トップ犬の文化犬の都市伝説女性の方が犬に好かれやすい

女性の方が犬に好かれやすい?

 犬の都市伝説の一つである「女性の方が犬に好かれやすい」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「女性の方が犬に好かれやすい」という都市伝説の出どころは、一部の犬が見せるハレンチな行動だと思われます。犬が女性レポーターの匂いを嗅いたり、女性の足に抱きついて「ハンピング」(腰ふり)を行ったりする場面は、誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。 犬は時として女性に対し「股間嗅ぎ」や「腰ふり」といった破廉恥行動を行う  驚くべきことに、1996年には犬のハレンチ行動をめぐる裁判が起こりそうになったこともあります。バーバラ・モンスキーさんがコネチカット州ダンバリーの高等裁判所に来ているとき、裁判官のハワード・J・モラガン氏が同伴したゴールデンレトリバーが3度に渡り、彼女のスカートの中に鼻先を突っ込みました。これに立腹した彼女は、犬を適切に制御しなかったモラガン判事をセクシャルハラスメントで起訴。損害賠償と裁判所への犬の出入り禁止を求め、ブリッジポートの連邦地方裁判所に訴えを提出しました。結局この訴えは裁判に入る前に却下されましたが、犬による「股間嗅ぎ回り事件」は世の中の話題をさらい、珍事としてネット上に残ることとなりました(→出典)。
 こうした印象深い話題が多くの人の記憶に残ることにより、男性よりも女性の方が犬を引きつけやすいという都市伝説になっていたのだと推測されます。

伝説の検証

 もし犬が男性よりも女性を好むのだとしたら、そこには女性にしかない何らかの要素があるはずです。以下では、犬の琴線に触れていると思われるいくつかの女性的な要素を列挙します。

フェロモン?

 女性の身体から発せられている何らかの揮発性物質が、犬の興味を引きつけている可能性があります。
 動物の行動を変化させる微量分子は一般的に「フェロモン」と呼ばれますが、発情期にあるメスの動物からは、どうやらこの物質が盛んに出されているようです。例えば以下は、メス犬のフェロモンがもたらしていると思われるさまざまな行動変化です。
フェロモンによる行動変化
  • Dunbarらの調査(1974年) オスとメスのビーグルを対象とし、分泌物に対する探索行動を観察した。その結果、特に交配経験のないオス犬はメス犬のおしっこの匂いを熱心に嗅ぎ回ることがわかった。また交配経験の有無にかかわらず、オス犬は同性のおしっこや肛門腺分泌物に対してほとんど興味を示さなかった。それに対し、メス犬は同性のおしっこの匂い(特に発情期)のを嗅ぐ傾向があった。なお肛門腺分泌物に発情状態による変化はなかった(→出典)。
  • Goodwinらの調査(1979年) 発情中のメス犬から採取された「メチルP-ヒドロキシベンゾエート」という分泌物を、非発情中のメス犬の体に擦り付けたところ、オス犬の興奮を喚起することができた(→出典)。
  • Schultzらの調査(1985年) メス犬のおしっこを分子的に解析したところ、メチルプロピルスルフィド、メチルブチルスルフィド、アセトンが主な構成物質だった。その他、トリメチルアミンなど9つ、二硫化物5つ、未知の物質2つが検知され、最後の2つがメス犬特有の「発情臭」になっていると推測される(→出典)。
  • Burneyらの調査(2013年) 5頭のオス犬を観察したところ、発情中のメス犬の近くでは35%の時間を過ごしたのに対し、非発情中のメス犬の近くでは1%未満しか過ごさなかった。また発情中メス犬はオス犬の近くで7.5%の時間を過ごしたのに対し、非発情中は1%未満しか過ごさなかった。(→出典
 このように、犬の嗅覚は発情中のメス犬から発せられている何らかの微量物質を嗅ぎ取ることができるようです。また近年の調査では、同種の動物のみならず、他の動物の発情状態を嗅ぎ分けられることも確認されています。例えば2011年にFischerらが行った調査によると、乳牛の分泌物から発情中かどうかを嗅ぎ分けるトレーニングを7頭の犬に対して行ったところ、発情中に特有の匂いを50回強の練習で嗅ぎ分けることができるようになり、その正解率は最高で80.3%に達したといいます(→出典)。
 人間の女性から発せられている揮発性物質が「メチルP-ヒドロキシベンゾエート」なのかどうかは分かりません。しかし、女性特有の何らかの匂いが周囲に撒き散らされ、その物質に引きつけられた犬が興味をそそられて女性に近づいていくという可能性は大いにあるでしょう。

甘やかしやすい?

 ペットを甘やかしやすいという女性の傾向が、男性よりも女性の方が犬に好かれやすいと言う傾向の背景にあるかもしれません。
女性は男性より、犬を擬人化して甘やかしてしまう可能性がある  Vitulliらは2006年、360人の女子大生(平均21.1歳)と164人の男子大学生(平均20.0歳)を対象に、「飼い主に対するペットの共感能力」、「飼い主に対する猫の共感能力」、「飼い主に対する犬の共感能力」、「人間とペットの魂について」、「ペットに対する飼い主の共感能力」に関するアンケート調査を行いました(→出典)。その結果、女性の方が「犬や猫は、飼い主が喜んでいるとき、悲しいとき、怒っている時を理解している」、「犬や猫は飼い主に対して愛情や共感を抱いている」という項目に関して著明に高い値を記録したといいます。
 この結果が「女性の方が動物に対する擬人化の度合いが高い」ことを意味しているのだとすると、男性よりも女性の方がペットを溺愛する傾向につながるかもしれません。そしてこの溺愛が、「お父さんよりもお母さんの方が好き」という、家族内における愛情の順位付けにつながっていく可能性は大いにあるでしょう。

オキシトシン?

