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犬の怒り

 怒りという感情は不快です。ですから犬にとっての幸せを考えた場合、犬が怒りを感じないような環境を整えてあげることが重要となります。

犬の怒り・攻撃の誘発因子

 怒りの感情には多くの場合攻撃行動が伴います。怒りに駆られた攻撃行動は犬の欲求の項で述べる捕食性攻撃(獲物をしとめるための攻撃)とは全く別の神経回路によって生み出されるもので、強い感情を伴うことから熱い攻撃と呼ばれます。この熱い攻撃は時に他の動物や人間に向けられることもあり、甚大な咬傷事故につながることもあるので、予防することが不可欠です。
 犬の怒り、およびそれに伴う攻撃行動を誘発する代表的な要因は以下です。 動物感覚(NHK出版)

序列意識

 序列意識(じょれついしき)とは、向かい合った相手との1対1の優劣、または群れの中における自分の順位に関する意識のことです。他の個体より上に立ちたい、という意識が強いと怒りの感情につながり、時に攻撃行動が誘発されます。犬の支配的ランキング制で詳述しましたが、この意識は犬種、性別、性格、不妊手術の有無、繁殖期、飼育頭数、飼育環境、ストレスなど、極めて多種多様な要因によって影響を受ける、流動的なものです。
 たとえば、飼い主が犬に対して「じっと見つめる、頭・背中・手足をタオルで拭く、寄りかかる、ベッドやソファからどかす」などの行動を取ったとき、うなったり歯をむき出したり噛み付こうとしたら、それは序列意識から生まれる行動と言えるでしょう。簡単に言うと「人が犬になめられている」ということです。

縄張り意識

 縄張り意識とは自分の支配している領域に関する意識のことです。この縄張り意識は野生のオオカミ、飼育オオカミ、野生の犬の全てで観察されているもので、当然家庭で飼われている犬の中にも、大なり小なり同じものがあると想定されます。具体的には自分のケージや寝床の周辺、車の中、鎖で囲われた空間、食器の周辺などが縄張りとしてみなされやすく、このスペースに犬や人が入ったりすると、うなり声を上げたり噛み付いたり、怒りの姿勢を見せます。
 庭につながれた犬が郵便配達員に噛み付こうとするのは、縄張り意識から生まれる行動です。

恐怖

 恐怖は基本的に「逃げる」という行動を生み出す情動です。しかし同時に、限界を超えると突如「怒り」に変貌し、「戦う」という行動を誘発する情動でもあります。「窮鼠猫を噛む」ということわざがありますが、これは恐怖がある一定レベルを超えることで攻撃行動が生み出されることを示す好例です。
 実際の行動としては、逃げ場がなくなるまでうなり、その後に噛み付くというケースが多いようです。鼻の上にしわを寄せる、歯をむき出す、歯を当てる、うなるという怒りの表現を見せる一方、尾をたくし込む、耳を後方に引く、排尿、排便するなど恐怖を示す表現を見せることもあります。また後ろから噛み付いて逃げたり、攻撃行動の後に震えたりわなないたりするようなときは、恐怖に起因する攻撃と考えられます。

病気・怪我

 病気や怪我によって体の一部に痛みや不調が生じていると、安静にして自分の身を守ろうとする本能が目覚めます。骨折関節炎などを抱えて痛みに耐えているに犬に近づくと、怒りと攻撃を引き起こしてしまうことがありますので、力加減を知らない3歳未満の子供がこうした犬に近づくことは特に避けたいところです。
 たとえば道端でうずくまっている犬を保護しようと手を出した瞬間に噛まれてしまったり、病気の犬を動物病院に連れて行ったら獣医さんにうなってしまうなどは、痛みと護身意識から生み出される怒りの攻撃行動だと考えられます。

欲求不満

 欲求不満とは何らかの満たされない欲求とそれに伴うストレスのことであり、ストレスによる不快感が怒りの感情と攻撃行動を生み出すことがあります。人間で言うと、いわゆるイライラ状態です。
 留守番から帰ると犬が部屋中を荒らしていたというとき、ただ単に犬の行儀が悪いという問題ではなく、散歩が足りない、スキンシップが足りない、刺激が足りないなど、何らかの欲求不満が根底にあるのかもしれません。

独占欲

 独占欲(どくせんよく)とは、エサ、おやつ、おもちゃ、毛布など、犬が自分のものだと認識しているもの独り占めしようとすることです。対象物を独占しようとする気持ちが略奪者に対する怒りとなって現れ、時に攻撃行動に転じることがあります。エサやおやつなどの食べ物を独占しようとすることを「食物関連性攻撃行動」、おもちゃや毛布などの所有物を独占しようとすることを「所有性攻撃行動」と分類することもあります。
 たとえば食事中の食器に手を伸ばしたらうなったり(フードガーディング)、おもちