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犬のアトピー性皮膚炎の発症リスクに関わる因子

 フィンランド国内で犬の飼い主を対象とした大規模な統計調査が行われ、アトピー性皮膚炎の発症リスクに影響を及ぼしていると思われるいくつかの因子が浮かび上がってきました(2017.6.12/フィンランド)。

詳細

 調査を行ったのは、フィンランド・ヘルシンキ大学のチーム。「DOGRISK」と呼ばれる調査票を国内に暮らす犬の飼い主に広く配布し、アトピー性皮膚炎を抱えていると思われる犬だけをピックアップして「飼い主の自己判断によるアトピー性皮膚炎」(1,585頭)と「獣医師による診断がついているアトピー性皮膚炎」(322頭)とに分けました。その後、発症リスクに影響を及ぼしている因子が何であるかを7,058頭の非アトピー犬を比較対象として統計的に検証したところ、以下のような項目が浮かび上がってきたといいます。数字は「オッズ比」(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
自己判断グループ
犬のアトピー性皮膚炎の発症リスクを上下動させる因子
  • 室内が極端に清潔=1.596
  • 被毛の半分以上が白=1.216
  • 他の犬と同居している=0.736
  • 家が木造の一戸建て=0.699
  • 家が非木造の一戸建て=0.672
  • 飼い主の家で生まれた=0.369
獣医師診断グループ
  • 他の犬と同居している=0.665
  • 飼い主の家で生まれた=0.408
 FCI(国際畜犬連盟)のシステムに則って犬種を分類した場合、グループ3の「テリア」と、グループ6の「セントハウンドとその関連種」が、ミックス犬よりも顕著に高い有病率を示し、逆にグループ5(スピッツと原始タイプの犬)と、グループ10(サイトハウンド)が顕著に低い有病率を示したといいます。
 こうした結果から調査チームは、アトピー性皮膚炎の発症には先天的な遺伝子と後天的な環境の両方が関わっているという可能性を明らかにしました。特に、飼い主よる自己診断グループと獣医師による診断グループの間で共通して見られた「他の犬と同居している」および「飼い主の家で生まれた」という項目は、発症リスクの低下に深く関わっていると推測されています。
Environmental and phenotype-related risk factors for owner-reported allergic/atopic skin symptoms and for canine atopic dermatitis verified by veterinarian in a Finnish dog population.
Anturaniemi J, Uusitalo L, Hielm-Bjorkman A (2017), PLoS ONE 12(6): e0178771, doi.org/10.1371/journal.pone.0178771

解説

 飼い主が素人の目で下した「アトピー性皮膚炎」という判断には、不正確性が含まれています。例えばノミやダニに刺されてガリガリ掻いている姿を見て「アトピーだ!」と早合点したり、内分泌系の疾患に起因する脱毛を皮膚炎と誤認してしまうなどです。こうした不正確性を度外視し、「飼い主の自己判断がまあまあ正しかった」と仮定すると、アトピーの発症リスクと各因子との間には以下のような仮説が成立すると考えられます。

好発品種

 過去に行われた調査では、以下のような犬種においてアトピー性皮膚炎の高い発症率が報告されています。
アトピー好発品種
 今回の調査でも、ゴールデンレトリバー(21位)とコッカースパニエル(27位)を除いて全ての犬種がTOP20(※飼い主の自己判断ベース)の中に含まれるという結果になりました。アンケート調査にはドッグショーに参加していた犬や何らかの疾患を抱えて動物病院を受診していた犬も含まれているため、犬の平均的な姿を反映しているとは言い切れない部分もあります。しかし時間と空間を隔てた調査間で繰り返し現れる犬種に関しては、好発品種と考えておいた方がよいのかもしれません。

同居犬の存在

 他の犬と同居していることが発症リスクの低下と関わっていました。この現象の背後に想定されているのは「衛生仮説」です。これは乳幼児期に多少汚れた環境に暮らしている方が逆説的にアレルギー疾患にかかりにくくなるという考え方のことで、人間や犬を対象とした調査で部分的に確認されています。例えば大家族の中で暮らしていると湿疹と花粉症の発症率が低くなるとか、1歳になるまでの間にデイ・ケアセンターを訪れたことがある子供はアレルギー性疾患にかかりにくくなるなどです。
 犬でも同じ現象が起こるのだとすると、同居している犬が外から運んでくる微生物や何らかの微粒子が良い意味での免疫負荷になり、結果としてアトピー性皮膚炎の発症率を下げているのではないかと推測されます。

生まれた場所

 飼い主の家で生まれたというステータスが発症リスクの低下と関わっていました。幼い頃から接していた環境内ではアレルギー反応が出にくくなると推測されていますが、詳しいメカニズムはよくわかっていません。母犬(もしくは父犬)が子犬に対する免疫負荷になっている可能性や、他の犬と同居することがストレスの軽減につながり、結果として発症を低下させている可能性なども考えられます。

家屋のスタイル

 木造であれ非木造であれ一戸建てに暮らしていることが発症リスクの低下と関わっていました。これには「一戸建て」という住宅スタイルそのものより、「一戸建てが多い郊外や田舎」という住環境の方が大きな影響力を持っている可能性があります。具体的には排気ガスと接する機会が少なく空気がきれい、外で過ごす時間が長い、自然が多く微生物と接する機会が多いなどです。
 人間を対象とした調査では、人口密度が高くなるにつれアトピーの発症率が高まるという報告があります。また犬を対象とした調査では、都市部に暮らしている犬のアトピー発症率は、その他(郊外や田舎)に暮らしている犬よりも57%高いと報告されています。

生活環境の清潔さ

 極端に清潔な家に暮らしていることが発症リスクの増加と関わっていました。「極端に清潔」という言葉の定義が曖昧で、なおかつ回答者の主観が大いに含まれていますので、具体的にどのような環境をイメージして良いのかは分かりません。しかしこの現象は、幼少期における免疫負荷が小さすぎてアレルギー性疾患を発症しやすくなる「衛生仮説」を追認するものとも考えられます。

被毛色

 被毛の半分以上が白いという外見が発症リスクの増加と関わっていました。過去に行われた様々な調査では、被毛色に関わっている遺伝子とアレルギー性疾患(炎症)との間に何らかの関係がある可能性が指摘されています。例えば以下のようなものです。
皮膚炎と被毛色をつなぐ遺伝子群
  • c-KIT遺伝子炎症細胞の一種である肥満細胞の発達に関わっていると同時に、白い斑点の発現に関与している。
  • MC1R遺伝子色素を作り出すメラニン細胞で発現する遺伝子の一種で、マウスを対象とした調査ではアトピー性皮膚炎の炎症を抑制することが確認されている。犬では白い秋田犬やイエローのラブラドール(ゴールデン)レトリバーが変異遺伝子を保有している。
  • cBD103遺伝子食作用を有する白血球や上皮細胞内で発現する遺伝子の一種で、とりわけ黒い皮膚内に多く見られ、変異遺伝子は黒色被毛を作り出す。アトピーを抱えた犬の皮膚内では発現の程度が低く、人のアトピー患者の皮膚内でも、この遺伝子の人バージョンである「hBD3」の発現レベルが低いとされている。
犬のアトピー性皮膚炎 犬のアトピー性皮膚炎の発症メカニズムがかなり解明される