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イギリスは動物愛護の先進国?

 犬の都市伝説の一つである「イギリスは動物愛護の先進国」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 日本国内における殺処分問題を嘆くとき「動物愛護の先進国であるイギリスは…」という形で比較対象に用いられることがよくあります。こうした表現が生まれた背景には、イギリス国内で施行されている数多くの動物関連法規があるものと思われます。例えば以下はイギリス政府が公開している、動物の福祉向上と動物虐待の防止を目的とした法規の一覧です。ずいぶんたくさんあることが一目でお分かりいただけるでしょう。 Animal welfare legislation: protecting pets
イギリスの動物関連法規
  • Animal Welfare Act 2006 動物福祉を守るための最も基本的な項目を網羅した法律です。他の関連法規全ての基準となります。
  • Guidance for pet owners 犬や猫の飼い主に対して作成された様々なガイダンスです。例えば「犬や猫を購入する時」(→こちら)、「飼い主が旅行に出かける時の犬と猫の福祉を守る」(→こちら)、「花火の注意」(→こちら)などがあります。
  • Codes of practice 犬(→こちら)、猫(→こちら)、ウマを始めとする有蹄類(→こちら)、サル(→こちら)といった動物を飼育している人間に対し、福祉を守るための具体的な方法を行動規準として示しています。
  • The Performing Animals (Regulation) Act 1925 動物園やサーカス等における展示動物の福祉を守るための法律です。展示業者は所属地域に登録することが義務付けられています。また警察や地元評議会は、虐待やネグレクト(怠慢飼育)が疑われる場合の施設への立ち入りが認められており、業務停止を命ずるかどうかの判断が任されます。
  • The Pet Animals Act 1951(as amended in 1983) 売買の対象となる動物の福祉を守るための法律です。ペットショップを経営する者は、地元評議会から免許を受けることが義務付けられています。免許交付の条件は「動物が清潔な環境で保管されている」、「十分な栄養と水分をとっている」、「病気や天変地異から適切に保護されている」などです。評議会には施設への立ち入り権限が認められており、上記条件が満たされていないと判断した場合は、業者の免許を取り消すこともできます。
  • Animal Boarding Establishments Act 1963 ペットホテルなど、動物を一時的に預かる形態の業者に適用される法律です。地元評議会から免許を受け取ることが義務付けられています。免許交付の条件は、動物の最低限の福祉が遵守されていること+ローカルルールです。
  • Riding Establishments Act 1964 and 1970 乗馬サービスを提供する業者に適用される法律です。地元評議会から免許を受け取ることが義務付けられています。免許交付の条件は、動物の最低限の福祉が遵守されていること+ローカルルールです。
  • Breeding and Sale of Dogs (Welfare) Act 1999, Breeding of Dogs Act 1991 and Breeding of Dogs Act 1973 主に犬の繁殖業者に対して適用される法律です。業者は地元評議会から免許受け取ることが義務付けられています。繁殖犬は1歳以上で、生涯における出産回数が6回を超えてはならないとされています。また、出産と出産の間は最低12ヶ月空けなければなりません。ただし、生涯出産回数が5回未満の場合や、生まれた子犬の売買をしない場合は法律の適用外です。生まれた子犬は、繁殖施設内もしくは免許を受けたペットショップでのみ販売が可能となります。
 一方、日本における動物関連法規は「動物愛護管理法」(→原文)、「ペットフード安全法」(→原文)を二本柱としています。単純に数という面から比較すると、イギリスに比べて日本は「ずいぶんと少ないなぁ…」という印象を受けてしまいます。こうしたことから「日本は動物愛護の後進国」、「イギリスは動物愛護の先進国」といった固定観念につながってしまったのかもしれません。

伝説の検証

 「イギリスは動物愛護の先進国である」という言い回しには、一体どの程度の真実が含まれているのでしょうか?以下ではイギリス国内におけるペット流通業の現状を概観しながら、このテーマについて真偽を検証していきたいと思います。
英国のペット流通・目次

犬の繁殖

 イギリスの老舗チャリティー団体「DogsTrust」によると、イギリス国内には2014年の時点で900万頭の犬がおり、毎年90万頭が新たに購入されていると推計されています(→出典)。これら膨大な子犬たちの出産には、国内のみならず、国外のブリーダーたちも関わっています。

国内の悪徳業者

 1年間に流通している90万頭のうち、47万3,000頭はイギリス国内で生まれるか、チャリティーを経由してリホームされていると推計されています。しかしこの47万頭の全てが、動物の福祉に配慮した健全なブリーダーのもとで生まれたわけではありません
 「王立動物虐待防止協会」(RSPCA)は2012年、マンチェスターの悪徳ブリーダーが80頭以上の子犬をバケツの中に入れて飼育している様子を覆面調査によって暴露しました(→出典)。さらにその後の追跡調査により、犬の飼育を禁じられたにもかかわらず、同じブリーダーが再び同じような環境で50頭の子犬を飼育していたことが明らかになっています。また公共放送「BBC」が作成したドキュメンタリー「The Dog Factory」(犬の生産工場)では、国内における悪徳ブリーダーとパピーミルの実態を暴露し、国内で生み出された子犬のうち、およそ3分の1には違法業者が関わっているのではないかと推計しています(→出典)。
 このように、たとえ法律があったとしても、それをすり抜けて悪事を行う人間が後をたちません。法整備がしっかりしていることと、悪徳業者がはびこっていないこととは必ずしも一致しないのです。 バケツに子犬を入れて管理する悪徳ブリーダー The puppy passport scam that exposes UK to risk of rabies outbreak

