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犬の欲求

 犬は様々な欲求を抱きながら生きていますが、この欲求を満たしてあげることが動物の幸福につながり、逆にないがしろにすることが欲求不満・ストレスの原因となります。

犬の欲求の種類

 犬の欲求は生理的欲求安全欲求、および行動欲求とに分けられます。「生理的欲求」は生きていく上で欠くことのできない欲求、「安全欲求」は不快から解放されようとする欲求、そして「行動欲求」は生きていく上で必ずしも必要ではないものの、極めて重要な欲求の事を指します。具体的には以下。
犬の基本的欲求
  • 生理的欲求食べる・飲む・眠る・体温を維持する・排泄をする・呼吸をする
  • 安全欲求病気・怪我などから解き放たれる
  • 行動欲求探索する・追いかける・触れ合う・遊ぶ・交尾する
動物感覚(NHK出版, P128) 動物への配慮の科学(チクサン出版, P44)
 上記した動物の欲求リストは、アメリカの心理学者、エイブラハム・マズローが提唱した人間の「欲求階層説」を元にして、Curtisらがまとめた概念に近いものです。マズローの欲求階層説とは、人間が基本的に有している欲求ヒエラルキーのことであり、以下のようにまとめられます。
マズローの欲求階層説
  • 生理的欲求 生命維持のための食事・睡眠・排泄等の本能的・根源的な欲求。
  • 安全の欲求 安全性・経済的安定性・良い健康状態の維持・良い暮らしの水準、事故防止、保障の強固さなど、予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求。
  • 所属と愛の欲求 情緒的な人間関係や他者に受け入れられているという感覚、および何らかの組織や集団に所属しているという感覚に対する欲求。
  • 承認(尊敬)の欲求 自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求。
  • 自己実現の欲求 自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。
人間と動物の欲求階層比較図  この人間の欲求階層説を動物向きにアレンジしたのが、先述したCurtis(1987)です。彼は「他人から認められたい」や「夢を実現したい」といった人間特有の高度な欲求を取り除き、「生理的欲求>安全欲求>行動欲求」というシンプルな三段階に分類しました。またこの三段階は、イギリスのブランベル委員会が定めた家畜動物の5つの自由、すなわち「飢えと渇きからの自由」・「不快からの自由」・「痛み・怪我・病気からの自由」・「恐怖や苦悩からの自由」・「正常な行動を表出する自由」をシンプルに言い換えたものともいえるでしょう。
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犬の生理・安全欲求を満たす

 犬の生理的欲求を満たすとは、生きていくうえで必要な環境を整えてあげるということです。また安全欲求を満たすとは、犬が病気や怪我にさいなまれないように配慮してあげるということを指します。この2項目に関しては飼い主として常識的な知識さえあれば十分クリアできるものですが、以下では念のため項目別に参考ページをリンクしておきます。記憶や自覚があやふやな方はご参照ください。
犬の生理・安全欲求を満たすには?
 上記したように、適正な量のエサや水を与え、暑い日は散歩の時間をずらし、常に清潔なトイレを用意してあげるという、飼い主としては当然のことを行っていれば、自然と犬の生理的欲求と安全欲求とを満たすことができます。「そんなの当たり前だろ!」とお思いでしょうが、パピーミル(犬を軟禁してただひたすら子犬を産ませ続ける悪質なブリーダーのこと)のように、繁殖犬をケージの中に閉じ込め、1日1回しかエサを与えず、換気もせず、糞便も垂れ流し状態のまま放置するといった、必要最低限の飼養さえできていない人も中にはいるのです。
 また、動物愛護法の第一節の第7条では以下のように定められています。
 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者としての責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない
 すなわち犬の生理的欲求を満たさないことは、動物福祉を著しく損なうばかりでなく、犯罪行為でもあるわけです。
 なお、日本ではあいまいな表現にとどまっている飼養義務ですが、ドイツでは通称「犬法」と呼ばれる法律により、以下のような項目が飼育者の義務として明文化されています。 犬を殺すのは誰か(朝日新聞出版, P111)
ドイツの犬法
  • 運動  犬は戸外において十分な運動と飼育管理しているものとの十分な接触が保障されなければならない。
  • 休息場所  戸外で犬を飼育するものは保護壁、及び床断熱材を使用した日陰の休息場所を提供しなければならない。
  • 採光と換気  犬を室内で飼育する条件として、生活リズムのための採光と新鮮な空気が確保できる窓がなければならない。
  • 犬小屋  犬舎の大きさは少なくとも犬の体長の2倍の長さに相当し、どの1辺も2メートより短くてはいけない。体高50センチまでの犬の場合、犬舎の最低面積は1匹あたり6平方メートルなければならない。
  • 衛生管理  飼育管理するものは犬の生活環境を清潔に保ち、糞は毎日取り除くこと。
 上では生理的欲求と安全欲求とについて見て来ましたが、これらはどちらかと言えば「犬を苦痛から解放する」という点に主眼が置かれていました。それに対して犬の行動欲求を満たすとは、生死に直結しないものの、生きていくうえで極めて重要な欲求を充足してあげることを指し、「犬に幸せを感じさせる」という点に主眼が置かれています。「死ぬわけではないのなら重要ではないでしょ?」と軽視されがちですが、ただ単に動物を苦痛から解放することのみならず、動物たちに「楽しい」とか「幸せだ」と感じさせるために働きかけることが、今後のアニマルウェルフェア(動物福祉・動物への配慮)の進む道だと思われます。アニマルウェルフェアとは、苦痛からの解放のみならず、積極的な幸せの創出も含む概念  犬にとって楽しいこととは何かという命題に関し、満場一致で賛同されるような結論を導き出すことは非常に難しいことです。しかし以下では最新のエビデンス(科学的証拠)に基づいた犬の行動欲求について、いくつかご紹介していきたいと思います。
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探索する

