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サービスドッグの訓練に落第する犬をfMRIで事前に見分ける試み

 fMRIで脳内の状態をスキャンすれば、人間を支援するサービスドッグ候補生のうち、どの犬が落第するかを事前に見分けることができるかもしれません(2017.3.14/アメリカ)。

詳細

 調査を行ったのは、アメリカ・エモリー大学のグレゴリー・バーンズ教授が率いるチーム。2014年11月から2015年11月の期間、サービスドッグの訓練を行う「Canine Companions for Independence」(CCI)という機関で飼育されている候補犬43頭を対象とし、fMRIによる事前検査で訓練をパスする犬と途中でドロップする犬を見分けることができるかどうかを検証しました。
fMRI
 「fMRI」(functional MRI) は核磁気共鳴画像法(MRI)を利用して、脳や脊髄内を流れている血液の動態を捉えて視覚化する技術。特定の状況において、脳のどこが活性化しているのかを知ることができる。
 調査チームはまず犬に事前訓練を施し、騒音の激しいMRIの中で数十秒間じっとしていることと、報酬を示す「ご褒美シグナル」および無報酬を示す「お預けシグナル」を覚え込ませました。次に、訓練を終えた犬たちを目が覚めた状態のままMRIの中に入れ、以下に述べる4つのパターンにおける脳内のリアクションを観察しました。
犬のfMRIテスト(各15回ずつ)
  • 親しい人+ご褒美シグナル
  • 見知らぬ人+ご褒美シグナル
  • 親しい人+お預けシグナル
  • 見知らぬ人+お預けシグナル
脳をスキャンするため、犬たちはMRIの中で数十秒間じっとしていなければならない  fMRIテスト後、犬たちを機関に戻して訓練課程を続けた結果、サービスドッグとしての全体の合格率は77%だったと言います。得られた合否の結果と、事前に記録してあった脳内の反応とを調査チームが対比したところ、以下のような関係性が浮かび上がってきました。文中の「尾状核」(びじょうかく)とは報酬に対して反応する部位、「扁桃体」(へんとうたい)は感情の生起に関係している部位、「側頭葉」(そくとうよう)は人間の顔を見分ける特殊領域(DFA)が含まれる部位です。
脳内の反応性と合否
脳内における「関心関連領域」(ROI)~尾状核・扁桃体・側頭葉
  • 尾状核の反応性が強ければ強いほど合格率が上がる
  • 見知らぬ人間と対峙した時、側頭葉と扁桃体の反応性は連関している
  • 側頭葉と扁桃体の反応性が強ければ強いほど落第率が高くなる
 テストに合格しそうな犬を見分ける精度に関し、犬の行動に基づいて判断する従来的な方法が92%だったのに対し、fMRIの所見に基づいて判断する方法では94%に微増したといいます。一方、テストに落ちそうな犬を見分ける精度に関しては、従来的な方法が47%だったのに対し、fMRIでは67%に激増しました。
 こうした結果から調査チームは、生後12ヶ月齢頃からMRIに慣らすトレーニングを開始し、生後15ヶ月齢の時に脳内反応テスト受けると、これまでよりも高い確率で落第する犬を事前に見分けることができるかもしれないとの可能性に行き着きました。具体的には、見知らぬ人間がサインを出したとき、顔の認識に関与している側頭葉と感情の生起に関与している扁桃体が強く反応するような犬は、落第する確率が他の犬よりも高いというものです。
 従来の方法と新しいfMRIを用いる方法をうまく組み合わせれば、サービスドッグを訓練するのに必要なコストを削減できるかもしれないと期待されています。
Functional MRI in Awake Dogs Predicts Suitability for Assistance Work
Gregory S. Berns et al. Scientific Reports 7, Article number: 43704 (2017)

解説

 「尾状核の反応性が強ければ強いほど合格率が上がる」という事実は、報酬に対して強い喜びを感じる犬ほど、モチベーションが高まって課題の遂行能力が高まるという意味だと考えられます。平たく言うと、ビーフジャーキーひとかけらのために犬がどこまでやってくれるのかには個体差があるということです。尾状核の反応性は遺伝的な要因が大きいと考えられますが、近年行われた調査(→出典)では「幼少期に保護者から不適切な養育を受けて育った子供では脳の報酬系の働きが弱くなる」という現象が確認されていますので、生まれてからの生育環境も多少は影響しているかもしれません。
 「見知らぬ人間と対峙した時、側頭葉と扁桃体の反応性は連関している」という事実は、見知らぬ人間を側頭葉で認識するや否や感情が喚起されて扁桃体が活性化するという意味だと考えられます。喚起された感情が「この人はおやつをくれるのかな?」というワクワクしたものであれ、「この人知らない…なんだか怖いなぁ」というソワソワしたものであれ、冷静な態度を求められるサービスドッグには向いていません。「側頭葉と扁桃体の反応性が強ければ強いほど落第率が高くなる」という現象が確認されたのは、おそらく訓練の途中で気が散ることが多く、課題を遂行する前にドロップアウトしてしまったのだと考えられます。
 MRIの中ではどの犬もおとなしくしていたため、脳内の状態が表情や行動として現れる事はありませんでした。しかし実際に脳の血流をモニタリングしてみると、外からはうかがい知れない変化が起こっていたようです。バーンズ教授はこのことを「メンタル温度の変化」と表現しています。近年は「遺伝的に狼に近い犬種はアイコンタクトが苦手」(→詳細)など、犬の訓練性と遺伝的な素因を指摘する報告が増えていますが、fMRIや上記「メンタル温度」と絡めて研究を進めると、犬種特有の傾向が見えてくるかもしれません。ただし、うるさい機械の中で30秒間じっとしているという前提条件自体をクリアできない犬もいますので、実現はかなり難しいでしょうが。