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去勢・避妊手術は犬の寿命を伸ばすか?

 犬に対して不妊手術(オスの去勢とメスの避妊)を施すと寿命が伸びるという話は書籍やネットなどでよく見かけます。ではこうした風説に科学的根拠はあるのでしょうか?最新のデータとともに検証してみましょう。

犬の不妊手術と寿命の関係

 2019年、アメリカ・ワシントン大学病理学部が犬に対する不妊手術に関する包括的なレビューを行いました。当ページでは手術と寿命の関連性について検証した過去の調査報告(エビデンス)をご紹介します。なお出典論文はオープンアクセスです。 Desexing Dogs: A Review of the Current Literature
Silvan R. Urfer, Matt Kaeberlein, Animals 2019, 9(12), 1086; DOI:10.3390/ani9121086
ざっくりまとめると
  • 大規模な統計調査はアメリカやイギリスに集中している
  • 不妊手術は多くの場合「性腺切除術」(オス犬であれば精巣切除、メス犬であれば卵巣切除)を指す
  • 不妊手術を受けたときの年齢を考慮に入れていないものが多く、性ホルモンが生体に対して影響を及ぼしていた期間が不明
  • 多くの調査に共通しているのは、性腺切除術を受けたメス犬が受けていないメス犬よりも寿命が長いという点
  • オス犬に関しては結果がまちまちで、寿命に格差が見られる場合でもわずか
  • 平均寿命と健康寿命は同じ意味ではなく、長生きしたからと言って犬が健康(=苦痛がない)とは限らない
  • 日本に比べて安楽死の割合が高い
 イギリスやアメリカに比べ、日本では小型犬の飼育比率が非常に高いという特徴があります。不妊手術と寿命の統計調査は主に英米で行われていますので、犬種の構成比が大きく違う状態のままで、結果をすぐに一般化できるというわけではありません
 また欧米と日本とでは安楽死に対する心理的な障壁に大きな違いが見られます。例えば以下はペット動物の安楽死に関する各質問に対して「はい」と答えた人の割合です。1988年とやや古いものですが参考にはなるでしょう。 イギリスと日本における犬の「安楽死」に対する意識の違い
  • Q1=動物の安楽死を肯定しますか?
  • Q2=飼主の希望で健康な動物でも安楽死させますか?
  • Q3=助かる見込みがほとんどない重症の動物が苦しんでいる場合、飼主の承諾なしでも安楽死させますか?
  • Q4=飼主が望めば助かる見込みがあっても重症の動物を安楽死させますか?
 欧米においては問題行動を原因とした動物病院における犬の安楽死が平均寿命に大きな影響を及ぼしています。こうした意識の違いもまた、海外におけるデータをそっくりそのまま日本に輸入できない一因です。 3歳未満の犬で多い死因は交通事故と問題行動に起因する安楽死

犬の不妊手術と寿命・エビデンス集

 以下は犬の不妊手術と寿命の関連性に関するエビデンス(科学的証拠)です。出典へのリンクもありますので参考にして下さい。

アメリカ(1982)

 1962年から1976年の期間、ニューイングランドにある個人クリニックでネクロプシー(死後解剖)を受けた2,002頭(56犬種+雑種)を対象とした調査では、オス犬でもメス犬でも性腺切除術を受けた方が寿命が長いものの、統計的に有意とまでは言えなかったとの結論に至っています。2歳未満で死んだ犬を除外したときの平均寿命は以下です。
  • 未手術のメス→7.7歳
  • 手術済みのメス→8.8歳
  • 未手術のオス→8.0歳
  • 手術済みのオス→9.9歳
 ちなみに当調査では体の大きさと寿命との関連性は見いだせなかったとしています。別の調査ではほとんどすべてで確認されている項目ですので、そもそも統計データとして信頼できるかどうかは疑問の余地が残ります。
Variation in age at death of dogs of different sexes and breeds
Bronson, R.T., Am. J. Vet. Res. 1982, 43, 2057-2059