探索するという行為は快楽中枢と深く関連している  探索するという行為は、犬の深層情動である好奇心を満たす行為です。犬の好奇心を満たしてあげることは、動物の幸せを考える上で非常に重要な観点となります。なぜなら、かつて快楽中枢と呼ばれていた部位は、近年では好奇心をつかさどる部位であると考えられるようになり、好奇心と快楽とが密接に関わっていることを示す有力な証拠となっているからです。
 「動物感覚」の著者、テンプル・グランディン女史は「人間や動物には、脳を刺激する新しいものがなくてはならない」と述べ、脳の中に埋め込まれている好奇心・関心・期待を活性化することの重要性を強調しています。また「情動神経科学」の著者、ヤーク・パンクセップ博士は、好奇心や関心に関係する脳の部位を「探索回路」と呼び、生活に必要なものを探し出そうとするこの強烈な衝動のおかげで、人間や動物は生きていられるとしています。

犬の好奇心を満たす方法

 犬の好奇心を満たすためのアイデアとしては、たとえば以下のようなものがあります。ポイントは、犬にとって見たことも聞いたことも無い新しい刺激を与えるという点です。新しいものに接し、好奇心を刺激すること自体が犬の快感を引き出してくれます。
探索/好奇心を満たす
  • 新しいおもちゃ  常に新しい犬用おもちゃをあてがってあげることは犬の好奇心を満たします。
  • 新しい散歩ルート  いつもとは違う散歩ルートを通ることで、新しい風景、新しい匂い、新しい音など、犬にとって刺激的な情報をたくさん与えることができます。
  • 旅先の新しい風景  近年はペットと泊まれる宿も増えてきています。たまには休暇を利用して犬と旅行するのもよいかもしれません。また、ドッグランを備えたPAやSAもたくさんありますので、ドライブだけでも十分犬の探索欲求を満たすことができると思います。
  • 新しい友達  ドッグランやドッグカフェなどにいけば、新しいお友達ができるかもしれません。見知らぬ犬のお尻を嗅ぐことは、犬の好奇心を大いに満たしてくれます。また、普通に散歩しているだけでも、新しいお友達と出会う機会が増えます。
  • 新しい遊び  室内でも室外でも、今まで見たことのない道具や、今まで行ったことのない場所で体を動かすことは、犬の好奇心を十分に満たしてくれるでしょう。

