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犬の腰仙椎狭窄症を引き起こす原因遺伝子候補が判明

 ラブラドールレトリバーを対象とした遺伝子調査により腰仙椎狭窄症の発症に関わっている遺伝子候補が明らかになりました(2017.11.7/アメリカ)。

詳細

 脊柱狭窄症とは、背骨の中で脊髄を収めている脊柱管と呼ばれる空間が何らかの理由によって狭まり、神経が圧迫を受けて痛みや運動障害が引き起こされる病気。犬では腰仙部に多く、ラブラドールレトリバージャーマンシェパードといった大型犬に好発するとされています。 ラブラドールレトリバー  今回の調査を行ったのは、アメリカ・ウエストバージニア大学のチーム。テキサス州サンアントニオにある「Lackland Air Force Base」にに軍用犬として登録されているラブラドールレトリバーを対象とし、「WES」(Whole exome sequencing)と呼ばれる技術を用いて腰仙椎狭窄症の発症に関わっている遺伝子を精査しました。調査に参加したのは40頭の犬たち。オス犬20頭、平均体重28.48kg、平均年齢2.83歳、被毛色は黒24+イェロー15+チョコ1頭という内訳です。
 全頭に対してCTスキャン撮影を行い、診断ポイントとなる腰仙部の8ヶ所を専門医がチェックすることで、「ポジティブ」(8ヶ所中最低1ヶ所で狭窄症の所見が見られる)と「ネガティブ」(8ヶ所中どこにも狭窄症の所見が見られない)とに振り分けていきました。さらに両グループの中から典型例と思われる個体を4頭ずつ選別し、DNAサンプルを採取して遺伝子調査を行ったところ、33の遺伝子内に82の変異部位が認められたと言います。さらにこの変異の中から最も怪しいと思われるものを絞り込んで行ったところ、最終的に「TTR」(Transthyretin)、「FOLR2」(Folate Receptor 2)、「USP9X」(Ubiquitin Specific Peptidase 9 X-linked)という3つの遺伝子が残りました。
 こうした結果から調査チームは、ラブラドールレトリバーにおける腰仙椎狭窄症の発症には「TTR」、「FOLR2」、「USP9X」遺伝子が何らかの形で関わっている可能性が高いとの結論に至りました。ただし変異が生成タンパクに対して有しているインパクトが「ほとんど関係ない(low)~あっても軽い(moderate)」というものであるため、確証を得るにはさらなる調査が必要だとしています。
Lumbosacral stenosis in Labrador retriever military working dogs- an exomic exploratory study
Mukherjee et al. Canine Genetics and Epidemiology (2017) 4:12, DOI 10.1186/s40575-017-0052-6

解説

 今回の調査で指摘された「TTR」はトランスサイレチンと呼ばれるアミロイドタンパクの一種を生成する遺伝子です。 2011年に日本で行われた調査では、老年性全身性アミロイドーシス(SSA)と脊柱間狭窄症との関連性が指摘されています。この調査では狭窄症を発症した36名のうち19名でアミロイドタンパクの蓄積が観察され、さらにこのうち16名はトランスサイレチン由来アミロイドーシス(ATTR)だったとのこと。またスウェーデンでも似たような調査が行われ、脊柱間狭窄症26名のうち25名でATTRが確認されたとのこと。こうしたことから考えると「TTR」遺伝子の変異および遺伝子が生成するトランスサイレチンが何らかの形で腰仙椎狭窄症の発症に関わっている可能性は高いと考えられます。
 「USP9X」は性染色体の一種であるX染色体に含まれる遺伝子で、X染色体の不活性化の影響を受けずに発現するという特徴を有しています。今回の調査では、ネガティブと分類された4頭はすべてメス犬、逆にポジティブと分類された4頭はすべてオス犬という結果になりました。たまたまという可能性は否定できませんが、過去に行われた調査でもオス犬の方が狭窄症を発症しやすいという傾向が報告されていますので、X染色体と結びついた「USP9X」遺伝子が何らかの形で発症因子になっているのかもしれません。ただしタンパク質へのインパクトは「low」です。
 「FOLR2」は人間の骨関節炎患者の滑液に含まれるマクロファージで発見された遺伝子です。骨関節炎と腰仙椎狭窄症は別疾患であるため関連性は不明ですが、葉酸レセプターの発現に関わる「FOLR2」が炎症反応に影響を及ぼすのだとしたら、骨や関節に対する変形性疾患を全く別の場所で引き起こしたとしても不思議ではありません。詳細なメカニズムは全く不明のため、今後さらなる調査が必要でしょう。 2016年のCruftsドッグショーで最優秀賞に輝いたCruaghaire Catoriaの腰は異常に低い位置にある  犬の腰仙椎狭窄症は先天的な要因と後天的な要因の両方によって発症する病気です。スロベニア・リュブリャナ大学獣医学部がジャーマンシェパードを対象として行った調査のように、脊柱の奇形が要因となって発症するパターンがある一方、今回の調査のように骨格の奇形や経年劣化とは無関係に発症する特発性というパターンもあります。原因遺伝子が特定されて遺伝子検査ができるようになった暁には、保有個体が繁殖ラインから外されることによって犬全体における発症率が下がるかもしれません。ただし軍用犬や作業犬の場合、健康になればなるほど現役期間が延長し、ペット犬のような安穏な暮らしからは遠ざかってしまうという皮肉が待っていますが。 ジャーマンシェパードは腰仙椎狭窄症を発症しやすい