時は、望ましい行動の直後にご褒美を与えたり、望ましくない行動の直後に無視するといったオペラント条件付けの理論が用いられます。では、行動とは全く無関係なタイミングでご褒美を与える人間向けの介入法「非随伴性強化」(NCR)は犬に対しても効果を発揮するのでしょうか?

世界初・犬の非随伴性強化(NCR)実験

 文献上、犬においては世界初となる実験を行ったのはイギリスのクィーンズ大学ベルファストを中心とした共同調査チーム。修正するのが難しい人間の行動を変化させるために用いられる「非随伴性強化」(NCR)が犬に対しても有効であるかどうかを確かめるため、犬の問題行動で多く報告されている「飛びつき」に焦点を絞った実験を行いました。
非随伴性強化
「非随伴性強化」(Non Contingent Reinforcement, NCR)とは、行動とは全く無関係なタイミングで強化刺激(ごほうび)を与えることにより、主として望ましくない行動が出にくくする介入法のこと。人間を対象とした調査では攻撃反応、病的な不安、破壊衝動、異食症、自傷癖、常同行動といった行動において有効性が報告されている。
 調査に参加したのは飛びつく癖がある犬とその飼い主のペア5組。「飛びつき」の定義は「両方の前足を地面から浮かせて人の体に接触させること」とされました。 実験の流れは「犬の問題行動を保持している強化刺激をはっきりさせる」→「その強化刺激を用いてNCRを行う」というものです。 非随伴性強化(NCR)においては行動に随伴しないタイミングでご褒美が与えられる

問題行動の「隠れご褒美」は何?

 まず犬の飛びつき癖が治らない背景には、意識的もしくは無意識的に飼い主が犬に与えている何らかのご褒美があるに違いないと考え、この「隠れご褒美」が何であるかを関数解析学を用いて見極めていきました。具体的には、犬の飛びつき癖が出るタイミングで「注目」「おもちゃや取っ組み合いをして遊ぶ」「別の行動を要求」「無視」「触れるごほうびを与える」という5つの異なる反応を提示し、行動頻度がどのように変化するかを観察するというものです。
 1セッション3分からなる飼い主との交流を20~50回繰り返した結果、5組中4組では「触れるごほうび」が、残りの1組では「注目」が犬に対する隠れご褒美であることが判明しました。

行動に随伴しないごほうび

 次のステップでは、判明した隠れご褒美と非随伴性強化(NCR)を組み合わせ、犬の飛びつき癖が減ってくれるかどうかが検証されました(飼い主の都合により4組だけ参加)。NCRの具体的な内容は、犬の飛びつきが出やすい玄関に飼い主が入った後「10秒間犬にごほうびを与える→10秒間犬を無視する」というサイクルを1分が経過するまでやり続けるという至ってシンプルなものです。ごほうびは犬が飛びついていようといまいとお構いなしに与えられました。逆に犬が飛びついていない状態でも無視されました。要するにオートフィーダーがスケジュールに従ってフードを吐き出すように、文字通り「機械的に」ごほうびを与えるイメージです。
 飼い主のスキルを高めるためのトレーニングを週一のペースで行いつつ、19~25週間(5~6ヶ月)に渡るNCRを犬に対して行ったところ、1組(7.7%減)を除いてすべてのペアで飛びつき回数が大幅(71%, 100%, 100%減)に減少したといいます。
Using Principles from Applied Behaviour Analysis to Address an Undesired Behaviour: Functional Analysis and Treatment of Jumping Up in Companion Dogs
Nicole Pfaller-Sadovsky, Gareth Arnott, Camilo Hurtado-Parrado, Animals 2019, 9(12), 1091; https://doi.org/10.3390/ani9121091

間欠強化にならない?