好奇心と快感の関係

 さて、好奇心と快楽とは密接につながっていると先述しましたが、この仮説は以下に述べるような実験結果から生まれたものです。 動物感覚(NHK出版 ,P130)
好奇心と快感
  • 動物を用いた実験では、電極を好奇心・関心期待システムに埋め込むと、疲労困憊してぶっ倒れるまで自分でスイッチを入れ続ける。
  • 脳のこの部位を刺激されている動物が、あたかも強い好奇心があるように行動する。
  • 脳のこの部位を刺激されている人間が、楽しくて興味津々だと述べる。
  • 脳のこの部位は、動物が近くに食べ物がありそうな気配を感じると活発になり、実際に食べ物を見ると活動が止まる。
 こうした事例から考えると、好奇心と快楽とが不可分の関係にあることがよく理解できます。自分にとって有利な何かに向かって、好奇心を抱きながら近づいていく過程自体が、動物にとっての楽しみになっていると言い換えることもできそうです。
犬の好奇心を満たすためには、常に新しい刺激を与えること。  動物におもしろいおもちゃをどっさり与えて遊ばせ、それから数週間後に新品のそれほどおもしろくないおもちゃをひとつ与えると、たとえそれが前のおもちゃほどよくなくても、必ず新しいほうを取るといいます。また、個別に飼育されているオウムのカゴに新しいものを入れれば入れるほど、ストレスが関係している羽むしりの行為が少なくなるといいます。これらは新しいものを与えてワクワクを感じさせることが、動物にとっていかに重要であるかを考えさせてくれる事例と言えるでしょう。
犬のネオフィリア
 ネオフィリア(neophilia)とは犬の持つ新しいものを好む傾向のことを意味します。17頭の犬を対象に行われた実験では、なじみのあるおもちゃ2つと真新しいおもちゃ1つを提示されたとき、50回中38回は、新しいおもちゃを真っ先に選んだといいます。このことから研究者は、「犬の祖先が人間に近づこうとしたのは、このネオフィリアという特性があったからではないか」と推測しています。 Neophilia in domestic dogs
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追いかける

 追いかけるという行為は、犬の深層情動である追跡衝動を満たす行為です。
 犬の祖先はタイリクオオカミですが、獲物を狩ることで生きてきた犬やオオカミには、獲物を追いかけようとする追跡衝動(ついせきしょうどう)があります。追跡行動は通常、捕食性攻撃(ほしょくせいこうげき)とワンセットになっていますが、これは首に食らいついてブンブン振り回すなど、獲物にとどめをさす行動のことです。追跡行動と捕食性攻撃を合わせて捕食行動(ほしょくこうどう)といいます。

捕食行動を生み出すもの

動くものを追いかけるのは、犬に備わった生得的な固定行動パターン  犬に捕食行動を取らせているのは、深層情動の一つである追跡衝動です。
 深層情動は全ての動物に共通する情動であると先述しましたが、マウスなどの被食動物(いわゆるエサとなる動物)の脳に電気的な刺激を与えると、同じように捕食性攻撃を誘発できるといいますので、確かにさまざまな動物にこの情動は先天的に備わっているようです。
 捕食行動は脳への電気刺激でも誘発できますが、直接的な誘引は「急な動き」を視覚を通してとらえることです。過去に起こったライオンやトラによる人間襲撃事件を検証してみると、そのほとんどにおいて「急な動き」(とっさに身をかがめる、急に立ち上がる、道具を落とすなど)が原因となっていると言われます。「犬に背中を向けて走り出してはいけない」という教訓がありますが、これは犬の捕食行動を誘発しないための経験則と言えるでしょう。

捕食行動は楽しい

 捕食のための殺しは、探索回路と基本的に脳の同じ領域で生じており、怒りを伴わないことが確認されています。この怒りを伴わない捕食性攻撃のことを、一部の心理学者はいみじくも静かな噛みつきと表現しています。
 探索回路とは好奇心に突き動かされて自分の周囲を探検するときに活性化する脳の部位で、ワクワク感を伴います。すなわち、犬が獲物を追いかけているときに感じているのは、怒りとは真逆のワクワク感だということです。犬の怒りで述べた「熱い攻撃」とは、この点において決定的に違います。犬にとって何かを追いかけてそれをつかまえ、最終的に攻撃を加えるという行為は、それ自体がとっても楽しいレクリエーションといったことろでしょう。
ルアーコーシング
 ルアーコーシングとは、アフガンハウンドボルゾイなどのサイトハウンド向けのドッグスポーツです。犬たちは電動モーターで動かされるルアー(擬似餌のウサギ)を追いかけてコース上を走りますが、これは彼らのもつ追跡衝動を利用した競技の一種と言えます。