国外の悪徳病者

 1年間に流通している90万頭のうち、42万頭程度は国外から輸入されていると推計されています。しかしこれらの子犬たちは、東欧諸国の悪徳パピーミル業者によって、無理矢理生み出された子犬である可能性が大です。
 2012年1月にイギリスが採択した「EUルール」により、国境をまたいだペット動物の移動が規制緩和され、イギリス国内に持ち込まれる動物の数が一気に増えました。具体的には、1人の人間が一度に5頭まで動物を輸入できるようになった結果、車に3~4人が乗り込み、荷台に15頭から20頭の子犬を詰めて入国管理局を通過するというパターンが出来上がったといいます。こうした人間たちは、たとえどんなに怪しくても、書類に不備がないかぎり逮捕されることはありません。
 こうしたルートを経由してイギリス国内に持ち込まれた子犬たちは、誕生日、出身国、ワクチン接種の日といった項目が記載された必要書類を備えていることが義務づけられているものの、その書類自体が偽造であることもしばしばです。子犬を購入した飼い主が動物病院でマイクロチップを読み込んだところ、イギリス生まれとして売られていた子犬が、実はハンガリー生まれだった、というような逸話はごろごろ転がっています。東欧国内では75ポンドにしかならない犬が、イギリスに入った途端1,500ポンドに大化けするわけですから、悪徳パピーミル業者がなかなか消えないのも頷けます。
 このように、国内における動物福祉法の充実度と、実際の動物の福祉とは、必ずしも連動してくれないのです。 国境通過時のチェックがおざなりなため、簡単にペットを密輸入できる Foreign gangs, rabies and appalling cruelty Inside Britain's £100m puppy trafficking industry

犬の購入

 法律により、犬を販売できるのはブリーダーの施設内、もしくはライセンスを受けたペットショップのみと規定されています。しかしこの法律は、悪徳ブリーダーの撲滅には役立っていないようです。販売する場所に関する規定はある一方、広告に関する規定はゆるく、免許を受けたブリーダーであることを示すライセンスナンバーを掲示する必要がありません。その結果、仮にライセンスを受けていない悪徳業者であっても、ウェブサイト、ブリーダーを紹介するポータルサイト、地元のフリーペーパーといった各種媒体に、自由に広告を出すことができてしまいます。
 2013年、「DailyMail」に記載された記事の中では、フリーペーパーに載っていた広告を見てビションフリーゼの子犬を購入した女性の事例が紹介されています(→出典)。彼女がブリーダーの元を訪れて子犬を見せてもらったところ、体におがくずのようなものが付着していたと言います。しかし、そのブリーダーの部屋にはおがくずが出るような場所はどこにもありませんでした。犬の流通に疎かったこの女性は、「ブリーダーが劣悪な環境で産み育てているのかもしれない」などとは疑うこともせず、子犬を購入して自宅に連れ帰りました。しかし家に着いてからというもの、その子犬は全く食事をせず、日に日に弱っていったと言います。動物病院で言われた診断名は「パルボウイルス感染症」。ブリーダーの家にいた時点で既に感染していたことが明らかになりました。のちに調べたところでは、女性宅に掲げられていたケネルクラブの登録証のようなものは偽物であることが判明したそうです。
 このように、広告にライセンスナンバーを記載する義務がなく、またそれをチェックする消費者向けのデータベースもないため、たとえ悪徳業者であっても、簡単に買い手を見つけることができてしまうのです。 劣悪販売業者による犬の路上販売 Foreign gangs, rabies and appalling cruelty

