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犬の幸せ要因・ストレス要因

 家畜動物の場合、ストレスの無いことが幸福の定義とされます(HouptやWolfeら)。犬を始めとするペットの幸せを実現するためには、まず何が動物たちを不快にし、何が動物たちを幸福にするかを、しっかりと把握することが必要です。

犬を突き動かす情動

 「動物感覚」の著者、テンプル・グランディン女史は、人間や犬を含めた動物はみな、4つの深層情動(しんそうじょうどう)の上に4つの基本的な社会的情動(しゃかいてきじょうどう)を持っている、という説を展開しています。この考えは、犬の状態を推察する上でも役立つと思われますので、以下にご紹介します。なお「情動」とは、内に秘めた感情という意味ではなく、動物をある行動に駆り立てる強い感情の動きを指します。 動物感覚(NHK出版, P128)
動物の基本的な情動
深層情動
怒り 恐れ 追跡衝動 好奇心
社会的情動
分離不安 性欲 社会的愛着 遊び
 こうした情動を満たしたとき、動物の中では快感(幸せ)が生じ、逆に放置したときには不快(ストレス)が生じます。さて、上記区分はやや学術的で分かりにくいため、当サイトでは動物に快・不快を与える要因を以下のようにまとめて話を進めていきたいと思います。
動物の快と不快要因
不快・ストレス要因
怒りの発生 恐れの発生 欲求不満の発生
快・幸せ要因
怒りの解消 恐れの解消 欲求の解消
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ストレスを科学する

 情動を満たしたとき動物の中では快感(幸せ)が生じ、逆に放置したときには不快(ストレス)が生じると述べましたが、ストレスにさらされたとき、人間でも動物でも体内では同じような変化が起こることが知られています。

ストレスとは何か?

 そもそもストレスとは一定状態に保たれた体の内部環境を乱すような内的・外的刺激のことです。具体的には、痛い、暑い、寒い、のどが渇いた、おなかが空いたという肉体的なものから、退屈だ、自由に動き回れない、人通りがわずらわしいなど、欲求不満による苦悩といった精神的なものまでを含みます。また各種ストレスに対する生体のリアクションは「ストレス反応」と呼ばれ、詳細に研究されています。
 ストレスにはそもそも、苦痛や苦悩という不快感を認識させることにより体の内部環境を正常に戻そうとする、すなわちホメオスタシス(下記ボックス参照)を実行する駆動因としての側面があります。
ホメオスタシス
 ホメオスタシスとは、1859年頃にフランスの生理学者クロード・ベルナールが提唱した概念で、日本語では「恒常性」(こうじょうせい)と訳されます。
 体温や血圧、体液の浸透圧やpHなどをはじめ病原微生物やウイルスといった異物(非自己)の排除、創傷の修復など、生体機能を一定に保とうとする働きのことを指します。
 痛みを感じない「先天性無痛無汗症」という極めて珍しい病気の患者は、痛みを感じないがゆえに、自分の唇を噛み切ったり目をこすりすぎて傷つけたり、骨折があっても放置してしまうといいます。つまり痛みを始めとするストレスには人間の行動を正常範囲内に抑制し、身体への損傷が広がらないようにするという役割があるというわけです。

ストレスに対する生体の反応

 動物にストレスがかかると、不快な刺激を何とか取り除こうとして体内環境を変化させたり、具体的なアクションを起こしたりします。こうした一連の反応をストレス反応と言います。

生理学的ストレス反応

 ストレスに反応するときの生理学的変化としては、主に以下の3つが挙げられます。「生理学的」とは、肉眼ではとらえられない分子レベルのことです。
ストレスへの生理学的反応
  • 視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸) 血漿中グルココルチコイド濃度の増加。免疫・性腺系の抑制。エンドルフィンの分泌促進とドーパミン系の解放。敵に見つからないようじっと息を潜める「保守/回避反応」を引き起こす。
  • 自律神経系 交感神経活動上昇による血漿中アドレナリン、ノルアドレナリン濃度の上昇、および心拍出量の増加。血糖値の上昇。筋肉や内臓から血液を引き上げることによる胃潰瘍などの障害誘発。怒りの情動をもって敵に歯向かったり、逆に恐怖の情動を持って敵から逃げたりする「闘争/逃避反応」を引き起こす。
  • 中枢神経系 カテコールアミン系神経核の活性化による覚醒と不安の誘発。葛藤行動や異常行動の発現。

汎適応症候群(GAS)

 ストレス反応を時間的に分類したときのモデルとしては、Selyeが提唱した汎適応症候群(はんてきおうしょうこうぐん, GAS)が有名です。「警告反応期」は急性のストレスに対する反応であり、「抵抗期」および「疲憊期」(ひはいき)はストレスが長引いたときの反応と言えます。
Selyeによるストレス反応の3ステージ
  • 警告反応期 交感神経系によって「闘争/逃走」反応が引き起こされる。筋肉をすばやく収縮させる準備として血液が充満する。無期限に維持できるものではないため、数時間~数日の内に死んでしまうこともある。
  • 抵抗期 ストレス因子が即座に解消されず継続している場合に起こる。ストレス下でも機能が果たせるように心身を適応していく期間。グルココルチコイドの過剰産生とリンパ球数の減少を特徴とする。免疫障害が起こり、疾病に罹患しやすくなる。
  • 疲憊期 動物の生物学的機能が損なわれ、環境に適応することができなくなる。生理学的機能が損なわれた結果、動物は死んでしまう。
 2016年、イタリア・ミラノ大学を中心とした獣医学チームが行った調査では、ストレスがガンの発症因子になっていることが示唆されました(→詳細)。よくあるストレスの要因として挙げられたのは、家族との永続的な別離(死別など)、新しいメンバーの登場(結婚や出産など)、引っ越し、ルーチンの変化(散歩時間の変更など)、規則正しい習慣の欠落、トラウマになるような出来事や手術などです。上記「抵抗期」で解説したように、長期的なストレスが免疫力を低下させ、体内にあるガン細胞の増殖を抑えきれなくなることが発症メカニズムだと推測されています。
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犬のストレスサイン

