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犬を飼うと乳幼児期の発達が促される~エコチル調査で判明したペット飼育のメリット

 「子供の情操教育のためペットを飼う」とはよく聞く常套句ですが、3歳になるまでに犬と暮らしたことがある乳幼児では、心身両面において確かに発達が促されることに明らかになりました。

「エコチル調査」の概要

 報告を行ったのは北海道大学環境健康科学研究教育センターを中心とした合同チーム。子供の健康と環境の関連性を対象として環境省が推進するエコチル調査を通じ、「犬の飼育」という側面が乳幼児の発達にどのような影響を及ぼしているのかを検証しました。
エコチル調査
「子どもの健康と環境に関する全国調査」(Japan Environment and Children’s Study, JECS)は北海道から沖縄まで全国15ヶ所にユニットセンターを設け、1センターあたり3年間(2011年1月~2014年3月の期間)で2~9千人の妊婦を募り、日本における出生児の3%に相当する10万人分のデータを16年間に渡って長期的に収集する出生コホート研究。略して「エコチル調査」とも。ユニットセンターの内訳は北海道、宮城、福島、千葉、神奈川、甲信、富山、愛知、京都、大阪、兵庫、鳥取、高知、福岡、南九州・沖縄。エコチル調査(環境省)
 子供が3歳になった時点で犬の飼育歴が判明していた78,941人分のデータが解析対象となりました。具体的には生後6ヶ月齢、1.5歳、3歳のどの時点においても一度も犬を飼ったことがない65,986人と、少なくともある時期において犬を飼育していた12,955人です。後者に関してはさらに以下の3つに細分されました(※原文中の定義には誤記あり)。
犬を飼ったことがある
  • 常に3つのタイミングすべてにおいて犬を飼育していた5,556人(7.0%)
  • 過去だけ3歳時点を除いた2つのタイミングのうち少なくとも一方において犬を飼育していた6,745人(8.5%)
  • 現在だけ3歳時点においてのみ犬を飼育していた654人(0.9%)
乳幼児期における犬の飼育は子供の発達を複数の側面で促す  さらに子供の親を対象とし、乳幼児(1~66ヶ月齢)の5つの発達領域における年齢特異的な進み方を評価する「ASQ-3」と呼ばれるアンケート調査を実施し、以下の5分野における発達度を調べました。カッコ内はカットオフ値で、この値を上回った場合は発達が標準的であるとみなされます。
乳幼児の発達分野
  • コミュニケーションスキル(29.95)
  • 粗大運動スキル(39.26)
  • 微細運動スキル(27.91)
  • 問題解決スキル(30.03)
  • 人格社会スキル(29.89)
 犬の飼育歴と子供の発達度を統計的に解析した結果、少なくともどこかの時点で犬を飼ったことがある子供においては「微細運動スキル」を除くすべての領域において発達遅延のリスクが11~17%低下することが明らかになったといいます。表中の太字は統計的に有意と判断された数値で、「OR」とは「オッズ比」のことです。例えば「0.87」とある場合はリスクが13%低くなることを意味しています。
スキル未発達率飼育歴なし飼育歴ありOR
コミュニケーション4.2%3.7%0.87
粗大運動4.9%4.0%0.83
微細運動7.8%8.0%0.98
問題解決7.6%6.9%0.89
人格社会3.5%3.1%0.86
 さらに犬の飼育歴を定義に従って「過去だけ」「現在だけ」「常に」に区分し、同様の解析を行ったところ以下のような結果になったといいます。太字の部分が統計的に有意(≒偶然では説明しにくい)な項目です。
スキル未発達OR過去だけ現在だけ常に
コミュニケーション0.890.640.87
粗大運動0.830.660.86
微細運動0.950.871.02
問題解決0.870.890.91
人格社会0.920.830.81
Association between Early Life Child Development and Family Dog Ownership: A Prospective Birth Cohort Study of the Japan Environment and Children’s Study.
Minatoya, M.; Ikeda-Araki,A.; Miyashita, C.; Itoh, S.; Kobayashi,S.; Yamazaki, K.; Ait Bamai, Y.; Saijo,Y.; Sato, Y.; Ito, Y.; et al. Int. J. Environ. Res. Public Health 2021,18, 7082. https://doi.org/10.3390/ijerph18137082