 犬の行動頻度を変化させる時は、望ましい行動の直後にご褒美を与えたり、望ましくない行動の直後に無視するといったオペラント条件付けの随伴性理論が用いられます。
 今回採用された非随伴性強化(NCR)は「行動の直後」というタイミングを全く無視していますので、従来的なオペラント条件づけとは大違いです。決められたタイムスケジュールに従って機械的に犬にご褒美を与えるという性質上、たまたま飛びついたタイミングでご褒美を与えるということも当然起こり得ます。これはいわゆる「間欠強化」に当たり、犬の問題行動が逆に悪化してしまうのではないかと不安になりますが、4組中3組では飛びつき行動が顕著に減っていますので、ご褒美の提示されるタイミングが一定間隔だとリズムの方に気を取られ「行動とご褒美とは無関係である」と認識してくれるのかもしれません。
 ただし残りの1組では思ったような行動変化が得られませんでしたので、ひょっとすると上記した間欠強化が事故的に成立してしまった可能性もあります。また調査チームが指摘しているように「10秒」というごほうびの提示間隔が長すぎて、たまたまその犬には合わなかったという可能性もあるでしょう。

効果のメカニズムは不明

 非随伴性強化(NCR)は人間のやっかいな問題行動を変化させる時の介入法として用いられますが、なぜ行動が変化するのかに関しては実はよくわかっていません。想定されているのは「消去」(extinction)と「飽和」 (satiation)です。前者は行動とご褒美の結びつきが切れて行動する意味がなくなる現象、後者はご褒美に飽きて行動を起こすのに十分なだけの快感が生じなくなってしまった状態を意味します。
 犬の気持ちになって「消去」を考えると「飛びついても飛びつかなくても一定間隔でご褒美が与えられる。だったら飛びつかなくてもいいや」となります。 同様に「飽和」 を考えると「飛びついても同じご褒美しかもらえない…。なんだか飽きたから飛びつかなくてもいいや」となります。3組において比較的早く飛びつき回数の減少が起こったことから、調査チームは後者の可能性が高いのではないかと推測しています。

非随伴性強化(NCR)のメリット

 NCRの大きなメリットの1つは実践しやすいという点です。分化強化においては、飼い主が犬の行動をじっくりと観察し、望ましくない行動とは両立しないような別の行動を取ったタイミングですかさずご褒美を与え、結果的に望ましくない行動が出ないようにしていきます。
 有効なアプローチ法ではありますが、飼い主の側にも学習理論に対する理解や、ある程度の技術的な習熟が求められる点は否めないでしょう。それに対しNCRは犬の行動を全く無視しますので、飼い主の知識レベルや意識レベルに関わらず比較的簡単に実践することができます。対応できる問題行動には限りがありますが、今後調査進んで有効性がはっきりとした暁には、犬のしつけ方として何らかの形で用いられる可能性を秘めています。

非随伴性強化(NCR)はまだ発展途上

 非随伴性強化(NCR)は実践するのが簡単ですが、先述したように全ての問題行動に適用できる万能薬ではありません。調査チームは「過剰な無駄吠え」「過剰な興奮性」「常同行動」などに有効なのではないかと言及している一方、実践する側が怪我をする危険性があるような場合は別のアプローチ法も考慮した方が良いとしています。例えば強い噛みつき癖がある犬などです。
 応用行動分析(ABA)は行動の前後を分析することで問題に対処する介入法。犬においては古典的条件付けとオペラント条件付けが二本柱ですが、模倣学習や今回紹介したNCRは犬に対するストレスが少なく福祉を損なうことがないという観点から、今後のさらなる調査と方法論の確立が期待されます。なおプログラムに参加した飼い主へのアンケート調査から、NCRは犬に対するストレスが少なく、実践しやすく、また効果も感じられるという高い「社会的妥当性」(Social Validity) を示す回答が得られたとのこと。

後続調査

 2022年11月、非随伴性強化に関する後続調査が公開されましたので以下でご紹介します。調査を行ったのは上記と同じチームで、調査目的は非随伴性強化だけの場合と正の強化と組み合わせた場合とで、特定行動の頻度を下げる際の効果に違いが見られるかどうかを検証することです。
The effects of noncontingent reinforcement on an arbitrary response in domestic dogs (Canis lupus familiaris)
Nicole Pfaller-Sadovsky, Camilo Hurtado-Parrado, et al., Behavioural Processes(2022), DOI:10.1016/j.beproc.2022.104770

