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犬を飼うと健康になる?

 犬の都市伝説の一つである「犬を飼うと健康になる」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「犬を飼うと健康になる」という都市伝説の出どころは、 1980年に公表されたある1つの研究報告だと考えられます。
 1977年から79年にかけ、メリーランド大学のエリカ・フリードマンは、社会的条件と心臓疾患による死亡との関連性を明らかにするため、心疾患患者を対象として収入、患者が暮らす地域、人間との関わり合い、出生地、育った場所、仕事や生活に関わる環境の変化、心理状態などを一つ一つ調査する計画を立てました。彼女は重症患者が入院する病棟で患者に面接し、その後ハガキや面談などによる追跡調査を毎月行いました。2年に及ぶ調査期間中、92人の患者のうち14人が1年以内に死亡し、それまで収集してきたデータから生存者と死亡者との間の差異がどこにあるのかが精査されました。その結果、重要な因子として挙がってきたのは当初の予測通り「人間関係」だったといいます。しかし意外だったのは、患者たちが最も信頼できる相手として選んだのが、犬、猫、ニワトリ、ウマ、イグアナといった動物だった点です。この点に興味を持った彼女が、ペットのいる患者とペットのいない患者の死亡率を比較したところ、ペットがいない場合、死亡率が数倍に激増することが明らかになりました。
ペットの飼育と死亡率
ペット飼育者とペット非飼育者の退院後1年死亡率
  • ペットあり死亡者3人/53人=死亡率5.7%
  • ペットなし死亡者11人/39人=死亡率28.2%
  • 全体平均死亡者14人/92人=死亡率15.2%
 この現象に関し「犬が患者の運動を促進することで死亡率の減少につながっているのだろう」という仮説が立てられました。検証のため、犬以外のペットを飼育している合計10人と、ペットを飼育していない合計39人との死亡率を比較したところ、猫、ネズミ、インコ、ニワトリ、イグアナ、魚、ウサギといった動物でも、犬と同様の死亡率低減効果を有していることが判明したといいます。さらに「ペットを飼育する余裕がある人はもともと症状が軽い人たちだから死亡率が低いのだろう」という仮説が立てられました。検証のため、冠状動脈疾患の重症度別に死亡率を比較したところ、ペットを飼っていない重症患者の死亡率が30%増加するのに対し、ペットを飼っている患者のそれは逆に3%減少することが明らかになったといいます。
 1980年、「動物の存在と心臓集中治療施設(CCU)退院後の1年生存者」という題で公表されたこの研究は、ペットと健康とのつながりをテーマにして医学誌に発表された最初の報告として大いに注目を集め、その後数十年にわたって継続される「HAI研究」の先駆けとなりました(※HAI=Human Animal Interaction=人と動物の相互作用)。「犬を飼うと健康になる」という都市伝説は、それまで動物がもたらす健康被害に関する研究報告が主流だった学会に風穴を開けた、この先駆的な研究報告から生み出されたものと推測されます。 Animal companions and one-year survival of patients after discharge from a Coronary Care Unit あなたがペットと生きる理由(ペットライフ社)

伝説の検証

 1980年にエリカ・フリードマンが発表した研究を皮切りに、ペットの飼育が健康にもたらす影響について盛んに研究が行われるようになりました。以下でご紹介するのは、膨大な数に及ぶ報告の内のほんの一部です。
ペットの飼育と健康・目次

学習促進効果

 2010年、Geeらは小学校に入る前の子供たち12人を対象とし、「本物の犬がいる」、「人間がいる」、「犬のぬいぐるみがある」という3つの状況における認知テストの成績を比較しました(→出典)。内容は、10個の品物や写真を同時に見せられ、事前に目にしたものをその中から選び出すというものです。テストの結果、「本物の犬」がいる状況では子供の行動を促すような介入が最も少なくて済み、それに「犬のぬいぐるみ」、「人間」が続いたといいます。こうした事実から研究チームは、犬の存在が子供の気を散らして成績を悪くするという従来の仮説は誤りであるとの結論に至りました。
 さらにGeeらは2012年、小学校に入る前の子供たち20名を対象とし、事前に見せられた品物を選択肢の中から選ぶと言う認知テストを行いました(→出典)。テストは「不正解1つ+正解1つ」、「不正解4つ+正解1つ」という形で難易度が調整され、外部環境として「犬がいる状況」と「人間がいる状況」が設定されました。その結果、犬がいる状況の方が好成績を収めたと言います。こうした事実から研究チームは、犬の存在は子供たちの集中力やモチベーションを高める効果を有しているとの結論に至りました。