野生における捕食行動

 野生における捕食行動の特徴を一言で現すと、「無益な殺生をしない」となります。野生環境に暮らす捕食動物は、多くの場合ぎりぎりのカロリーで生きています。自分にとってエサにならないものを無意味に追いかけ、無駄なエネルギーを消費するという行動は、本能が許しません。また、狙った獲物を捕らえた後は、必ずエサとして食べます。つまり先述したように「無益な殺生をしない」というのが野生動物の行動原理なのです。
 一方、飼育されてエサを豊富に与えられている捕食動物は、時として遊びで獲物を殺します。自分が殺したネズミをおもちゃにする猫や、意味もなくリスを殺す犬の話などがその好例です。
 こうした無益な殺生をする背景には、エネルギーが有り余っていること、そして獲物を食べるという行動を親から教わっていないこと、そして何より「獲物を殺すことが楽しい」と感じてしまう捕食動物としての本能などがあります。

犬の捕食欲求を満たす

捕食行動の代替としてのフリスビーやフェッチ  犬が楽しみのために捕食行動に走ることは分かりましたが、生きているネズミを犬の前に差し出し「さあ、思う存分に殺しなさい!」というわけにはいきません。
 犬の本能的な捕食欲求を満たすためには、ボールやフリスビーなどでとってこいをするなど、当たり障りの無いものを用いることが大事です。
 先述したとおり、追跡衝動を喚起するのは急な動きです。無邪気に駆け回る子供、自転車、通行人、自動車など、散歩の途中で急な動きを見せるものはたくさんあります。こうした誘発因子を見ても、犬が衝動的に捕食行動を取らないようにしつけておくことが飼い主としての責務となります。具体的にはオスワリフセマテリーダーウォークのしつけなどが役に立つでしょう。
 また、特に子犬の社会化期において、なるべく多くの人や動物と接触させて社会性を築いておくということも大事です。こうした学習を終えておくと、自分にとって何がエサで何が仲間かということを自然に理解できるようになり、無意味な追跡行動を抑えることができます。 子犬の社会化期
捕食行動とストレス  犬が捕食行動に駆り立てられているとき、体内ではアドレナリンやコルチゾールといったホルモンが分泌されていると考えられます。これらのホルモンは別名「ストレスホルモン」とも呼ばれますが、瞬間的には犬を捕食行動に促す半面、あまり長時間にわたって分泌されると、その名が示すとおりストレスを生み出してしまいます。
 よって、取ってこい(fetch)やフリスビー、および綱引き(tug of war)など、犬の狩猟本能を喚起するような遊びは、「腹八分目」くらいでとどめておいたほうがよいでしょう。
 なお、「取ってこい」で遊ぶ際は、木の枝を用いないでください。口の中を傷つけてしまうことがあります。
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触れ合う

ふれあいは、社会的動物になくてはならない要素  触れ合うという行為は、犬の社会的情動である社会的愛着を満たす行為です。
 社会的愛着とは他の個体と交わりたい、触れ合いたい、仲間になりたいという欲求のことで、ほとんどの哺乳動物に備わっている非常に重要な欲求です。この社会的愛着があるからこそ、生まれたばかりの子獣は母親の体に寄り添い、体温を分けてもらうことで生き延びることができます。また、社会的愛着があるからこそ、成獣は仲間と群れを成して狩をし、狩猟の成功確率を高めることができます。このように動物は、社会的愛着なくしては生きていけないのです。

社会的愛着と快感

 動物は好きな人と一緒にいたり、好きな人に触れられるなど、社会的愛着が満たされたとき、体内でオピオイドシステムと呼ばれる神経回路が活性化し、エンドルフィンと呼ばれる物質が放出され、心地よさを感じます。エンドルフィンとは脳内麻薬の一種で、体内の痛みや苦痛を軽減するための天然モルヒネのことです。
社会的愛着に関する実験
  • パンクセップ博士の実験  ヤーク・パンクセップ博士は、ナルトレキソンという物質を動物に投与し、実験的に体内のオピオイドシステムを抑制しました。すなわちエンドルフィンの分泌を停止して苦痛を感じさせたのです。すると犬は他の犬と仲良くしようとしっぽを振る回数が多くなり、サルは互いに毛づくろいをする回数が増えたといいます。このことは、他者とふれあうことで社会的愛着が満たされ、不足していたエンドルフィン値が回復することを意味しています。
  • ジャン・ミシェル・フォールの実験  フランスのジャン・ミシェル・フォールがウズラを用いて行った実験によると、恐怖心と社会的復帰願望は比例するとのことです。すなわち恐怖を強く感じていればいるほど、仲間のところに戻りたいという願望が強まるということを意味します。これは捕食動物や被食動物にかかわらず、どんな種類の動物にもあてはまるとのこと。
 こうした事例からも、社会的愛着が恐怖というネガティブな感情を打ち消してくれる鎮痛薬として機能しうることがうかがえます。

