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避妊手術後のメス犬で見られる尿失禁の原因

 避妊手術後に見られるメス犬の尿失禁は、手術のタイミングと体重による複合作用によって引き起こされているという可能性が示されました(2017.3.16/アメリカ)。

詳細

 避妊手術後のメス犬で見られる尿失禁は「尿道括約筋機能性尿失禁」(Urethral sphincter mechanism incompetence, USMI)とも呼ばれ、おしっこの通り道を調整している尿道括約筋が機能不全に陥り、排尿を自律制御できなくなった状態のこと。基礎疾患がないにもかかわらず、歩いているだけでおしっこがちょろちょろ漏れてしまうといった症状として現れます。発症メカニズムに関しては不明な部分が多く、避妊手術に伴う何らかの変化が引き金になっているものと推測されています。具体的にはコラーゲンの密度、泌尿器周辺の脈管構造、エストロゲン受容器、卵胞刺激ホルモンや黄体形成ホルモンの血中濃度などです。
 今回の調査を行ったのは、アイダホ州にある獣医学大学が中心となったチーム。2009年1月から2012年12月の期間、アメリカ動物病院協会(AAHA)に認可されている病院に依頼をかけ、症状として尿失禁を示している避妊手術済のメス犬と、臨床上健康な避妊手術済のメス犬の医療データを集めました。その結果、アメリカ国内にある16の病院から尿失禁グループ163頭、健常グループ193頭のデータが得られたと言います。両グループの細かな情報を元に、尿失禁発症のリスクになっている要因を精査したところ、これまで疑われてきた「体重」や「避妊手術のタイミング」といった因子は、単独ではリスクになっていないことが明らかになったといいます。そのかわり「避妊手術のタイミング」と「成長時の体重」という2つの因子がある一定の条件になると、危険因子として顕在してきたとも。
 以下のグラフは、避妊手術のタイミングを1ヶ月遅らせた場合、ハザード(調査期間中のどこかで尿失禁が発生する瞬間率)がどの程度低下するのかを示したものです。数字が大きければ大きいほど、尿失禁の発症率が大幅に下がることを意味しています。犬の体重が重ければ重いほど、手術延期によって得られる恩恵が大きいことがお分かりいただけるでしょう。 メス犬に対する避妊手術のタイミングとハザード比の関係  また以下は、避妊手術のタイミングと体重、およびハザードの関係性を視覚化したものです。犬の成長時の体重が15kgまでは手術のタイミングによってハザードが変化しません(色が変わらない)。一方、体重が15kgを超えると、手術のタイミングが早ければ早いほど(下に行けば行くほど)、また体重が重ければ重いほど(右に行けば行くほど)、ハザードが高くなる(色が濃くなる)という関係性を見て取ることができます。 体重が重く避妊手術のタイミングが早いほど尿失禁のハザードは高まる  こうしたデータから調査チームは、これまでは慣習的に不適切な排泄を予防する目的で最初の発情期を迎える前の避妊手術が推奨されてきたが、この推奨項目はすべてのメス犬に当てはまるわけではないようだとの結論に至りました。特に成長した時の体重が25kg超になることが予想される中~大型犬に関しては、避妊手術を施すタイミングが尿失禁のリスクになりうるため、注意が必要だとアドバイスしています。
Urethral Sphincter Mechanism Incompetence in 163 Neutered Female Dogs: Diagnosis, Treatment, and Relationship of Weight and Age at Neuter to Development of Disease
Byron, J.K., Taylor, K.H., Phillips, G.S. and Stahl, M.S. (2017), J Vet Intern Med. doi:10.1111/jvim.14678

解説

 過去に行われた調査では、様々な項目がメス犬の尿失禁の危険因子として挙げられています。具体的には以下です。
尿失禁の危険因子
  • 断尾
  • 骨盤の中における泌尿生殖器の位置
  • 体重が20kg超
  • 犬種
  • 3ヶ月齢未満の避妊手術
  • 最初の発情期を迎えた後での避妊手術
 最後の2項目は明らかに矛盾しているようです。また566頭の犬を対象として行われた調査では、避妊手術を施すタイミングと尿失禁との関連性自体が認められませんでした。さらに既存の文献をメタ分析した別の調査でも、不妊手術のタイミングと尿失禁との関連性は確認されていません。今回の調査を行ったチームは、調査ごとに結論がバラバラになってしまう原因を「手術のタイミングを単独因子として考えていたからではないか」と推測しています。チームが明らかにした「手術のタイミングと成長時の体重という2つの項目を複合して初めて危険因子として浮上してきた」という事実が、この推測を裏付けています。
 尿失禁グループと健常グループのデータを比較したところ、体型に関してはBCS5で違いは見られなかったものの、体重に関しては健常グループ(17.7kg)よりも尿失禁グループ(25.3kg)の方が顕著に上回っていました。この事から、大型犬の方が尿失禁を発症しやすいという逸話には、ある程度の信憑性があるものと思われます。ちなみに過去の調査では、好発品種としてジャーマンシェパードロットワイラードーベルマンオールドイングリッシュシープドッグボクサーイングリッシュスプリンガースパニエルワイマラナーアイリッシュセッターといった犬種が挙げられています。小型犬が1つも含まれていないというのは興味深いところです。
 尿失禁を発症するのは、一般的に手術の直後ではなく、子宮卵巣切除術から2~4年経ってからの方が多いといいます。今回の調査でも、避妊手術を施してから尿失禁の兆候が見られるまでの時間は、中央値で1,363日(3.73年)だったそうです。飼っているメス犬が突如としておしっこを漏らしてしまったとき、一般的な飼い主はずいぶん前に行った避妊手術が原因とは考えず、問題行動とみなすケースの方が多いと推測されます。最初に尿失禁の兆候が見られてから実際に病院を受診するまでの時間が中央値で21日だったという事実は、飼い主が尿失禁を3週間ほど病気として認識していなかった可能性をうかがわせます。
 避妊手術によってリスクが高まるものは尿失禁だけではありません。逆に避妊手術をしないことによってリスクが高まるものもたくさんあります。体の大きさがばらばらなのですべての犬に共通するゴールドスタンダードを提案することは極めて困難ですが、中~大型犬のメスに対して避妊手術を行う場合は、「手術のタイミングが尿失禁のリスクになりうる」という知識が、考える時のたたき台になってくれるのではないでしょうか。 メス犬の避妊手術