情操教育効果

 1996年、Paulらは27人の子供を対象とし、犬を飼う前後で子供の社会的交流、健康、行動、福祉がどのように変化するかを、母親へのアンケート調査を通して検証しました(→出典)。その結果、ペットへ強い愛着を抱いている子供では、飼育後6ヶ月目に自信の高まりが見られ、12ヶ月目には泣きやすさが減少したといいます。
 1999年、Vidovicらはクロアチア・ザグレブに暮らす子供826人(男の子401+女の子425)を対象とし、ペットの飼育が情緒的発達にどのような影響をもたらすかを調査しました(→出典)。ペットへの愛着、向社会性、共感能力、孤独感、家庭環境への認識、社会的な不安などを精査したところ、犬と猫の飼い主(35.4%)は「ペットへの愛着」が高い値を示し、非飼育者と比べて「共感能力」、「向社会性」、「家庭環境の評価」が高い値を示したといいます。さらにこの傾向は、犬を飼っている子供(26.2%)で特に顕著だったとも。
 2002年、Hergovichらは小学一年生46人を半分ずつにグループ分けし、一方にだけ3ヶ月間、教室内に犬がいるという環境を設定しました(→出典)。その結果、犬がいるグループでは「場独立性」(足りない部分を自立的に補うなど、柔軟な問題解決能力を持っていること)と「動物への共感能力」の増進が認められたと言います。また全体的な傾向として、社会的調和性を持った子供が多く、攻撃的な子供が少なかったとも。こうした事実から研究チームは、犬の存在は子供の自立的な機能を促進すると同時に、共感の前提条件となる自己と他者を区別する能力をはぐくむとの結論に至りました。

リラックス効果

 1983年、Friedmannらは38人の子供達を対象とし、犬の存在が血圧と心拍数にどのような変化をもたらすかを調査しました(→出典)。彼女はまず子供たちを2つのグループに分け、部屋に見知らぬ犬がいる状況内で「休憩」か「読書」のどちらかをしてもらいました。その結果、子供と犬との間に明らかな交流は無かったのにもかかわらず、犬が室内にいる時は読書中でも休憩中でも、血圧や心拍数が減少したといいます。
 1987年、Wilsonらは大学生を対象とし心血管系の自律神経的反応に関する調査を行いました(→出典)。テスト状況は「声を出して文章を読む」、「黙読する」、「見知らぬ犬と交流する」という3つです。それぞれの状況で収縮期血圧、拡張期血圧、平均動脈圧、心拍数、2つの不安指数を評価したところ、「黙読する」と「見知らぬ犬と交流する」という状況では基準値よりも低い値を示したといいます。こうした結果から研究チームは、犬との交流は心血管系の反応レベルを低下させることで心理的・身体的な影響を及ぼすとの結論に至りました。
 1988年、Vormbrockらは62人の大学生を対象とし、犬との交流が血圧と心拍数にもたらす影響を検証しました(→出典)。犬と触れ合ったり、言葉を交わしたり、視覚的に交流する状況を設けたところ、血圧が最も高かったのは「犬に話しかけている時」で、逆に最も低かったのは「犬と触れ合っている時」だったといいます。また心拍数に関しては、「話しかけている時」と「触ってる時」に低く、「話しかけながら触っているとき」は高かったとも。こうしたデータから研究チームは、ペットがもたらすリラックス効果は、動物を触っているとき最大限に発揮されるとの結論に至りました。
 1991年、Allenらは45人の成人女性を対象に、「実験室で実験者だけがいる状況」、「自宅で女性の友人がいる状況」、「自宅でペットがいる状況」、「自宅で1人だけの状況」においてストレスのかかる課題を行なってもらうという実験を行いました(→出典)。その結果、女性の友人がいる状況では他の状況に比べて生理的に覚醒した状態となり、課題の成績が全体的に悪かったといいます。一方ペットがいる状況では、覚醒水準が非常に低く抑えられていたとも。この事実に関して研究チームは、人間とは違い、ペットが自分に対する評価者になることがないという認識が、リラックスにつながったのだろうと推測しています。