分離不安と苦痛

 社会的愛着が満たされないひとりぼっちの状態は社会的苦痛、より馴染み深い表現を用いれば分離不安(ぶんりふあん)と呼ばれます。
 脳内に電極をはめ込んで行った実験によると、この分離不安は、脳内で疼痛(黙っていても痛い状態)、場所への愛着、体温調整をつかさどる部位と同じ領域によって作り出されることが確認されています。私たちが親しい人と別れたときの苦しさを「心が引き裂かれる」・「心が寒い」と表現しますが、これは脳内における活性部位と無関係ではないのかもしれません。
分離不安
 VoithやBorcheltらは分離不安を「高度に社会的な状態と関連する分離から生じる苦悩反応」と仮定しており、分離不安に起因する主な問題行動として排泄、破壊行動、発声(無駄吠え・クンクン鳴きなど)を報告しています。

犬の社会的愛着を満たす

 社会的愛着を満たすことが犬に快感を与え、分離不安に陥れることが苦痛を与えることが分かりました。では、犬に備わっている社会的愛着を満たすには、一体どうすればよいのでしょうか?主な方法としては以下のようなものがあります。

スキンシップ

 社会的愛着を満たすためには、マッサージや遊びなどを通じてスキンシップをはかることが重要です。スキンシップの重要性は、2016年に行われた調査でも確認されています。この調査では、研究機関で飼育されている犬のストレスレベルを測るため、設定の異なる2つの施設が用意されました。それぞれの施設に犬を収容して観察を行った所、トレーニングセッションを通して人間と頻繁に接しているグループの方が、人間と接する機会が少ないグループよりも、安心感を示すポジティブな指標を多く記録したといいます(→詳細)。
 このようにスキンシップには、犬の不安を軽減し、安心感を増やす効果があるのです。恐らく、人間と触れ合うことで体内のオピオイド濃度が高まり、社会的要求が低下して孤独耐性が強まるのでしょう。
スキンシップ効果
 南アフリカ・プレトリア獣医学校のJohannes Odendaal教授らが行った実験では、人と触れ合っている犬の体内ホルモンに変化が起こることが確認されました。具体的にはオキシトシンの血中濃度が5倍、そしてエンドルフィンとドーパミンが2倍になったそうです。

分離不安を軽減する

 分離不安を感じさせないことも、社会的愛着を満たすことと同じくらい重要です。留守番のしつけなどを通して普段からひとりぼっちでいることに慣れさせておけば、飼い主の姿を探してギャンギャン泣き喚くことも少しは減ると思われます。これは犬の無駄吠えという問題行動を減らすと同時に、犬の苦痛を緩和するという意味もあります。

圧力療法

 動物は、体に優しく圧力を掛けるとオピオイドシステムが活性化し、社会的愛着が擬似的に満たされるようです。
 自閉症という特異な観点から動物の感覚を見抜くテンプル・グランディン女史は、柔らかい当て布をした合板の間に自分の体を挟むことで、人とのつながりを感じた、と述べています。
 またヤーク・パンクセップ博士は、ウレタンフォームを四角にくりぬき、生後1日のヒヨコをその中に入れました。すると母親から引き離されたときに出す不安の鳴き声がうんと少なくなったといいます。
 さらに攻撃的なグレートデン3匹を、カラスムギで満たされた箱型の全身拘束器に入れ、首だけ出した状態にしたところ、すっかりおとなしくなり、次にその箱を見たときはうれしそうに自分から入って言ったといいます。
 このように、体全体に軽い圧力を加えることは体内におけるオピオイドシステムを活性化してエンドルフィン濃度を高め、動物に幸せを与えるようです。こうした手法は時に圧力療法(あつりょくりょうほう)ともよばれ、この理論を応用した「アンクザイエティ・ラップ」のような商品も開発されています。
アンクザイエティ・ラップ
 アンクザイエティ・ラップ(Anxiety Wrap)とは、2001年、スーザンシャープによって開発された商品で、犬の胴体にやさしく圧を加えることでストレスや恐怖を軽減する効果があるとされます。 The Anxiety Wrap&reg 犬のストレスや恐怖を軽減する効果があるとされる「アンクザイエティ・ラップ」(Anxiety Wrap)
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遊ぶ

