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犬の犬歯切断

 犬の犬歯切断とは、上下2本ずつ、計4本ある牙(きば)の先端を切り取りることです。万が一人や他の動物に噛み付いても、怪我の程度を軽くする、ということを目的としています。

犬歯切断の目的

 犬の犬歯を切断することの最大の目的は、虫歯や歯周病、歯が折れてしまったなどの医学的な理由を除くと、万が一犬が人間や他の動物に噛み付いても、怪我の程度を軽くすることがメインとなります。

犬歯切断の理由

 犬歯切断を受けるのは、おおむね以下のような犬です。何らかの理由で人を始めとする動物にかみついてしまう危険性の高い犬が、犬歯切断の対象となります。
犬歯を切断される犬のパターン
  • どんなにしつけをしても噛み癖が直らない犬
  • 飼い主が噛み癖のしつけを投げ出してしまった犬
  • 老犬で認知症が進み、人に噛み付くようになった犬
  • 遺伝的な「激怒症候群」(※)により、突発的に人をかんでしまう犬
 最期に挙げた「激怒症候群」(rage syndrome)とは、何の前触れもなく突如として攻撃的になり、周囲にある人や動物、時にはものに対して噛み付いたりする病気のことです。攻撃を誘発するきっかけは明確ではなく、数分間の攻撃行動の後、まるで何事もなかったかのように穏やかになり、再び元の性格に戻ります。
 病因は狂犬病や子犬のころの生育環境とはまったく無関係で、一般的には脳の器質的な疾患(ある種のてんかん)が原因と考えられています。したがって、しつけや行動トレーニングを受け付けません。
 激怒症候群を発症しやすい犬種としてはイングッシュ・コッカースパニエルが有名ですが、他の犬種でも少数ながら症例が報告されています。イングッシュ・コッカースパニエルにおけるこの病気の発症時期に関して研究を行い、また「Rage Syndrome」という病名の名付け親でもあるロジャー・A・マグフォード医師によると、早ければ生後3ヶ月、遅ければ2歳くらいの時期に起こるとされ、また6週齢、12週齢、24週齢、6ヶ月、1歳、2歳という特定の時期に発症しやすいとされています。
 治療法としては抗てんかん薬、犬歯切断や抜歯、そして攻撃性が著しい場合は、最終手段としての安楽死などが挙げられます。 Rage Syndrome

犬の咬傷事故について

 噛み癖の悪い犬が人や動物を噛み、いわゆる咬傷事故(こうしょうじこ)を起こしてしまうと、いろいろな厄介事が発生します。以下は代表的な例です。
咬傷事故に伴うトラブル
  • 咬傷事故と怪我 犬歯とはそもそも獲物の首やのどに食らい付いてとどめをさすための、犬がもつ最大の武器です。先端のとがったこの犬歯でかみつかれると、たとえ噛んだのが小型犬だとしても、血が出るほどの怪我を負ってしまいます。
  • 咬傷事故と病気 人獣共通感染症と呼ばれ、動物にも人間にも感染する病気が数多くありますが、これは犬の唾液が傷口を通じて体内に入り込むことで発症します。日本においては狂犬病の発症者数が0に近いのでそれほど心配はありませんが、他には「パスツレラ症」・「カプノサイトファーガカニモルサス感染症」など油断ならない感染症が多々あります。
  • 咬傷事故と訴訟 飼い主本人が飼い犬にかまれた場合は、「泣き寝入り」や「やせ我慢」で終わらせることもできます。しかし、もし飼い犬が他人をかんでしまうと、犬ではなく飼い主に「傷害罪」が適用され、場合によっては訴訟に発展してしまうのです。法律上犬は「もの」ということになっていますので、「飼い犬が人をかんだ」≒「飼い主が鉛筆で人を刺した」とみなされ、「傷害罪」が適用されるのです。また、犬が他の犬を噛んでしまった場合、「財産権の侵害」という形で損害賠償を請求される可能性もあります。 犬の法律(Q34)
 このように犬の咬傷事故には、それに引き続く様々な厄介ごとがあり、飼い主の頭を悩ませます。そして悩むことに疲れた飼い主が、最後の手段(人によっては”手っ取り早い手段”)として頼るのが「犬歯切断」なのです。平たく言うと、万が一飼い犬が人に噛み付いたとしても、血が出るほどの怪我さえ負わせなければ、上記した様々な厄介ごとの発生を予防できる、というのが、犬歯切断の主たる目的です。
 ちなみに環境省が発表している「咬傷事故件数」の統計資料内、直近2009年(平成21年)のデータを見ると、以下のような数字を確認することができます(→出典)。
2009年度・咬傷事故件数
  • 咬傷事故件数⇒ 8,061件
  • 咬傷犬数⇒ 8,081頭
  • 飼い主判明犬⇒ 6,376頭
  • 飼い主不明犬(迷い犬)⇒ 710頭
  • 野良犬⇒ 691頭
 噛まれた人の内訳は、飼い主241人に対し、他人8,088人です。すなわち、飼っている犬が赤の他人を噛んでしったという状況が圧倒的に多いという現状が浮き彫りになっています。統計は明るみに出た咬傷事故だけをカウントしたものですが、報告されていない潜在的な咬傷事故件数まで考慮に入れると、上記した数値よりもさらに大きくなることが考えられます。
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犬歯切断の方法

