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犬は人間が発する匂いだけから感情を読み取れるかも

 犬は人間の汗が発する匂いだけからその時の感情を読み取れる可能性が示されました(2017.10.19/イタリア)。

詳細

 調査を行ったのは、イタリア・ナポリ大学生物学部のチーム。人間が発する「化学シグナル」(匂い物質)が犬の行動にどのような影響を及ぼすかを調べるため、特定の状況において人間が分泌した汗を用いた実験を行いました。
 匂いを提供したのはポルトガルにあるISPA大学の学生たち(平均21歳)。吸水性のパッドを脇の下に入れた状態で、恐怖を喚起するような映像と幸福を喚起するような映像を25分間ずつ視聴し、たっぷり汗をかいた後でパットが回収されました。
 実験に参加したのは40頭の犬たち(ラブラドールレトリバー31頭+ゴールデンレトリバー9頭 | オス17頭+メス23頭 | 平均43.7ヶ月齢)。大学にある3×4mの室内中央にコンテナを設置し、見知らぬ人間と飼い主が同時に室内にいる状況を設定しました。コンテナの内容物は「幸福時の汗」(Happiness)、「恐怖時の汗」(Fear)、「空っぽ」(Empty)の3種類です。犬たちをランダムで上記状況のどれかに割り振り、2分間のうちに見せるリアクションを「コンテナに対する行動」、「見知らぬ人に対する行動」、「飼い主に対する行動」、「ストレス関連行動」、「心拍数」という5つの観点で録画観察したところ、以下のような傾向が見られたと言います。
汗の匂いと犬の反応
  • コンテナに対する行動コンテナに近づく、静止してコンテナをじっと見つめる、コンテナに接触する、コンテナの匂いを嗅ぐ
    ✓頻度→格差なし
    ✓時間→格差なし
  • 見知らぬ人に対する行動見知らぬ人に近づく、静止して見知らぬ人をじっと見つめる、見知らぬ人に接触する、見知らぬ人の匂いを嗅ぐ
    ✓頻度→格差なし
    ✓時間→H>FおよびE
  • 飼い主に対する行動飼い主に近づく、静止して飼い主をじっと見つめる、飼い主に接触する、飼い主の匂いを嗅ぐ
    ✓頻度→EおよびF>H
    ✓時間→E>H
    ※時間でF>Hという傾向は見られたが統計的に有意ではなかった
  • ストレス関連行動唇を舐める、所在なさげに動き回る、頭を振る、体を掻く、あくびをする、吠える、きゃんきゃん鳴く、パンティングをする、耳を後方に引く、水を飲む
    ✓頻度→F>HおよびE
    ✓時間→F>HおよびE
  • 心拍数✓F>H
    ✓F>E
    ※H>Eという傾向は見られたが統計的に有意ではなかった
 コンテナの内容によって犬のリアクションが明確に変わることが明らかになりました。また犬のリアクションだけからコンテナの内容物を予見する確率はほぼ100%に近かったとも。こうした結果から調査チームは、視覚的シグナルや聴覚的シグナルのみならず、犬は人間から嗅覚的シグナルを受け取って行動を変容させることができるという可能性を示しました。
Interspecies transmission of emotional information via chemosignals: from humans to dogs (Canis lupus familiaris)
Biagio D'Aniello, Gun Refik Semin, et al., Animal Cognition(2017), DOI 10.1007/s10071-017-1139-x

解説

 犬と人間の間の意思疎通に関してはこれまでも数多くの調査が行われてきました。例えば視覚的シグナルに関しては「人間の笑ってる顔とニュートラルな顔を見分けることができる」(Nagasawa et al. 2011)、「飼い主の悲しげな顔と喜んだ顔を見分けることができる」(Morisaki et al. 2009)、「ニュートラルな顔と感情を抱いた顔を見分けることができる」(Deputte and Doll 2011)といった報告があります。また聴覚的シグナルに関しては「怒りに満ちた声と喜びに満ちた声を聞いたとき、それに対応した人間の表情を長く見つめる傾向が見られる」(Albuquerque et al. 2016)、「厳しい口調よりも優しい口調で指示を出した方が従いやすい」(Fukuzawa et al. 2005)といった報告があります。その一方、「犬は嗅覚の動物」と言われてるにもかかわらず、人間が発する嗅覚的なシグナルに対し、犬がどのような反応を見せるかに関しては驚くほど少数の調査しか行われていませんでした。今回行われた調査はそうした数少ない調査の1つということになります。 犬は人間から発せられる揮発性物質だけから感情を読み取ることができるかも  「幸福時の匂い」を嗅いだ時、「恐怖時の匂い」や「空っぽ」に比べて「見知らぬ人間に対する行動時間」が増えました。相手が攻撃的ではないことを直感的に理解して気持ちが大きくなり積極的な行動に出たのかもしれません。
 「恐怖時の匂い」を嗅いだ時、「幸福時の匂い」に比べて「飼い主に対する行動頻度」が増えました。これは不安を喚起する状況において自分の母親を頼ろうとする幼児と同じ行動です。人間の乳幼児で想定されている「愛着理論」が犬にも当てはまるのだとすると、飼い主のこと「安全基地」(secure base)と思っている証拠ということになります。
 ストレス関連行動は頻度にしても時間にしても「恐怖時の匂い」を嗅いだ時に増えました。人間が恐怖を抱いている時、具体的にどのような化学物質が体から発せられるのかは不明ですが、どうやら犬の鼻にははっきりとわかるようです。心拍数の増加も恐怖の匂いを嗅いだ時に増える傾向が確認されていますので、人間の恐怖心が以心伝心で犬にも伝わったのかもしれません。 鳴いている飼い主を慰める犬の逸話は世界中で報告されている  今回の調査では、飼い主が抱いているネガティブな感情が目に見えない揮発性化学物質を通して犬にまで伝わっている可能性が示されました。「飼い主が悲しんでいると犬が慰めに来た」という話は世界中で報告されている逸話ですが、視覚的情報や聴覚的な情報のみならず、嗅覚的な情報もまたこうした行動の引金になっているかもしれません。
 家の中で夫婦喧嘩をしていると子供の精神衛生上よくないと言います(→出典)。同様に、飼い主から発せられる負のオーラが知らず知らずのうちに犬にストレスを与えているという可能性は大いにあるでしょう。こうした知見は犬の福祉を向上させる上でのヒントになるのではないでしょうか。 犬には以心伝心がある? 犬には同情心がある?