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犬の免疫老化には胸腺の機能が関わっている

 小型犬よりも大型犬のほうが寿命が短いという現象には、胸の中央にある胸腺と呼ばれる小さな器官が関係しているかもしれません(2016.11.24/イギリス)。

詳細

 調査を行ったのは、イギリス王立獣医大学のチーム。犬種によって平均寿命が大きく異なるという現象に目をつけたチームは、その背景にあるのは胸腺退縮とそれに伴う免疫老化であると当たりをつけ、長命で知られる犬種と短命で知られる犬種、そしてその中間に位置する犬種を対象とした胸腺機能の比較調査を行いました。
胸腺
 胸腺(きょうせん, thymus)は胸の中央にある小さな器官。人体における役割は、骨髄から送り込まれてきたヘルパーT細胞を訓練し、免疫系統を統率する司令官へと育て上げること。厳しい訓練を経て合格したおよそ5%のヘルパーT細胞だけが、末梢血液中に送り込まれて異物の除去に当たるようになる。 人の体内における胸腺の位置  胸腺が退化して縮んでしまうと訓練所自体がなくなるため、自分自身の細胞を攻撃したり、ガン細胞を見逃したりする能力の劣ったヘルパーT細胞が増えてしまう。これが加齢に伴う免疫力低下(免疫老化)の一因と考えられている。
 具体的な調査対象犬は以下です。「長」は平均年齢13~14歳の長命犬種、「短」は平均年齢6~7歳の短命犬種、「中」は平均年齢11歳の中間犬種を意味しています。
胸腺機能の調査対象犬
 「リアルタイムqPCR」という技術を用いて犬の血液中に存在している「sj-TRECs」と呼ばれる胸腺機能のバイオマーカーを計測したところ、以下のような事実が明らかになりました。値が低いほど胸腺の機能が低下していることを意味しています。
sj-TRECsの変化・ラブのみ
  • 年齢が増すほど減少傾向が見られた
  • 最も大きな減少は1~5歳の間に起こった
  • 早ければ性的に成熟する前に減り始める
  • 遅くとも中年期に差し掛かる頃には減り始める
  • 5歳以降は値が安定化し、全盛期(1歳未満)の20%減の値を9歳頃までキープする
  • 9歳を過ぎてからは再び減少する
  • 一次診療グループと二次診療グループとの間に違いは見られなかった
sj-TRECsの変化・犬全体
  • 成熟直後~中年期において値が減少した
  • 年を取った犬の多くでは検知不能なレベルだった
  • すべての老齢犬で検知不能だった訳ではない
  • 同じ年齢層の犬間で大きな個体差が見られた
  • 性別による違いは見られなかった
  • 不妊手術による違いは見られなかった
  • 大型犬の方が早めに減少傾向を示し、2歳の時点で早くも検知不能なレベルの個体もいた
 こうした結果から調査チームは、大型犬の寿命が短いという現象の裏には、胸腺退縮とそれに伴う免疫老化があるかもしれないという可能性を突き止めました。
An Age-Associated Decline in Thymic Output Differs in Dog Breeds According to Their Longevity.
Holder A, Mella S, Palmer DB, Aspinall R, Catchpole B (2016) PLoS ONE 11(11): e0165968. doi:10.1371/journal.pone.0165968

解説

 古くから小型犬より大型犬の方が寿命が短いという現象は確認されていましたが、その理由についてはよくわかっていませんでした。
体重別・犬の平均寿命
犬は体高と体重が増えれば増えるほど寿命が短くなるという特殊な動物  今回の調査により、胸腺の早期退縮が免疫老化を引き起こし、大型犬の寿命を短くしているという可能性が浮き彫りになりました。つまり、胸腺で作り出される免疫系統の司令官「ヘルパーT細胞」の数や質が大型犬では不十分であるため、ウイルスや細菌といった病原体にしっかり対抗できなかったり、体内で発生したガン細胞をしっかり除去できないといった状況が生じやすくなると言うことです。
 胸腺退縮に影響を及ぼす因子はたくさんありますが、今回の調査で得られた知見を以下で簡単にご紹介します。
胸腺退縮の関連因子
  • 持病 すでに抱えている何らかの持病が胸腺の機能に影響を及ぼすという可能性があります。この可能性を排除するため、今回の調査では明白な持病を持たない一次診療の犬と、何らかの持病を抱えた二次診療の犬を対象とした比較調査を行ないました。その結果、両者の胸腺機能に明白な違いは見られなかったと言います。少なくとも犬においては、持病の有無が胸腺の機能に影響を及ぼすという事は少ないのかもしれません。
  • 年齢 人間の場合、胸腺は10代でピークを迎えた後、急激に萎縮して脂肪細胞と置き換わり、40代で半分、60代で4分の1 、80代では痕跡程度にまで退縮するとされています。
     犬の場合、1~6ヶ月齢で胸腺の重量が増した後、2歳になるまで徐々に小さくなることが確認されていました。犬にとって最初の6ヶ月は、人間にとっての思春期に相当するのかもしれません。今回の調査では新たに、小型犬よりも大型犬で早く胸腺退縮が始まるという事実が判明しました。これは体の大きさによって加齢の速度が異なるという現象を裏づけるものです。
  • 性別 人間を対象とした調査では、年齢に応じた胸腺機能の減少には性別が関わっていることが示唆されています。具体的には、男性よりも女性の方が比較的高い値を保っているというものです。またマウスを対象とした調査では、メスよりもオスの方が胸腺退縮のスピードが速いとされています。
     犬では性別による胸腺機能の大きな違いは確認されませんでした。しかしこれは調査したサンプル数が少なかったからかもしれません。今後さらなる追加調査が必要となるでしょう。
  • 不妊手術 去勢手術を受けたオスのマウスや人間の男性では胸腺の機能が改善することが報告されています。また女性においては、エストロゲンレベル(女性ホルモンの一種)の上昇が胸腺退縮を促進するとされています。
     犬を対象とした今回の調査では、不妊手術の有無と胸腺機能との間に明確な関連性は見いだせませんでした。一般的に不妊手術を受けた方が犬の寿命が延びるとされていますが、その背景に胸腺の機能が関わっているかどうかはよくわかっていません。
 胸腺退縮は決して病的な状態ではなく、人間を含む多くの哺乳類において遺伝子レベルでプログラミングされているありふれた現象です。当然、犬でも胸腺退縮は起こりますが、大きな特徴は犬種によって退縮のスタート時期が大きく異なるという点です。結果として、ヘルパーT細胞を介した免疫応答力に違いが生まれ、特定疾患へのかかりやすさや寿命というものに影響を及ぼしているものと推測されます。小型犬よりも大型犬の方が寿命が短いというミステリーの背後には、胸の中央にある小さな「胸腺」という器官が地味に関わっているのかもしれません。 犬の老化について