 犬歯切断(disarming)の方法は、おおむね以下のような流れです。かつては「犬歯抜歯」(defanging)という歯を根こそぎ抜いてしまう方法もありましたが、費用面、および犬のあごが弱ってしまうという健康面に対する配慮から、最近ではほとんど行われなくなりました。現在は犬の体に対する負担が少ない「犬歯切断」が主流で、歯に通っている神経や血管である「歯髄」(しずい)の上部を切り取ることから生活歯髄切断術(せいかつしずいせつだんじゅつ)とも呼ばれます。切断は上2本、下2本の合計4本の犬歯に対して行われます。
犬歯切断手術の手順
  • 犬歯を隣接する切歯の高さに切断
  • 切断面の中心に3~5mmほどの深さの穴(窩洞)をあける
  • 歯の中心にある歯髄からの出血を止める
  • 穴を充填材(コンポジットレジン)でふさぐ
  • 切断・充填部の研磨
犬歯切断は、上2本、下2本の合計4本の犬歯に対して行われます。  犬歯切断により、先端の鋭利な部分のみが切り取られるため、たとえ犬が噛みついたとしても、少なくとも皮膚を貫通するような大怪我にはなりません。ちなみに料金は地域や動物病院によって変動しますので、一概には明記できません。また、設備や動物愛護の観点から、犬歯切断手術自体を受け入れていない動物病院もあります。
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犬歯切断のデメリット

 犬歯切断の最大のメリットは、咬傷事故の予防です。また、「噛みつかれて大怪我をするかもしれない!」という潜在的な恐怖心がなくなったことにより、飼い主が今までより強い態度で犬と向き合うことができるかもしれません。結果として適切なしつけが行われるようになり、犬の噛み癖が矯正される可能性もあります。一方、犬歯切断によるデメリットもあります。以下は一例です。
犬歯切断のデメリット
  • 咬傷事故の可能性が減り、飼い主が安心してしつけを怠る
  • 犬がなぜかもうとするのか、という根本原因が放置される
  • 原因が放置されるので、犬が以前のように噛み付こうとする
  • 噛み付かれるのがいやなので、犬を放置する
 このように、犬歯切断によって咬傷事故の危険性が低減したものの、犬の側の根本的な問題が解決しないということもあります。近年では、犬を愛玩動物、すなわち癒しを与えてくれるペットとして飼育する人が増えています。 犬歯切断によって事故の問題を解決しても、犬の中にある「なぜかみつこうとするのか?」という根本問題を解決しなければ、犬にとっても、そして犬に対して癒しを求めている人間にとっても苦痛とストレスしか残りません。これが犬歯切断に伴う最大のデメリットともいえます。 犬の噛み癖をしつけ直す
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犬歯切断に対する各国の対応

 犬歯切断手術に対しては、各国が様々な対応を見せています。近年の犬は人間と共生し、ドッグフードをはじめとする出来合いの食餌がメインディッシュです。野生環境の中で獲物を捕らえながら生きていくわけではないので、そもそも「犬歯」などという道具はそれほど必要ではない、と考える人もいます。しかし一方、そもそも備わっている犬の身体の一部を人間の都合で切り取ってしまうわけですから、「動物愛護精神に反する!」という考えをもつ人も多数存在します。以下はヨーロッパ、アメリカ、日本における「犬歯切断」に対する対応です。