犬の飼育は子供の発達を促す

 子供たちを「犬を飼ったことがある」群と「飼ったことがない」群とに大別した場合、前者においては「微細運動スキル」を除くすべての領域で発達遅延のリスク低下が確認されました。

発達促進のメカニズム

 過去に行われた調査でも、6ヶ月齢時点における犬の飼育歴が1歳時点における発達度とポジティブに関連していると報告されています出典資料:Minatoya, 2019)。ペットを飼育することによって子供の発達が促されるメカニズムとしては、「ペットに対する愛着が社会認知能力や社会的情動の発達を改善する」「ポジティブな態度や親和的な交流が福祉を向上させる」「感情を制御する機会が与えられる」など様々な仮説が提唱されています。

運動スキルの発達

 最も大きなリスク低減が確認された「粗大運動スキル」(姿勢の保持や移動など全身の筋肉とバランス感覚を動員するタイプの運動能力)は、2歳頃における活動がとりわけ発達に重要であると考えられています。飼育歴を細分した場合、「過去だけ」と「常に」の群でおいてのみ統計的に有意なリスク低減が確認された事実からも、期間限定の感受期のようなものがある可能性がうかがえます。
 逆に「微細運動スキル」(手や指を使った細かくて緻密なタイプの動作)は6歳から12歳というかなり遅い段階でも発達すると考えられている分野です。若齢時における犬の飼育によって唯一リスク低減が確認されなかった理由もここにあるのかもしれません。

問題解決能力の発達

 「問題解決能力」を概念として含む認知能力に関しては、ペットへの愛着が社会的な交流やコミュニケーションを促進し、社会認知能力の発達にポジティブな影響を及ぼすとか、ストレスレベルを低減して認知的実行機能を改善するといった報告があります。
 「過去だけ」飼育群においてのみリスク低減が確認された理由としては、ペットとの愛着を築く重要な時期が生後6ヶ月齢から1.5歳というかなり早い段階に出現するからではないかと想定されています。

人格社会的スキルの発達

 人格社会的領域のリスク低減は「常に」飼育群でのみ確認されました。犬との長期的な生活の中で日常的にポジティブに交流することが子供の自信を高め、社会の中で自分が拒絶されることへの恐怖を低減してくれる可能性や、ペットがもたらす社会的バッファー機能によりストレス反応が軽減される可能性が考えられます。

世話をする人の影響も

 子供の世話をする人間を通した間接的な影響も否定できません。例えば犬の飼育を除いた場合の外部環境の違いに関し、犬を飼ったことがある家庭では以下のような特徴が確認されました。
犬の飼育歴あり世帯の特徴
  • 出産時の母親の年齢が若い
  • 初産率が高い
  • 妊娠中の喫煙率が高い
  • 父母の教育レベルが低い
  • 妊娠中の家計収入が低い
  • 3歳時点の家庭収入が低い
  • 3歳時点の父母の喫煙率が高い
  • タバコ煙への曝露率が高い
  • 託児所・保育所利用率が高い
 さらに動物介在療法が小児がんを患う子供だけでなく、治療に携わる親や家族にも益をもたらすとの知見もあります。犬の存在によって世話をする側のメンタル面がプラスの効果を受け、子供の飼育スタイルに間接的に反映されたというメカニズムが十分に想定されます。
東京都に暮らす思春期の児童を対象とした長期的な前向き調査「東京ティーンコホート」では、犬の飼育が健康状態の悪化防止になっていることが示されています。 犬の飼育は思春期の精神健康状態を改善する?