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犬は人間の言葉が分かる?

 犬の都市伝説の一つである「犬は人間の言葉が分かる」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「犬は人間の言葉がわかる」という都市伝説の出どころは、2004年に言葉がわかる犬として話題になったボーダーコリーの「リコ」(Rico, 1994~2008)だと考えられます。 2004年、ボーダーコリーの「リコ」(Rico)は200の単語を覚えている犬として一躍有名になった  ドイツのマックスプランク研究所に勤めるJ.カミンスキーは、当時200個の単語を覚えているとして有名だったリコの能力が本物かどうかを確かめるため、 200個の品物を10品ずつ20組のセットに分けて実験を行いました(→出典)。内容は、一方の部屋に10個の品物を配置し、もう一方の部屋から飼い主がリコに対して任意の品物を取ってくるよう指示を出すというものです。部屋を分けることにより、飼い主が犬に対して意識的・無意識的に何らかの指示を出してしまう「賢馬ハンス効果」の可能性が排除されました。実験の結果、リコは40回の指示中37回で正解したと言います。また、7つのすでに知っている品物と1つの知らない品物を配置し、リコが聞いたことがない単語を発したところ、10回中7回において、新しい単語と見たことのない品物を結び付けることができたとのこと。さらに、この時に聞いた新しい単語を1ヶ月後に再び用いたところ、6回中3回において、前回と同じ品物を取ってきたと言います。
 こうした数々の事実から研究者は、犬の言語能力はチンパンジー、アシカ、イルカ、オウムといった動物に匹敵すると同時に、「ファストマッピング」(fast mapping)の能力が備わっているかもしれないとの結論に至りました。「ファストマッピング」とは、人間の乳幼児のようにたった一度言葉に触れただけでその内容を理解し、すぐに自分のものにしてしまうという能力のことです。さらに2011年には、リコを遥かに凌ぐ1,022個の単語を記憶している「チェイサー」という名のボーダーコリーが登場し、各種の実験を通して、その言語能力の高さを示しました(→詳細)。
 「犬は人間の言葉がわかる」という都市伝説は、上記したリコやチェイサーのエピソードが、各種メディアで広く報道されたことによって浸透していったものと考えられます。

伝説の検証

 犬の言語能力は、ただ単に対象物と単語の結びつきを覚えるだけにとどまらないようです。以下では、犬の言語能力に関して行われたさまざまな実験結果をご紹介します。(受)は「人間からのメッセージを受け取る能力」、(送)は「人間へメッセージを送る能力」のことです。
犬の言語能力実験・目次

指さしを理解する(受)

 2005年、アメリカの比較人類学者ブライアン・ヘア氏は、犬が人間の「指さし」を理解していることを明らかにしました(→出典)。
 同氏は生後9週齢~24週齢の子犬、原始の犬に近いニューギニアシンギングドック、人間との接触が少ない同腹子育ちの子犬や収容施設の犬など、さまざまな生育環境にある犬たちを対象に指さしジェスチャー実験を行ったところ、全てにおいて指先に注意を向けることができたといいます。さらに別の調査では、犬とチンパンジーとの比較(→出典)、馬との比較(→出典)、狼との比較(→出典)などが行われ、全て犬の方に軍配が上がっています。 犬は何の訓練を受けていなくても、指示ジェスチャーに対し容易に理解力を示す

文章を理解する(受)

 2012年、犬は単語のみならず、複数の単語からなる簡単な文章なら理解できるかもしれないという可能性が示されました(→出典)。
 調査を行ったのはブラジル・サンパウロ大学の獣医学チーム。彼らは「ソフィア」という名のミックス犬に、いくつかの物の名前(ボール・鍵・棒・ボトル・熊)を覚えさせると同時に、「近づく」と「取ってくる」という動作に関する指示語を覚えさせました。しっかりマスターした後、物の名称と動作に関する指示語を同時に出してみたところ(ボール・取ってこい/ボトル・近づけ etc)、犬は物の名称と動作を正しく理解できたと言います。
 こうした事実から研究チームは、犬には人間で言う「文法」のようなものを理解する能力がある程度備わっているのかもしれないという結論に至りました。また同様の結論は、ボーダーコリーの「チェイサー」を対象とした実験でも確認されています(→出典)。

言葉のトーンを理解する(受)