ヨーロッパにおける犬歯切断

 ヨーロッパにおいては、「ペット動物の保護に関する欧州協定」(The European Convention for the Protection of Pet Animals)によって犬歯抜歯の廃絶が推奨されています。以下は同協定・第10項からの抜粋です(→出典)。
ペット動物の保護に関する欧州協定・第10項
 単にペットの外見を変えるだけで治療的な目的をもたないような外科手術は禁止されるべきである。特に
  • 断尾
  • 断耳
  • 声帯切除
  • 猫爪の切除・牙の抜歯
 これらの禁止事項に例外があるとすれば、医学的な理由や、当該ペット動物の利益を考慮し、獣医が手術を必要と認めたとき、および繁殖制限するときのみに限る。動物が多大なる苦痛を味わうような手術を行う際は、獣医本人、もしくは獣医立会いの下、麻酔をかけて行うこと。麻酔が必要とされない手術は、国家資格を有する者のみが行うこと。
 規定内では犬歯切断を意味する「disarming」ではなく犬歯抜歯を意味する「defanging」が用いられています。また協定に強制力はなく、犬歯切断を禁止するかどうかは、最終的には署名国の裁量にゆだねられています。

アメリカにおける犬歯切断

 アメリカでは「全米獣医師協会」(American Veterinary Medical Association)が、犬の抜歯、および犬歯切断に対して反対の姿勢を明言しています。以下はAVMAによる正式な声明文です(→出典)。
犬の抜歯、切断について(AVMA)
 全米獣医師会は、霊長類や肉食動物の健康な犬歯を、医療目的以外で削ったり抜いたりすることに異議を唱えます。残った歯を用いて咬傷事故を起こす危険は依然として残っていますし、問題の根本的な原因が放置されたままになってしまいます。また口腔内を病的な状態に悪化させる可能性もあります。怪我を最小限に抑えるための代替案は、行動の評価と矯正、環境エンリッチメント、グループ構成の最適化、飼育環境やハンドリングの改善などです。
 全米獣医師会が明確に反対の姿勢を示してはいますが、犬歯切断術を実際に行うかどうかは、最終的には獣医師の判断にかかっており、また犬歯切断を禁止する法律や州法も、今のところ存在していないようです。

日本における犬歯切断

 日本獣医師会の「小動物医療の指針・第11項」においては以下のように記されています(→出典)。
小動物医療の指針・第11項
 飼育者の都合等で行われる断尾・断耳等の美容整形、あるいは声帯除去術、爪除去術は動物愛護・福祉の観点から好ましいことではない。したがって、獣医師が飼育者から断尾・断耳等の実施を求められた場合には、動物愛護・福祉上の問題を含め、その適否について飼育者と十分に協議し、安易に行わないことが望ましい。しかし、最終的にそれを実施するか否かは、飼育者と動物の置かれた立場を十分に勘案して判断しなければならない。
となっており、「犬歯切断」に対する明言がありません。よって、手術を行うかどうかは最終的には担当獣医師と飼い主の判断にゆだねられています。また日本における動物関連法令である「動物の愛護及び管理に関する法律 」(通称:動物愛護法)の中にも、明示的に犬歯切断を禁止する条項は見当たりません。
 全米獣医師会は咬傷事故の予防、および犬の福祉を実現するための最善の手段は、適切な行動評価と矯正であると明言しています。これは、適切なしつけや行動矯正の努力を怠り、安易に犬の歯を削ろうとする飼い主が増えたことに対する戒めとも取れます。
 また、問題の根本的な原因が放置されたままになってしまうと指摘しています。これは、歯を削ることによって表面的な問題を解決したことにより、根本的な問題までもが解決されたような錯覚に陥ることに対する警告ともいえるでしょう。たとえるなら、「足の裏のいぼを切り取ったから、もう完全に治った!」と安心してしまう人が多いということです。いぼの根元にある「根っこ」まで取り除かなければ、いぼは必ず再発し、いつの日かまた飼い主の不安材料となります。
 犬歯切断という手段によって解決する問題は「咬傷事故」という表層部だけです。「犬がなぜ噛み付こうとするのか?」という根本原因を突き止めて解決することが、犬と飼い主双方の幸福と福祉につながることは、言うまでもありません。手術をする前に、最低限以下のような点は考慮しておきたいものです。
犬歯切断の前に考慮したい側面
  • 犬が噛み付こうとする根本原因は何か?
  • 犬はどんなときに噛み付こうとするか?
  • 犬のしつけ方法が我流で間違っていないか?
  • 犬のしつけに、今まで何時間かけたか?
  • 犬のしつけを数日や数週間で投げ出していないか?
  • 「時間がない」という理由でしつけを怠っていないか?
  • しつけを専門家に依頼できないか?
  • 「犬の歯を削る」前に、もっとできることはないか?
  • 費用を惜しんで専門家への依頼を断念していないか?
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