遊びは犬の心と体、両方にとって重要  遊ぶという行為は、犬の社会的情動を満たす行為です。
 遊んでいるとき、動物の脳内では快楽物質エンドルフィンが分泌されていることが確認されていますので、日常生活の中にうまく遊びを取り入れることが、動物の幸せにつながります。
 なお、脳の前頭葉と呼ばれる部分の発達と遊びへの興味は反比例するようです。すなわち、前頭葉が発達すればするほど「まじめ」になり、遊びへの興味を失うというものです。前頭葉が脳に占める割合は、人で29%、犬で7%ですので、神経学的に見ると、前頭葉による抑制の少ない犬のほうが、人間よりも遊び好きということになります。

遊びと快感

 動物が遊んでいるとき、その脳内ではオピオイドシステムが活性化し、大量のエンドルフィンが分泌されることが確認されています。エンドルフィンは快感を作り出す物質ですので、遊んでいるときの動物は大なり小なり幸せを感じていることは疑う余地がありません。
 オオカミ研究で有名なエリック・ツィーメンは、カナダ西部のブリティッシュ・コロンビア州の湖で、5匹のオオカミがぶっ続けで5時間も遊んでいる姿を観察しました。また「犬たちの隠された生活」(草思社)の著者、エリザベス・M・トーマス女史は著書の中で、空想上のリスを相手に丘の斜面で「シャドー鬼ごっこ」をする犬の話を語っています。こうしたエピソードは、犬にとって遊ぶことがいかに楽しいかを示す好例と言えるでしょう。
 このように犬にとっての遊びとは、遊ぶことそれ自体が最大の目的なのかもしれません。

遊びの目的

 遊びをつかさどる脳の全体像は現在解明されておらず、また行動調査をしても動物が遊ぶ理由は完全には分かっていません。幾つかの仮説を列挙すると以下のようになります。
遊びの目的・役割
  • 遊ぶために遊ぶ  先述したとおり、遊んでいるときの脳内ではエンドルフィンが分泌され、幸せに満たされます。ですから遊びの内容うんぬんではなく、遊びそれ自体が目的になっているという考えは、もっとも現実味のあるものと言えるでしょう。
  • 勝ち負けを学習する  どんな動物も勝ち役と負け役を交代する「自己ハンディキャッピング」をすることから、けんかごっこの目的が、動物に勝ち方だけを教えることではなく、勝ち方と共に負け方を教えることを意味している可能性があります。
  • リアクションの予行演習  チェコの動物学者マレク・スピンカ博士は、遊びは真新しいものやびっくりするようなものなどへの対処の仕方を幼い動物に教えるのではないかと考えています。たとえば突然足場が崩れてバランスを崩したときや、獲物が急に方向転換したときの身のこなし方を、遊びを通じてあらかじめシミュレーションしているというものです。
  • 小脳を発達させる  アイダホ大学のジョン・バイヤーズらは、追いかけっこや飛んだりはねたりぐるぐる回ったりする「運動に関わる遊び」が、姿勢や平衡感覚、筋肉の強調をつかさどる小脳を発達させる役割を担っていると主張しています。
  • 軍事訓練  遊びとは、成長したとき、けんかで勝つように幼い頃から練習しているのだ、という古典的な説があります。しかし攻撃をつかさどる脳の回路が、遊びをつかさどる脳の回路とは別にあること、および攻撃で見られる行動の多くは、遊び中に見られないことから、「遊びは攻撃行動の予行演習」であるというもっともらしい仮説には、現在やや疑問符が投げかけられています。
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交尾する