 1990年に行われた調査により、犬は人間の言葉のトーンを理解しているという可能性が示されました(→出典)。
 研究者はまず犬に「来い」と「お座り+待て」という動作を覚えさせ、特定の指示語に応じて再現出来るよう訓練しました。その後、指示語を発するときのトーンに「高い断続的な声」と「低い持続的な声」という2つのバリエーションを持たせたところ、高いトーンは行動を促す「来い」で効果を発揮し、低いトーンは行動を抑える「お座り+待て」で効果を発揮したと言います。こうした事実から研究者は、犬は人間の言葉に含まれているトーンを理解し、それに応じて自分の態度を決めているという可能性を明らかにしました。またこの事実は、2011年に行われた別の調査でも追認されています(→出典)。

図表を用いる(送)

 2008年、犬は任意の図表(レキシグラム)を用いて人間に自分の考えていることを伝えることができるかもしれないという可能性が示されました(→出典)。
 ブラジル・サンパウロ大学の研究チームは、1頭のメス犬に特定の対象物や行動とご褒美との結びつきを覚えさせ、さらにそれらの物や行動を、任意に取り決めた図表と結びつけるよう、特殊なトレーニングを施しました。例えば「ボール遊び」という行動と「○」という図表を結び付けるなどです。その後、犬と実験者との自発的な交流を観察したところ、犬が図表の描かれたキーボードを用いるのは、実験者が近くにおり、なおかつ犬の方に注目しているときだけだったといいます。
 こうした結果から研究チームは、犬にはある特定の物や行動と関連した図表を意図的に用いる能力があるかもしれないとの結論に至りました。例えば、犬が「ボール遊び」をしたい気持ちを人に伝えるとき、闇雲にワンワン吠えるのではなく、「ボール遊び」と関連した「○」のキーボードを押すなどです。また別の実験では、犬は写真やレプリカから実物を理解できることも確認されています(→出典)。
元動画は→こちら

おうかがいをする(送)

 2015年に行われた調査により、犬は困った事態に直面したとき、「おうかがい」によって人間の助力を仰ぐことが明らかになりました(→出典)。
 実験を行ったのはオレゴン州立大学のモニク・ユデル博士。「人間に飼われている犬×10頭」、「動物保護施設にいる犬×10頭」、「人間に育てられた狼×10頭」という3つのグループを、「ロープを引っ張れば箱の中のソーセージを食べることができる」という少し難しい状況の中に入れ、それぞれのリアクションを観察しました。その結果、狼では10頭中8頭(80%)が自力で問題を解決したのに対し、犬では20頭中わずか1頭(5%)しか解決できなかったと言います。そしてこの達成率は、犬の近くに人間が立ち、行動を促すように働きかけても、それほど改善しなかったとも。その代わり、問題に直面して人間の方を見る「おうかがい」(looking back)に関しては、犬の方が圧倒的に多く見せたそうです。
 こうした事実からユデル博士は、「犬は長い歴史の中で人間に頼ることを覚えてしまい、自力で問題を解決しようという行動パターンが抑制されてしまったのかもしれない」と述べています。

注視誘導をする(送)

 2000年に行われた実験で、犬は飼い主にお願い事がある際、「注視誘導」という方法で伝えようとする可能性が示されました(→出典)。
 実験では、犬の手が届かないところにおやつやおもちゃを置き、その様子を犬にじっと観察させました。その後、飼い主にその部屋に入ってもらい、犬がどのような反応を見せるかが調査されました。その結果、「おやつかおもちゃどちらか一つ+飼い主」という組み合わせの時、吠えて飼い主の注意を引いたり、飼い主と対象物の間で視線を移動させる「注視誘導」という動作が見られたといいます。「注視誘導」(gaze alternation)とは、相手の方を見つめて注意を引き付けた後、見てほしい対象物に視線を移し、相手の注意をその対象物に向ける行為のことです。
 こうした結果から研究チームは、チンパンジーやゴリラ、人間で確認されている「参照的コミュニケーション」(referential communication)と呼ばれる能力が、犬にも備わっているかもしれないとの可能性を導き出しました。

伝説の結論

 犬の言語能力に関する様々な調査からわかった事は、人間からメッセージを受け取る状況においても、人間に対してメッセージを送る状況においても、犬は他の動物ではあまり見られない特殊な能力を発揮するということです。ですから「犬は人間の言葉がわかる」という都市伝説はある程度本当と考えて良いでしょう。しかしここで注意すべきは、「犬は人間の行動を読み取るエキスパートではあっても、人間の心を読み取るエキスパートではない」というUdellらの言葉です(→出典)。

犬は人間の心を読める?