 ホルモンの一種である「オキシトシン」が、女性に対する犬の偏愛の源になっている可能性も否定できません。
女性は男性より、犬との交流によってオキシトシンの体内濃度が上がりやすい  2009年、Millerらは10人の男性と10人の女性を対象とし、犬との交流が血中オキシトシンレベルにどのような変化を与えるかを調査しました(→出典)。「職場環境」、「25分間犬と交流を持つ」、「犬がいない状態でノンフィクションを読む」という3つの状況においてオキシトシンを測定したところ、女性では「犬との交流」でレベルが上昇したのに対し、男性では逆に低下したといいます。
 「オキシトシン」は「愛情ホルモン」や「抱擁ホルモン」といった口語表現が示している通り、母性行動や社交性を高める作用を有しています。もし、犬との交流に際して男性よりも女性の方がオキシトシンが大量に分泌されるのならば、女性の方が犬の求めに応じて遊んであげる機会が多くなるかもしれません。その結果、男性よりも女性の方が犬に好かれるようになるというのは自然なことです。

高い声?

 女性特有の「高い声」が、動物に好かれる要因になっている可能性もあります。
赤ちゃんに対して用いる「マザリーズ」を犬に用いるのが「ドゲレル」  Prato-Prevideらは2006年、ペットの飼い主25人(男性10人+女性15人)が、ペットと交流している様子を観察しました(→出典)。その結果、男性と女性とでは言葉によるコミュニケーションで違いが見られたといいます。具体的には、女性は男性よりも話しかけるまでの待機時間が短かく、また声の調子が子供に対して話しかけるときの「マザリーズ」に近かったそうです。「マザリーズ」とは、高い声で単純な言葉を繰り返し聞かせる「赤ちゃん言葉」のことです。
 一方、ユージン・モートンの「モートンの法則」(Morton's motivation-structural code)によると、「高い声」は体の小ささと友好性を示しているといいます。こられを組み合わせると「高い声でペットと接する女性の方が動物に対して脅威を与えにくい」という公式が成立するかもしれません。もしそうだとすると、低い声の男性よりも高い声の女性の方が動物に好かれやすいという傾向にも納得がいきます。

伝説の結論

 女性特有と思われる要素を研究結果とともに調べてみると、犬が男性よりも女性を優先的に選ぶ理由は、確かにあるようです。ですから「女性の方が犬に好かれやすい」という都市伝説は部分的に本当と考えてよいと思われます。
 私たちがペットとして飼っている「イエイヌ」は、イヌ科動物の中では珍しく父親が育児に参加しません。つまり子犬はもっぱら母犬の世話だけを受けて幼少期を過ごすのです。こうした原体験が成犬になってからも記憶の片隅に残っていると仮定すると、オス犬よりもメス犬を偏愛する傾向が生まれてもおかしくはありません。そしてメス犬と人間の女性との間に何らかの共通した「匂い」のようなものがあるのだとしたら、男性よりも女性を偏愛するという現象として観察されることでしょう。 オス犬が育児に参加しないというイエイヌの習性が、犬が示す女性偏向の源かもしれない  犬がどういったタイプの人間を好むかという問題には、「男か女か」といった枠組み以外にも、実はたくさんの要素が絡んでいます。例えば2009年、Kotrschalらは去勢手術を受けていないオス犬の飼い主22人を一人ずつ実験室内に招き入れ、飼い犬が室内で自由行動している間、飼い主の意識が犬から逸れるよう誘導しました。その結果、「Neo-FFI」と呼ばれる性格テストにおいて「神経質」が高い値を示した飼い主では、犬がそばにとどまる傾向が見出されたと言います。また、犬が「よく吠えて攻撃的」という側面において高い値を示した場合は、逆に飼い主から離れる傾向が見出されたとも。こうしたデータから研究チームは、飼い主と犬との間の交流は、人間の性格と犬の性格の両方によって影響を受けているようだとの結論に至りました(→出典)。
 このように、犬がどういった人間に積極的に近づこうとするかは、人と犬双方の要因が複雑に絡み合って決められているのです。
 過去に行われた調査に基づくと、男性だろうと女性だろうと、犬に好かれるためのいくつかのコツがあると考えられます。ペットとの共同生活の中に取り入れてみると、その効果を実感できるかもしれません。
犬に好かれるコツ
  • アイコンタクト 2014年に行われた調査で、オキシトシンを投与された犬では人の顔を見つめるという行動が増加し、この行動は逆に人間の尿中オキシトシン濃度を上昇させたといいます(→出典)。オキシトシンは社交性や母性行動を促す際の重要なホルモンですので、アイコンタクトによって日常的に犬と視線を合わせていると、それだけでお互いに対する好意が増強される可能性があります。アイコンタクトのしつけ
  • ドゲレル 「ドゲレル」とは、人間の母親が赤ちゃんに対して用いる「マザーリーズ」のペット版です。少し高い声で音節を短く区切りながら発してあげると、犬は「飼い主が喜んでいる!」と理解しやすくなります。特にしつけなどに際して、犬を褒めてあげるときに用いると効果的です。犬に最適な名前と命令
  • マッサージ マッサージを通して犬に加えられた触覚刺激は、素早く情報を伝達する有髄性Aβ線維やAδ線維、ゆっくりと情報伝達する無髄性C線維によって脳に伝達され、満足感に関連する皮質部位を活性化させると同時に、オキシトシンの分泌を促すことが確認されています(→出典)。日ごろからマッサージをしてあげれば、犬と飼い主の間の絆が強まるばかりでなく、しつけをする際の強力なご褒美にもなります。ぜひ日課にしてみて下さい。犬のマッサージ