ストレス軽減効果

 1990年、Siegelは医療健康保険制度の健康増進プログラムにエントリーした938人を対象に1年間の追跡調査を行いました(→出典)。性別、年齢、人種、学歴、収入、雇用状態、日常的に接触のある家族や友人の人数、慢性的な健康上の問題といった様々な変数が偏らないように調整して統計をとったところ、ペットを飼っている人は飼っていない人よりも、過去1年間における医師への受診回数が少なかったと言います。またペットを飼っていない人では、親友や家族を失うといったストレスのかかる出来事と医療機関の受診が連動していた一方、ペットを飼っている人ではそうした関連性が見られなかったとも。さらに、特に犬の飼い主は他の動物の飼い主に比べ、ペットと共に過ごす時間が多く、より家族の一員として扱う傾向が強かったそうです。こうした事実から研究者は、犬を始めとするペットの存在はストレスの多い日常生活の中で緩衝材として働いているという側面を浮き彫りにしました。
 2001年、Allenらは48人の高血圧患者を対象とし、ペットの飼育が血圧にもたらす影響を検証しました(→出典)。彼は被験者を半分ずつに分け、一方を「ACE阻害薬(※降圧薬の一種)のみ」グループ、他方を「ACE阻害薬+ペット飼育」グループとしました。その後、被験者に連続引き算や人前でのスピーチといった精神的にストレスのかかる課題をこなしてもらい、その間の血圧、心拍数、血漿レニン活性をモニタリングしました。その結果、投薬後に両方のグループで安静時血圧の低下が確認されたものの、ストレス課題に対する反応は「ACE阻害薬+ペット飼育」グループの方でのみ顕著に認められたといいます。こうした事実から研究チームは、ペットを飼育することによって得られる直接的・間接的サポートは、メンタルストレスを軽減する効果があるとの結論に至りました。

疾病予防効果

 1991年、Serpellらは犬か猫を飼っている71人とペットを飼っていない26人を対象とした10ヶ月に渡る比較調査を行いました(→出典)。その結果、ペットを飼っているグループでは、飼い始めてから最初の1ヶ月間に報告した健康上の問題が少なかったといいます。また30項目からなる健康に関するアンケート調査を継続的に行ったところ、ペットの飼い主では最初の6ヶ月間で改善傾向が見られ、特に犬の飼い主ではこの傾向が10ヶ月間継続したとも。さらに猫の飼い主やペットを飼っていない人と比較して、犬の飼い主では運動する機会がコンスタントに増えたそうです。こうした結果から研究チームは、ペットを飼う事は人間の健康や行動に対してプラスの効果を及ぼす可能性があり、その効果は長期間続くという結論に至りました。
 1992年、Andersonらはオーストラリアでペットを飼っている784人と飼っていない4,957人を対象とした大規模な調査を行いました(→出典)。収集したデータを集計したところ、ペットを飼っている男性では収縮期血圧、血漿トリグリセリド、血漿コレステロールの値が低く、またペットを飼っている40歳以上の女性では収縮期血圧、血漿トリグリセリドの値が低かったと言います。こうした結果から研究チームは、ペットを飼っている人たちは概して心血管系疾患にかかるリスクファクターが少ないとの結論に至りました。またこの違いは、BMI、喫煙習慣、食習慣、社会経済的プロフィールなどでは説明できないとも。
 2015年、スウェーデン・ウプサラ大学の医学研究チームは、100万人以上の子供を対象とし、幼少期における犬の飼育がその後の喘息発症率にどのような影響を及ぼすかを統計的に精査しました(→出典)。その結果、生まれてから1歳になるまでの間、犬と暮らしたことのある子供では、6歳になった時点での喘息発症率が15%ほど低くなるとの結論に至りました。

伝説の結論

 過去に行われた膨大な数の研究結果を見る限り、犬や猫といったペットが人間の心理面と身体面の両方に対してプラスの効果を与えていることは動かしがたい事実のようです。ですから「犬を飼うと健康になる」という都市伝説は本当と言って差し支えないでしょう。ただしこの表現を使うときは「人間と犬とが強い絆で結ばれている」という前提条件が必要となります。こうした但し書きが必要となる理由は、少数ながらペットの飼育が健康増進に寄与していない、もしくは逆に健康を悪化させているという報告があるためです。以下でその一部をご紹介します。