 交尾するという行為は、犬の社会的情動である性欲を満たす行為です。
 性欲の解消が動物に幸せを与えることは確かですが、サークルの中にオス犬とメス犬を適当に放り込み、「フリ~タイム!」と叫ぶわけには行きません。もしそのような自由放任をしてしまうと、以下に述べるような新たな問題が多々浮上してきますので、「おなかがすいた犬にエサを与える」といった単純な方法とは違う、全く新しいアプローチをしなければなりません。

性欲・性行動に起因する問題

 性欲や性行動を自由放任した場合、犬にとっても飼い主にとっても不安やストレスの種となる、さまざまな問題が発生します。代表的なものは以下です。
犬の交尾を放置すると?
  • 飼育者のいない子犬が増える  犬は多産です。1度に5匹以上の子犬を産むことが普通ですが、それらすべてに飼い主を見つけるのは至難の業です。その結果、「この子たちをお願いします」というメッセージと共に捨てられる子犬や、ダンボールに入れられて川に流される子犬、あるいは無責任な飼育放棄による行政機関での殺処分増加に拍車がかかってしまうでしょう。
  • 生殖器関連の疾病が増える  オス犬は精巣からテストステロン、そしてメス犬は卵巣からプロゲステロンやエストロゲンといった性ホルモンを体内に分泌しています。テストステロンはオス犬の生殖器の病気、そしてプロゲステロンやエストロゲンはメス犬の生殖器の病気の一部と密接に関わっています。
  • 性欲に起因する問題行動が増える  犬は繁殖期になるとオスもメスも掛け尿と呼ばれる行動を取るようになります。これは文字通り後足を高く上げておしっこを至る所に掛けることを意味しますが、犬は屋外と屋内の区別をしてくれません。
     また、性交中の体内にはバソプレシンと呼ばれるホルモンが大量に分泌されます。このバソプレシンは一夫一婦制ホルモンとも呼ばれ、1匹のつがいに対する永続的な愛情に関わっています。その反面、もし決めた相手が恋敵に取られそうな状況になると、激しい攻撃性を示すようにもなります。つまり交尾を終えた犬(特にオス)が、他の犬や、場合によっては飼い主に対しても攻撃的な振る舞いをする可能性があるわけです。
  • 繁殖期における欲求不満が増える  性欲が満たされないと、犬にも欲求不満はたまります。人間でいう「八つ当たり」のように、ストレスが無駄吠えや噛みつきといった全く別の行動に転化されることは十分に考えられます。また単純に、欲求が満たされない状況は不快以外の何物でもありません。

性欲・性行動に対する解決策

 犬の性欲がらみの問題を解決・予防するために必要なのは、不妊手術とスキンシップです。

不妊手術

 不妊手術とは、オス犬の去勢手術、およびメス犬の避妊手術のことです。この不妊手術のメリットとしては不幸な子犬を減らすこと、生殖器関連の疾病を減らすこと、性欲に起因する問題行動を減らすこと、繁殖期における欲求不満を減らすことなどが挙げられます。
 「犬の体に手を加えるのは、人間のおごりだ!」という意見もありますが、不妊手術には「犬のストレスを軽減する」という明確な意味と目的がある点で、無意味な断尾断耳とは大きく違います。

スキンシップ

 犬との適度なスキンシップは、犬と人間、両方の体内におけるオキシトシンの分泌を促進します。
犬と飼い主のスキンシップは、双方のオキシトシン分泌を促進する  オキシトシンとは、お互いに知り合いであることを思い出させる社会的記憶に関わると同時に、母親らしいあたたかさと細やかさを誘発するホルモンの一種です。一般的には性交中や出産の直前の女性で高値となりますが、実は飼い主に可愛がられる犬、そして犬を可愛がる飼い主の両方でも、オキシトシン値が上昇することが確かめられています。
 小さいものをいつくしむときの優しい気分は、ストレスを感じてギャンギャン鳴き叫んでいる心境とは対極にあるといってもよいでしょう。すなわち、犬と適度なスキンシップをとってあげると、オキシトシンの分泌を介して犬の心に安寧(あんねい)を招くことができるというわけです。性行動を制限する代わりに、スキンシップというごほうびを与えることは、犬と飼い主両方にとって好都合な、優れた代替案だと言えます。 犬のマッサージ オキシトシンが絆を作る?
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