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犬の不妊手術(去勢・避妊)と遺伝性疾患の発症リスク

 9万頭近い犬を対象とした大規模な統計調査により、不妊手術と遺伝性疾患の関係性が明らかになりました(2017.6.1/アメリカ)。

詳細

 調査を行ったのは、アメリカ・カリフォルニア大学の動物科学部チーム。1995年から2010年の期間、同大学デイヴィス校に蓄積されたトータル90,090頭の犬の医療データを基にして、不妊手術(オス犬の去勢+メス犬の避妊)と遺伝性疾患との関連性を精査しました。調査対象となった疾患名および犬全体における有病率は以下です。
不妊手術の割合
カリフォルニア大学デイヴィス校の犬医療データにおける犬の不妊手術の割合
  • 未手術のメス犬=9,133頭(10.1%)
  • 手術済のメス犬=36,574頭(40.6%)
  • 未手術のオス犬=12,555頭(13.9%)
  • 手術済のオス犬=31,828頭(35.3%)
犬の遺伝性疾患有病率
  • 大動脈狭窄=0.49%
  • 僧帽弁疾患=0.22%
  • 動脈管開存=0.51%
  • 門脈体静脈シャント=0.74%
  • 心室中隔欠損=0.17%
  • 若年性白内障=0.88%
  • 水晶体脱臼=0.44%
  • 肘異形成=1.51%
  • 股異形成=2.03%
  • 椎間板疾患=5.93%
  • 膝蓋骨脱臼=2.75%
  • 前十字靭帯断裂=1.46%
  • 血管肉腫=0.76%
  • 副腎皮質機能亢進症=1.39%
  • リンパ腫=1.90%
  • 肥満細胞腫=1.82%
  • 骨肉腫=0.89%
  • 拡張性心筋症=0.44%
  • 胃拡張捻転症候群=0.28%
  • てんかん=0.87%
 調査チームはさらにデータをオス犬とメス犬とに分け、不妊手術が病気の発症にどのような影響を及ぼしているのかを統計的に検証しました。その結果、ある種の疾患リスク低下に関わっている一方、ある種の疾患リスク上昇にも関わっているという二面性が確認されたと言います。具体的には以下です。数字は「オッズ比」(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示しています。例えば数字が「0.5」とある場合は発症リスクが半分、「2」とある場合は発症リスクが2倍という意味になります。
オス犬の去勢と遺伝性疾患
オス犬の去勢手術はある種の遺伝性疾患リスクを高め、ある種の疾患を低くする諸刃の剣
  • 動脈管開存=0.10
  • 心室中隔欠損=0.13
  • 大動脈狭窄=0.21
  • 僧帽弁疾患=0.43
  • 門脈体静脈シャント=0.45
  • 胃拡張捻転症候群=0.65
  • 拡張性心筋症=0.70
  • リンパ腫=1.20
  • 肥満細胞腫=1.25
  • てんかん=1.25
  • 血管肉腫=1.39
  • 骨肉腫=1.62
  • 副腎皮質機能亢進症=2.02
  • 前十字靭帯断裂=2.32
メス犬の避妊と遺伝性疾患
メス犬の避妊手術はある種の遺伝性疾患リスクを高め、ある種の疾患を低くする諸刃の剣
  • 動脈管開存=0.07
  • 心室中隔欠損=0.10
  • 大動脈狭窄=0.17
  • 門脈体静脈シャント=0.27
  • 僧帽弁疾患=0.35
  • 若年性白内障=0.42
  • てんかん=1.60
  • 椎間板疾患=1.70
  • リンパ腫=2.25
  • 骨肉腫=2.53
  • 肥満細胞腫=2.78
  • 前十字靭帯断裂=3.18
  • 血管肉腫=3.18
  • 副腎皮質機能亢進症=4.56
Correlation of neuter status and expression of heritable disorders
Janelle M. Belanger et al., Canine Genetics and Epidemiology 2017, DOI: 10.1186/s40575-017-0044-6

解説

 犬の疾患は多種多様ですので、遺伝性疾患のリスクという側面だけに注目して手術を行うべきかどうかの判断はできないでしょう。しかし手術を行う際の重要な資料になってくれる事は事実です。以下はデータの解釈に関する注意点です。
データ解釈上の制限と注意
  • 因果関係ではない 解析の基になったデータはすべて大学病院に蓄積されている過去のデータです。必然的に調査の性質は、すでにあるデータを回顧的にチェックしていく「後ろ向き調査」にならざるを得ません。その結果「不妊手術と遺伝性疾患に関連ある」とまでは言えますが、「不妊手術を施すと遺伝性疾患のリスクが高まる」とまでは断言できなくなってしまいます。後者のような因果関係を明確化するためには、大量のデータを収集しながら追跡的に行う「前向き調査」が今後必要です。
  • 犬種ごとの差異 データが示す数字は153犬種(AKC基準)を平均化したものです。ですから、ある特定の犬種には当てはまるものの、他の犬種には当てはまらないという現象が生じてしまいます。例えば関節疾患に関し、ノンスポーティンググループでは不妊手術がリスクを低下させているのに対し、テリアグループでは逆に高めているなどです。
  • 不妊手術の時期 手術済のメス犬36,574頭と手術済のオス犬31,828頭のうち、手術時期が判明していたのはわずか6,281頭だけでした。股異形成など手術のタイミングによって発症率に格差が生まれる疾患もありますので、「手術を行った時期」という変数を合わせて計算し直すと、リスクが微妙に変動するかもしれません。ちなみに今調査では、オスの手術時期が平均13.4ヶ月齢、メスのそれが13.1ヶ月齢でした。
 近年、ふるさと納税で多額の支援金を集めたにもかかわらず、保護していた犬たちに不妊手術を施していない動物保護団体が集中放火を浴びました。デイリー新潮の取材に対し団体のスポークスパーソンは以下のように回答しています(→出典)。
不妊・去勢手術にはメリットもあればデメリットもあって、メスは女性ホルモンの分泌が減って、筋肉や骨が弱ってしまう。オスはもともと“ビビリ”の子が多いのが、さらに臆病になってしまう。避妊は手術以外の方法でもできるし、私はそのほうが望ましいと考えています。健康な子にわざわざ手術を施す必要はないと思うんです。
 トータルで考えると、オスだろうとメスだろうと不妊手術はマイナスだと考えているようです。「筋肉や骨が弱ってしまう」とか「臆病になってしまう」といった発言が一体どの研究に基づいたものなのかは分かりませんが、犬の不妊手術に関する知見は日進月歩です。千頭を超える全ての保護犬を一緒くたにまとめて「不妊手術はすべきでない!」としてしまうのはどう考えても早計でしょう。論を支持するだけの科学的なエビデンス(医学的証拠)をもたず、単なるフィーリングとソロバン勘定だけで犬たちの命運が決められているのだとすると、愛犬家たちの怒りに火が付いてしまうのは当然というものです。 犬の不妊手術 犬の不妊手術(去勢・避妊)と免疫系疾患の発症リスク