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犬はおなかを壊さない?

 犬の都市伝説の一つである「犬はおなかを壊さない」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 世間でよく耳にする「犬はおなかを壊さない」という風説は、えり好みをせず何でも口に入れてしまう犬の貪欲さから生まれたものだと思われます。
ゴミをあさる野良犬  犬の祖先であるオオカミは仕留めた獲物を生のまま食べたり、死んでからしばらく経過した腐肉でも口にしたりします。そしてオオカミの子孫である犬は、ゴミ箱を漁ったりおもちゃを丸呑みにしたり、ひどいときには自分の排せつ物まで食べたりします。犬が見せるこうした食いしん坊の側面に注目すると、「ずいぶんと胃袋が丈夫に出来ているなぁ」という印象を抱いてしまうのも当然でしょう。この印象がいつしか、「犬はおなかを壊さない」をいう固定観念にすり替わったと考えられます。
 さて、「犬はおなかを壊さない」という表現を、「犬は食中毒にかかりにくい」という意味に解釈すると、そこにはある程度の真実が含まれているようです。人間が摂取したら食中毒を起こしてしまう様々な病原菌でも、犬の体内では何も起こらなかった、という事例は山ほどあります。例えば以下です。
犬の食中毒耐性
  • サルモネラ菌 サルモネラ菌に汚染された食餌を食べた17頭と、菌に汚染されていない食餌を食べた12頭を比較したところ、「汚染グループ」では摂食後1~7日で7頭の排せつ物中に菌の排出が観察された。しかしどちらのグループにおいても食中毒症状を示したものはいなかった(→出典)。
  • ボツリヌス菌 A~Gまで7種類あるボツリヌス毒素のうち、人間は「A、B、C、E、F」の5種によって中毒に陥るが、犬に毒性を発揮するのは「C」だけである(→出典)。
  • カンピロバクター 12ヶ月齢を過ぎると、カンピロバクターと下痢の有無は無関係になる(→出典)。健康な犬猫と下痢中の犬猫のカンピロバクター保有率に差は見られない(→出典)。カンピロバクターによって人間のような食中毒を起こす犬猫は、恐らくかなり少数派なのだろう(→出典)。
 こうした事例から考えると、「犬はおなかを壊さない」という表現はあながちデタラメというわけではないようです。しかしデタラメではないということは、常に正しいということを意味しているわけではありません。

伝説の検証

 「犬はおなかを壊さない」という表現にはある程度の真実が含まれていることは確かです。胃から分泌される胃酸が強力なため、大部分の病原菌が消化の過程で殺されてしまうのだと推測されます。
 例えば以下のグラフは、空腹時と食事中における人間と犬の胃酸濃度を示したものです。空腹時においては人間(pH1.7)も犬(pH1.5)も「pH」(ピーエッチ)がやや低めになっており、胃の中がかなり酸性に傾いていることが分かります。一方食事中になると、人間の方が「pH5.0」とややアルカリ性に近づくのに対し、犬の方は「pH2.1」と酸性度が高止まりしたままです。 消化器の解剖生理・動物間比較 空腹時と食事中における人間と犬の胃酸濃度比較グラフ
 また以下のグラフは、酸性環境の中で病原菌がどの程度増殖できるかを示したものです。緑色が「フレキシナ赤痢菌」(S.flexneri)、青色が「ネズミチフス菌」(S.typhimurium)、赤色が「大腸菌」(E.coli)を示しています。グラフ右端の「pH5.0」の環境下ではどの病原菌もある程度増殖できていますが、酸性度が高まって左端の「pH4.0」に近づくと、ほとんどが増殖能力を失っていることがお分かりいただけるでしょう。食餌中の犬の胃の中は、「pH2.0~2.2」程度と推計されていますので、たとえ病原菌を摂取したとしても、強酸によって全て殺されてしまうのだと考えられます。 酸性環境における病原菌 酸性環境における各種病原菌の増殖力
 上記したように強力な胃酸を持つ犬ですが、どんなものを食べても全くおなかを壊さないかというと、実はそういうわけではありません。よく探してみると、犬が食中毒に陥ったという事例もちらほら散見されます。以下はその一例です。
犬の食中毒事例
  • 2007年・ドイツ 2007年、ドイツの軍隊が4つの犬舎で管理する80頭の軍用犬中、51頭の排せつ物サンプルから「サルモネラ・モンテビデオ」(Salmonella Montevideo)および「サルモネラ・ギヴ」(Salmonella Give)の両菌が検出された。症状を示したのはその内9頭で、「熱を伴わない下痢」という軽いものだった。調査の結果、市販のドライフード2種が汚染源である疑いが強まった(→出典)。
  • 2010年・カナダ カナダにおいて、健康な犬70頭と下痢気味の犬65頭の排せつ物サンプルを調べたところ、健康な犬では58%、下痢中の犬では97%においてカンピロバクターが検出された。カンピロバクターに属する14の亜種のうち、健康な犬では0~7種、下痢中の犬では0~12種が検出された(→出典)。
 このように、腐肉食動物を祖先に持ち、強力な胃酸を分泌できる犬でも、強度に汚染されたものを食べてしまうとさすがにおなかを壊し、軽い食中毒症状を示してしまうようです。ですから「犬はおなかを壊さない」という表現をより正確なものに修正すると、「犬は人間に比べると、おなかを壊しにくい」となるでしょう。