イギリス(1999)

 イギリスにおいて3,121頭の死亡した犬の飼い主にアンケート調査を行ったところ、「純血種よりも雑種」「大型犬よりも小型犬」「オスや未手術のメスよりも手術済みのメスの方が長生き」との結論に至っています。以下は、交通事故や安楽死などすべてを含めた時の全死因死亡時の平均年齢です。
  • 未手術メス→10歳10ヶ月
  • 手術済メス→12歳
  • 未手術オス→10歳11ヶ月
  • 手術済オス→10歳8ヶ月
 ところが、交通事故や安楽死を除いた自然死(老衰)に限定して計算し直すと、未手術のメスがやや長生きするという違った結果になっています。
  • 未手術メス→13歳3ヶ月
  • 手術済メス→12歳11ヶ月
  • 未手術オス→12歳2ヶ月
  • 手術済オス→11歳11ヶ月
Longevity of British breeds of dog and its relationships with sex, size, cardiovascular variables and disease.
Michell, A.R. Vet. Rec. 1999, 145, 625-629

アメリカ(2013)

 1984年から2004年の期間、アメリカ国内にある教育病院で死亡が確認された70,574頭(1歳以上・185犬種)の犬を対象とした大規模調査では、さまざまな手法を含む不妊手術(※性腺切除に限定しないという意味)が、オス犬においては13.8%、メス犬においては26.3%も平均寿命を伸ばすとの結論に至っています。オスとメスをひっくるめたときの死亡時の平均年齢では、未手術犬が7.9歳、手術済み犬が9.4歳となりました。 犬の性別・不妊手術と生存率の関係グラフ  不妊手術によってリスクが低下した項目は感染症、外傷、血管系疾患、変性疾患。逆にリスクが高まった項目は悪性腫瘍(がん)、免疫介在性疾患でした。不妊手術とがんに関しては、性的な成熟期を迎える前のタイミングで性腺を取り除くとエストロゲンのシグナリングが減少して悪性腫瘍の発生につながっているのではないかと推測されています。ただしメス犬における乳がんなど、不妊手術が高い確率で発症を予防するケースもありますので、全体的な解釈は容易ではありません。
 一方、感染症に関してはマウスや人間を対象とした調査から、未手術犬の体内に高濃度で循環するエストロゲンとテストステロンが免疫機構に対して抑制的に働いた結果、リスクが高まるのではないかと推測されています。その他、性ホルモンの影響で犬同士の対立が増え、怪我などを通じて病原体をもらいやすくなるなどの可能性も指摘されています。
Reproductive capability is associated with lifespan and cause of death in companion dogs.
Hoffman, J.M.; Creevy, K.E.; Promislow, D.E. PLoS ONE 2013, 8, e61082

アメリカ&イギリス(2018)

 1984年から2004年の期間、アメリカの医療データベースVMDBに蓄積された80,958症例のうち、疾患とは無関係な理由で安楽死となった犬を除いた70,148頭を対象とした寿命調査が行われました。
 その結果、未手術の犬に限定するとメス犬よりもオス犬の方が統計的に長生きで、この傾向は25犬種中20犬種で確認されたといいます。逆に手術済みの犬に限定するとオス犬よりもメス犬の方が統計的に長生きで、この傾向は25犬種中21犬種で確認されたとも。すべてひっくるめると、最も長生きだったのは手術済みのメス犬でした。なおVMDBのデータは二次診療施設以上に偏っており、犬たちは「年齢層」という大まかな分類しかされていないという特徴を有しています。
 同じ調査チームは比較検証のため、VetCompassというイギリスの医療データベースを参照し、2009年から2011年の期間に英国内にある複数の一次診療施設で死亡が確認された5,095頭の犬うち、疾患とは無関係な理由で安楽死となった犬を除いた4,828頭を対象とした同様の寿命調査を行いました。
 その結果、未手術の犬に限定するとメス犬よりもオス犬の方が長生きで、この傾向は13犬種中6犬種で確認されたといいます。逆に手術済みの犬に限定するとオス犬よりもメス犬の方が長生きで、この傾向は13犬種中8犬種で確認されたとも。すべてひっくるめると、最も長生きなのは手術済みのメス犬と判定されました。VetCompassデータはすべて一次診療施設のもので、病院内で死亡した症例の他、病院外での死亡例も含まれているという特徴を有しています。
 VMDB(米国)とVetCompass(英国)のデータは集収期間、地域、診療施設という点において大きく異なりますが、生まれ持った性別よりも、生後に施される不妊手術の方が生存率に対してより大きな影響を及ぼしているという傾向がアメリカとイギリスの両国で確認されました。具体的には、未手術の場合はオス>メス、手術済みの場合はメス>オス、トータルで最も長生きなのは手術済みのメス犬という傾向です。
Do Female Dogs Age Differently Than Male Dogs?
Hoffman, J.M.; O’Neill, D.G.; Creevy, K.E.; Austad, S.N. J. Gerontol. Ser. A 2018, 73, 150-156