調査方法

 調査に参加したのは一般家庭で飼育されている6頭の犬たち。犬種はレトリバーとボーダーコリーで年齢は2~12歳。行動頻度の増減を測る目標行動として「ラグマットの上に両前足を乗せる」という任意の行動が選ばれました。一度学習させたこの目標行動の頻度を下げることが当調査の目的であり、以下のようなステップが組まれました。
介入ステップ
  • 1、固定間隔-15秒目標行動に対しフィーダーから遠隔でごほうびを与え両者の関係性(随伴性)を学習させて強化する(ただし直前の強化から少なくとも15秒経過しないと次のご褒美は与えない)
  • 2、固定時間-15秒15秒間隔で無条件でご褒美を与える(逆に目標行動をトリガーとしたご褒美は一切与えない)
  • 3、固定間隔-15秒(再学習)ステップ1と同じ手順で目標行動を再び強化することで行動頻度を可能な限り基準値に戻す
  • 4、固定間隔-15秒/固定時間-15秒目標行動の強化と15秒ごとの機械的な強化を同時に行う
  • 5、固定時間-15秒(再再学習)ステップ1と同じ手順で目標行動を再び強化することで行動頻度を可能な限り基準値に戻す
  • 6、消去一切のご褒美を中止することで行動頻度を下げる
 ステップ1、3、5で目標行動の頻度をいったん高め、直後に設けた2、4、6のステップで行動頻度がどの程度減るのかを相互比較するという趣向です。

調査結果

 1セッションの定義を「ご褒美30回まで」とし、各ステップのセッションを複数回行いました(1日の上限2セッション/セッション間に最低15分休憩)。犬1~6の各ステップにおける試行回数は以下です。 非随伴性強化のセッション数一覧  当初の仮説は2、4、6のステップで直前に高めておいた目標行動(ラグマットに両前足を乗せる)の頻度が下がるというものでした。しかし実際に試行を繰り返し1分間における目標行動の平均回数を割り出した所、犬1(●)、犬3(◇)、犬4(▽)、および全体平均では非随伴性強化(ステップ2と4)によって減少が認められたものの、犬2(□)と犬5(◆)では逆に増加が認められ、さらに犬6(○)では大きな変化が見られなかったといいます。 非随伴性強化による介入と目標行動頻度の増減平均回数  こうした個体差に関し調査チームは、行動と報酬の随伴性を断ち切るために設定した15秒という任意の間隔が、一部の犬に合わなかったのではないかと推測しています。また言及はされていないものの、目標行動のタイミングとフィーダーから出てくるご褒美のタイミングがたまたま合ってしまい、偶発的に行動が強化された可能性もあるでしょう。
 すべての犬において最も顕著な効果(行動頻度の低下)が認められたのは、一切のご褒美を中止するステップ6の「消去」でした。当調査では「ラグマットの上に両前足を乗せる」という任意の行動が設定されましたが、この行動を「無駄吠え」や「飛びつき」といったよくある問題行動に置き換えると、行動修正(しつけ)の第一選択肢はやはり消去(ごほうびを与えないこと)になるでしょう。
 調査チームは正攻法である消去が適用できない場合、個体によって効果が大きく異なるものの非随伴性強化を次善策として採用してもよいのではないかと言及しています。また当調査結果や人を対象とした先行調査の結果から推測し、通常の強化と非随伴性強化をミックスしたものではなく、非随伴性強化を単独で行った方が効果が出やすいのではないかとも。消去が適用できない場合の例としては激しい攻撃性、自己報酬的な自傷行為、消去バースト(消去直後に見られる一時的な問題行動の増悪)との根比べに勝つ自信がない飼い主などが挙げられています。
行動に随伴した従来的なしつけ法に関しては「犬の飛びつく癖をしつけ直す」で解説してあります。非随伴性強化(NCR)にトライしてみたい方は、原文(オープンアクセスだが英語)をよく読んで細かな注意点を守るようにしてください。