伝説の結論

 過去の事例を検証した結果、「犬はおなかを壊さない」のではなく、ただ単に「人間に比べると、おなかを壊しにくい」だけであるということが分かりました。ですから犬にエサを与えるときは、病原菌を含んだ食べ物を可能な限り避けることが、飼い主の責任ということになります。以下は注意点です。

汚染されたペットフードを避ける

 「衛生管理が行き届いた施設で製造されているからペットフードは完全」という漠然とした思い込みを抱いている人がいますが、必ずしもそうとは言い切れません。日本国内においても海外においても、ドライフードのほとんどは「エクストルード製法」という方法で製造されており、少しでも気を緩めると、製造過程において病原菌が混入する危険性は常にあります。例えば以下は、海外で報告されたペットフード汚染の一例です。
ペットフード汚染
  • 2006年・アメリカ 2006年から2008年の間、アメリカの21の州から集めた、合計79人のサルモネラ感染者を調査したところ、「ブランドX(←仮名)」のペットフードを給餌していた人の感染率が、標準よりも6.9倍高かった。追跡調査の結果、「ブランドX」の汚染が確認されたため、ただちに工場は閉鎖され、すでに製造されていた2万3千トンに及ぶフードがリコールされた(→出典)。
  • 2015年・イタリア イタリアの市場で流通している、エクストルード製法によって製造されたドライフードから48サンプルを採取して調査したところ、カビ毒であるマイコトキシンを基準値である「5μg/kg」以上含んでいたサンプルが数多く発見された。具体的には、全サンプル中「デオキシニバレノール」が100%、「フモニシン」が88%、「アフラトキシンA」が81%の確率で検出された(→出典)。
 日本では「ペットフード安全法」によって有害物質の上限が設けられ、上記したようなフード汚染が起こらないよう配慮がなされています。しかし「農林水産消費安全技術センター」(FAMIC)が抜き打ち検査で調査する成分はごく限られたものであり、また調査する年度によって分析項目が違ったりします。ですから、選んだフードが本当に安全かどうかを確認するためには、メーカーに直接問い合わせ、どのような衛生管理を行ってるかを確認し、購入者本人が納得するほかありません。疑い出すときりがありませんが、最低限ペットフードの製造過程を理解すると同時に、リコール情報には敏感になっておいた方がよいでしょう。 ペットフードができるまで

汚染された生の食品を避ける

 「犬にとってベストな食事は野生環境における生の物」もしくは「生肉は犬にとって滋養強壮になる」という強い信念から、犬に対して未調理の生肉を与える人がまれに見られます。しかしこの行為は、犬のみならず、人間にも食中毒を引き起こしうる危険なものです。以下に一例を示します。
生食給餌の危険性
  • 2006年・アメリカ ドライフードから24サンプル、缶詰めから24サンプル、そして、牛肉、羊肉、鶏肉、七面鳥肉からなる20種類の生食品から合計240サンプルを採取して調査したところ、大腸菌は153サンプル(53%)、サルモネラ菌は17サンプル(5.9%)から検出された。サルモネラ菌が検出されたのは、全て生食品からだった(→出典)。
  • 2009年・アメリカ 犬の食餌として生肉を与えている家庭と与えていない家庭を比較調査したところ、サルモネラ菌が生肉の5%(2/40)、生肉を食べた犬の排せつ物の14%(6/42)、生肉を与えている家庭の掃除機の10.5%(4/38)から検出された。一方、非生肉食の犬の排せつ物からサルモネラ菌は検出されず、家庭の掃除機からも4.5%(2/44)しか検出されなかった(→出典)。
 上記したように、生の食餌に含まれていた病原菌が人間の手に付着し、それが原因で飼い主の方が食中毒にかかってしまうという危険性があるわけです。犬と飼い主双方の健康を維持するためには、厚生労働省が推奨している食中毒予防法をよく読み、日ごろから気をつけることが必要となります。以下は「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」からの抜粋です。 家庭でできる食中毒予防の6つのポイント
食中毒予防のポイント
  • 生食品の購入肉、魚、野菜などの生鮮食品は新鮮な物を購入する。
  • 生食品の保存細菌の多くは10℃で増殖がゆっくりとなり、-15℃で増殖が停止するため、冷蔵庫は10℃以下、冷凍庫は-15℃以下に維持する。
  • 生食品の下準備生の肉、魚、卵を触った後はよく手を洗い、包丁やまな板は、肉用、魚用、野菜用と別々にそろえて使い分ける。
  • 生食品の調理食品の中心温度が75℃になってから1分間以上加熱することを目安にする。調理後は室温で放置せず、冷蔵庫や冷凍庫に入れる。
  • 生食品の食事調理後の食品は放置せず、なるべく早く食べる。温かい料理は65℃以上、冷やして食べる料理は10℃以下にするのが目安。