 相手が考えている内容を類推して把握することは一般的に「心の理論」(Theory of Mind)と言われますが、今のところ犬に心の理論があるという決定的な証拠はつかめていません。例えば2013年に行われた実験では犬が人間の認識を理解しようとするとき、かなり自己中心的な考え方をすることが明らかになりました(→出典)。 犬の心の理論を探るための実験装置  実験では、砂時計の形をした特殊な装置が組まれ、中央に備え付けられた特殊な円筒から前足を使ってエサをとるという状況が設定されました。そしてまず最初の実験では、円筒の半分だけを黒い布で覆い、犬におあずけを指示した上で、犬がどちら側を好んで使うかを観察しました。「人から見えない側の円筒」を使うということは「透明の方は盗んでいる前足を人に見られるかもしれないから使わないでおこう」という認識がある事を意味しています。実際の観察の結果、犬はどちらか一方の円筒を特に好んで選ぶ傾向は見られなかったと言います。この理由として研究者は、エサをくすねる瞬間「自分から人間は見えない。だから人間から自分も見えないだろう」という考えがあったからではないか、と予測しました。
 次の実験では、黒い布をかぶせる代わりに、手を入れると音が鳴るような仕掛けを円筒の半分だけに施しました。「音が鳴らない側の円筒」を選ぶという事は、「盗んでいる現場を人間に聞かれてしまうから、音が鳴る方は使わないでおこう」という認識があることを意味しています。実際の観察の結果、犬は「音が鳴らない円筒」を好んで選ぶ傾向が見られたと言います。そしてこの傾向は、部屋の中に人間がいるときにだけ現れたとも。この理由として研究者は、エサをくすねる瞬間「自分には音が聞こえる。だから人間にも音が聞こえるに違いない」という考えがあったからではないかと予測しました。 人からの見え方に操作を加えた円筒と、人からの聞こえ方に操作を加えた円筒  このように、犬は人間が見ているものや聞いているものを認識する時、「自分が今現在、何を認識しているか?」を基準にする癖があるようです。「自分から人間は見えない。けれどもひょっとすると、人間からは自分の姿が見えているかもしれない」といった一段階上の認識は、今のところチンパンジーでしか確認されていないと言います(→出典)。ですから「名犬ラッシー」のように、たった一言の命令からその背景にある事情を察したり、人間の意図を読み取るといった、高度な芸当はできないと考えた方が現実的でしょう。

犬の言語能力の起源

 「やや自己中心的なものの見方をする」という限界はあるものの、犬が人間のジェスチャーや言葉に対して示す能力には特筆すべきものがあります。この能力の起源に関しては様々な仮説が乱立しており、いまだに決着を見ていません。以下では、現在考えられているいくつかの説についてご紹介します。
犬の言語能力はどこから?
  • 社会認知力選択仮説 人間と同じような社会的認知力をもつ犬を選別した結果、犬の言語能力が生まれたとする仮説。「指さしに応える」など、狩りにおいて重要となる資質が家畜化の過程で選ばれ、いつしか犬に固有の能力となった。祖先である狼よりも犬の方がこうした能力に秀でているのはその証拠(→出典)。
  • 注意力選択仮説 人間に対して高い注意力を払う個体を選別した結果、犬の言語能力が生まれたとする仮説。狼をはじめとする野生動物が苦手な「目をじっと見つめる」という行動を、犬が「アイコンタクト」という形でいとも簡単に出来るのはその証拠(→出典)。
  • 情動反応仮説 人間に対して攻撃的な情動反応を示さない個体を選別した結果、人間に対する恐怖心が減弱して言語能力が開花したとする仮説。「人なつこさ」という基準だけでギンギツネを選択繁殖した結果、人間の指さしジェスチャーを理解できるキツネが生まれたのはその証拠(→出典)。
  • 自己家畜化仮説 協調性が高くて攻撃性の少ない個体が、人間によってではなく、自然によって選択されたとする説。チンパンジーとボノボ、狼と犬、ネアンデルタール人と現代に生きる人類を比べたとき、全て後者において言語能力が高いのはその証拠(→出典)。