ペット健康増進説への反証

 1990年、Stallonesらはアメリカ国内に住む1,300世帯を「21~34歳」、「35~44歳」、「45~64歳」という3つに年齢層に区切ってペットの飼育と健康との関連性を調査しました(→出典)。精神的な落ち込みの度合いは20項目からなる「CES-D」と呼ばれる指標を用いて評価し、疾病行動スコア(病院を訪れた回数・処方薬の使用回数・運動量の減少・前年度の入院歴)はアンケート調査から評価しました。その結果、ペットの飼育やペットに対する愛着は、疾病行動スコアや精神的な落ち込みの度合いに何の影響も及ぼしていなかったといいます。こうした事実から調査チームは、「ペットの飼育は健康に良い」という一般的な考え方は、すべての世代に通ずるわけではないと締めくくっています。
 2005年、Parslowらはオーストラリアに住む60~64歳の2,551人を対象とし、ペットの飼育と健康との関係を調査しました(→出典)。その結果、ペットを飼育している人は飼育していない人よりもうつ傾向が強く、ペットを飼育している既婚女性は健康を損なって鎮痛薬を用いる頻度が高かったといいます。またペットの飼育と医療機関にかかる頻度に関連性は見出されなかったとも。さらにパーソナリティとペット飼育の関連性に関しては、性別にかかわらずペットを飼っている人は「神経病傾向」が高い値を示したそうです。こうした事実から研究チームは、ペットの飼育は健康に対して何らプラスの効果を及ぼしていないのみならず、逆に心身を不健康にする可能性すらあると結論付けました。

ペット健康悪化説の背景

 ペットの飼育が飼い主の健康を増進しているという報告がある一方、上記したようにペットのプラス効果を否定するような報告があるという事実は、一体どう説明したらよいのでしょうか?その答えの一つは「ヒューマンアニマルボンド」(人と動物の絆)の崩壊であるように思われます。
 「ペットの飼育は健康増進をもたらさない」という結論に至った報告では、調査対象者の中にペットに対して過剰な期待を抱いた横着な飼い主が含まれていた可能性があります。「過剰な期待」とは「家に着いたその日からちゃんとトイレができる」、「言葉で叱れば内容を理解して二度と同じミスを繰り返さない」、「歯を磨く時はぬいぐるみのようにおとなしくなる」などです。また「横着な」とは、犬に対する期待値を下げるとか、犬のしつけ方を学ぶといった対処法を怠るという意味です。インターネットが発達していつでもどこでも情報を入手できるにもかかわらず、驚くほど知る努力をしない人がいるというのは万国共通の現象です。
 このような「過剰な期待を抱き」、なおかつ「横着して知る努力をしない」一部の飼い主が調査対象者の中に含まれていると、日々ペットに感じているフラストレーションのせいで、アンケートで自分の健康状態や生活満足度を低く評価したまま回答するかもしれません。その結果が「ペットの飼育は健康増進をもたらさない」という最終報告になったという可能性は十分考えられます。つまり、ヒューマンアニマルボンドの崩壊がペット健康悪化説の背景にあるという図式です。 ペットから受けるリラックス効果は触れ合うことで最大限に発揮される

ペットからの恩恵を受けるには?

 通常であれば犬がもたらしてくれる様々な効果は、飼い主と犬との間に絆が結ばれていない限り十分に発揮されません。1984年にアメリカの高齢女性を対象とした調査(Goldberg, 1984)で、「ペットに対して強い愛着を持っていない飼い主は大抵不幸であったが、強い絆を形成している人は最も幸福であった」と報告されているのはその証拠と言えるでしょう。人間と犬がお互いから最大限の恩恵を受けるためには、以下に述べるような項目を知識として吸収し、「ヒューマンアニマルボンド」の形成に努めることが必須だと思われます。
人と犬の絆を強めるために
  • 犬の世話に必要な費用→詳細
  • 犬の世話に必要な時間と労力→詳細
  • 犬の習性に関する知識→詳細
  • 犬の言葉に関する知識→詳細
  • 犬の気持ちを察するコツ→詳細
  • 犬のしつけのイロハ→詳細
  • 犬のストレス要因と解消法→詳細
  • 犬アレルギーの予備知識→詳細
  • 人獣共通感染症の知識→姉妹サイトへ
 上記したような知識を事前に仕入れておけば、ペットとの絆が深まるばかりでなく、飼育放棄も減ってくれると考えられます。1992年にKiddらが行った調査によると、ペットを飼育放棄する傾向が強かったのは「ペットに対する不適切な期待を抱いた飼育初心者」だったといいます(→出典)。ペットを家に迎える前にさまざまな知識を得ておけば、犬に対する不適切な期待もなくなり、結果として「もう捨ててしまおう」という安直な人も減ってくれるという寸法です。人と犬の双方が健康になるためには、まず飼い主が犬のことを知ることが重要 これからペットを飼いたいと思っている方は、一部のロビイストやテレビの動物番組に煽られてペットを衝動買いする前に、日本のペット産業を含めたさまざまな側面を知っておくことをお勧めします。そうすれば、人間と犬の双方が健康になるという共存共栄が実現するはずです。