アメリカ(2018)

 1989年から2016年の期間、アメリカ国内にある教育病院(VMTH)でネクロプシー(死後解剖)が行われた652頭のゴールデンレトリバーを対象とし、悪性腫瘍(がん)と不妊手術との関連性が検証されました。
 がんが原因で死亡した個体424頭(65.0%)だけに限った場合、オス犬においては手術の有無で数値が変わらなかったものの、メス犬においては手術済み(66.5%)の方が未手術(41.4%)よりも発症率が高かったといいます。また特殊な条件を排除して死亡時の年齢中央値を見ると、手術を受けたメス犬(9.51歳)は未手術のメス犬(5.89歳)よりも統計的に長生きだったものの、オス犬で同様の傾向は見られなかったとも。
 がんに関連した死亡リスクに関し、関連性が確認されたのは不妊手術の有無ではなく年齢の方で、1歳増えるごとにオッズ比が23%増えるというものでした。
Association of cancer-related mortality, age and gonadectomy in golden retriever dogs at a veterinary academic center (1989-2016)
Kent, M.S.; Burton, J.H.; Dank, G.; Bannasch, D.L.; Rebhun, R.B. PLoS ONE 2018, 13, e0192578

アメリカ(2019)

 2010年から2012年の期間、全米787ヶ所にあるBanfieldクリニックを最低2回受診した3ヶ月齢以上の犬2,504,518頭を対象とし、一体何が平均寿命に影響を及ぼしているのかが検証されました。
 その結果、純血種(14.14歳)よりも雑種(14.45歳)の方が長生きで、この傾向は体が大きいほど顕著だったといいます。また性別に関わらず未手術の方がフォローアップ期間中に死亡するハザードが高かったとも(未手術オス1.059/未手術メス1.468)。2歳以上の個体に限ると、歯に対する超音波スケーリングの回数が多いほどハザードが減少する(0.82)という傾向が見られました。
 未手術の犬に比べ、手術(性腺切除)済みの犬の方が生存率および推定寿命の両方において数値が高いことが確認されました。以下は各ステータスにおける推定寿命(中央値)です。
性腺切除や性別と生存確率
性腺切除術と残存確率の関係グラフ
  • 未手術メス=13.77歳
  • 手術済みメス=14.35歳
  • 未手術オス=14.09歳
  • 手術済みオス=14.15歳
Risk Factors Associated with Lifespan in Pet Dogs Evaluated in Primary Care Veterinary Hospitals.
Urfer, S.R.; Wang, M.; Yang, M.; Lund, E.M.; Lefebvre, S.L. J. Am. Anim. Hosp. Assoc. 2019, 55, 130-137
犬は300を超える種類があり、体の大きさもバラバラです。また国が違えば繁殖に使われた血統も大きく違ってきます。こうした特性が、不妊手術と寿命の関係性を一般化して語る時の障壁になっています。犬の去勢・避妊手術