 動物の経験しているストレスを第三者が知ろうとするとき、コルチゾールなど生理学的な指標を用いる方法が代表格ですが、これは一般人が手軽に行えるものではありません。私たちが日常的に行えるのは、肉眼で動物たちの行動を観察するという方法です。

動物の見せる痛みのサイン

 2004年、Gregoryが発表したデータによると、痛みを認識している動物によく見られる行動には、主に以下のようなものがあります。犬や猫などのペット動物にも応用できる一般的なものですので、頭の中にメモしておくと便利です。 動物園学(文永堂出版, P230)
動物の痛みのサイン
  • 異常な姿勢、足取り、速度、警戒行動
  • うめく、くんくん鳴く、キーキー鳴く、叫ぶ、うなる、シャーという威嚇音を出す、吠える
  • 移動、あるいは触診の際に攻撃や後ずさりをしたり身を引いたりする
  • なめる、かむ、咀嚼する、引っかく
  • 頻繁に姿勢を変える、そわそわする、転がる、身もだえする、蹴る、尾を振る
  • 呼吸パターンの乱れ、浅い呼吸、速い呼吸
  • 筋肉の緊張、振るえ、けいれん、ひきつけ、いきみ
  • うつ状態、不活発、隠れる、横たわって動かない、隠れ場所にこもる、不眠
魚の痛み 魚類も痛みを認識している可能性がある  2003年、Sneddonが行った実験により、魚も痛みを感じているという可能性が示唆されました。
 彼はニジマスの唇部分に有害物質(酢酸0.1ml)を注射した後、鎮痛薬であるモルヒネを注射するという実験を行いました。結果、モルヒネなしのニジマスが身もだえしたり唇を砂にこすり付けるなど、痛みに関連した行動を示したのに対し、モルヒネを打たれたニジマスはそうした行動をほとんど見せなかったそうです。
 このことから、私たち同様、魚も痛みを認識することができのではないかという考え方が近年になって出てきました。今後この可能性が事実として実証されれば、魚の活きづくりをお気楽に食するということはできなくなるかもしれません。

動物の見せるストレスサイン

 ストレスがなかなか解消されず、不快感や欲求不満が蓄積されると、動物は時に葛藤行動(かっとうこうどう)と呼ばれるおかしな行動を見せることがあります。 アニマルウェルフェア(東京大学出版会)
葛藤行動
  • 転位行動(てんいこうどう) 拮抗する2つの欲求がぶつかり合い、本来の目的とはまったく別の行動をとること。たとえば、怒られた猫が急に毛づくろいを始めたり、ケンカの途中で牛が急に草を食べ始めたりするなど。苦痛や苦悩による心理的な興奮を鎮める機能があるとも言われている。
  • 転嫁行動(てんかこうどう) 本来の対象とは違う対象に向けられた八つ当たり行動。ブタが退屈から来るストレスで仲間のしっぽをかじってしまう「尾かじり」や、吸乳行動の足りない子牛が乳が出るわけではないのに延々と乳房に吸い付き続ける「臍帯吸い」など。
  • 真空行動(しんくうこうどう) 対象が無いのに行う行動。ニワトリが砂も無いのに砂浴び行動をしたり、ブタがワラも無いのに巣作り行動をするなど。
 さらに、葛藤行動の原因が取り除かれないまま長期化すると、動物は異常行動(いじょうこうどう)と呼ばれる病的な行動をとり始めることがあります。
異常行動
  • 常同行動(じょうどうこうどう) 明確な目的が無いまま単一動作を長時間繰り返すこと。ウシの舌遊び・異物なめ・熊癖(ゆうへき=左右に体を揺さぶること)、ウマのさく癖(上の切歯を棒などに引っ掛けて空気を飲み込む)・回遊癖、ブタの柵かじり、偽咀嚼、ヤギの頭回転、往復歩行、ニワトリの頭上下、頭振りなど。
  • 異常反応 環境からの刺激に対する反応が過剰だったり無反応だったりすること。ウシやウマが犬座姿勢をとって周囲に無関心になったり、逆に過剰な多飲多食で胃袋が破裂してしまうなど。
  • 異常生殖行動 正常な生殖行動を営めなくなること。騒音の多い場所でオスの個体がインポテンツになったり、メスが育児放棄・カニバリズム(仔を食べてしまうこと)、授乳拒否、仔殺しをするなど。
  • 変則行動 動物が本来持っている固定的な動作パターンが変化してしまったもので、ウシが犬のように犬座姿勢をとるなど。
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