犬の飼育放棄

 イギリスにも日本と同様、ペットの飼育放棄と遺棄の問題があります。そしてその数を国民1,000人当たりに換算してみると、実は日本よりもはるかに多くの犬が犠牲になっていることに気付かされます。以下は2014年度を例にとった具体的なデータです。
イギリス(2014年)
  • 人口=6,350万人(→出典
  • 犬の飼育頭数=900万頭(→出典
  • 引き取り数(迷子+放棄)=146,134頭(→出典
  • 生還数(返還+譲渡)=98,538頭(→出典
  • 殺処分数=5,142頭(→出典
日本(2014年)
  • 人口=1億2,700万人(→出典
  • 犬の飼育頭数=1,034万頭(→出典
  • 引き取り数(迷子+放棄)=60,811頭(→出典
  • 生還数(返還+譲渡)=32,092頭(→出典
  • 殺処分数=28,570頭(→出典
 上記したデータを国民1,000人当たりに換算してグラフ化すると以下のようになります。日本と比較したときの「飼育頭数」が1.74倍と犬好きな国民性が現れている一方、動物保護施設への「引き取り数」が4.81倍というとんでもない割合になっています。「引き取り数」には、遺棄に伴う迷子犬や飼い主の飼育放棄が含まれますので、イギリスは愛犬国であると同時に、簡単に犬を手放してしまう国でもあることがうかがえます。
国民千人当たりの日英比較
国民千人当たりで換算した犬の各種情報・日英比較
  • 犬の飼育頭数日本:英国=81.42頭:141.73頭(1.74倍)
  • 引き取り数日本:英国=0.48頭:2.30頭(4.81倍)
  • 生還数日本:英国=0.25頭:1.55頭(6.14倍)
  • 殺処分数日本:英国=0.22頭:0.08頭(0.36倍)
 上記したデータ中、イギリスに関する数字はチャリティ団体「Dogs Trust」が、イギリス、スコットランド、ウェールズに存在する370の行政機関にアンケート調査を行い、回答してくれた319施設のデータを集計したもので、単なる推計に過ぎません。また「引き取り数」と「生還数」に関しては、行政機関と「Dogs Trust」の取扱数を合計してあります。イギリス国内のチャリティ団体は「Dogs Trust」だけではありませんので、他の団体が取り扱った犬の数を含めると、実際の数字はもっと大きくなると推測されます。

伝説の結論

 イギリス国内におけるペットの流通について概観してきましたが、繁殖、購入、飼育放棄という側面に限って見ると、お世辞にも「動物愛護の先進国」とは呼べない部分が見えてきます。国民1,000人当たりで見たとき、動物保護施設における引き取り数は、日本では「0.48頭」であるのに対し、イギリスでは「2.30頭」と4倍以上になっています。この数字はつまり、簡単にペットを手放してしまう飼い主がたくさんいるという事です。
 一方、「動物愛護の先進国」という名にふさわしい部分も同時に併せ持っています。それが高い生還率です。こちらも国民1,000人当たりで見たとき、日本における生還率がわずか「0.25頭」であるのに対し、イギリスでは「1.55頭」と6倍以上になっています。この数字は、いったんは施設に収容された迷子犬や捨て犬のうち、多くのものが元の飼い主や新たな家庭にもらわれていったという事実を表しています。
 「動物愛護の先進国」の代表格として扱われるイギリスには、私たち日本が教師にすべき面と、逆に反面教師にすべき面の両方があるようです。

教師にすべき面

 イギリスから見習うべき点は言うまでもなく「高い生還率」です。仮に動物保護施設に収容されたとしても高い確率で元の飼い主の元に戻したり、新たな飼い主の元に送り出すことができれば、それだけ殺処分の数を減らすことができます。これを日本国内で可能にするためには、「ペットはシェルターから」という考え方をもっと浸透させなければならないでしょう。
 こうした啓蒙活動は、本来は国が行うべきことですが、抵抗勢力への配慮から二の足を踏んでいるのが現状です。国に出来るのはせいぜい、700万円(!)かけて「犬を飼うってステキですか?」というアニメーションを作ることくらいでしょう。もし国が「ペットを飼いたい人はペットショップに行くのではなく、まず愛護センターに問い合わせましょう!」などと喧伝しまうと、ペットの飼育頭数を増やすことで利益を得ている各種業界が、おでこに青筋を浮かべて猛反発してきます。

反面教師にすべき面

 私たち日本が悪い見本として見習うべき部分は、法の甘さです。冒頭で紹介した通り、イギリス国内には動物に関連した法律がたくさんありますが、国内のペット流通を健全化するに当たって十分に機能しているとは言えません。国内にはパピーミルがありますし、国外からは数十万頭という膨大な数のペットが違法に持ち込まれています。
 このように、せっかくの法律がザルになってしまう原因は、チェック機構の甘さだと考えられます。仮に法律が施行されていたとしても、それらが守られているかどうかをチェックするしっかりとした体制が整っていなければ、存在していないのと同じになってしまいます。こうしたザル法化を防ぐためには、ブリーダーを免許制にするのみならず、広告を出すときに免許番号を掲示することを義務付けたり、消費者がブリーダーの情報をすばやく検索出来るようなデータベースを構築するなど、補助的なルールが必要となるでしょう。
 日本では2013年に改正動物愛護法が制定され、ペット流通業者に対する規制が幾分か強化されました。しかし「繁殖犬の出産回数に明確な制限がない」、「繁殖犬の飼育環境について最低基準が設けられていない」、「繁殖業者に義務付けられた年度内の頭数報告書の回収を徹底していない自治体がある」、「頭数報告書にある記載内容を鵜呑みにし、つじつまの合わない数字は無視する自治体がある」など、ザル法化してしまう余地が各所にありますので、イギリスの失敗例を見習いながら微調整していく必要があります。 改正動物愛護法について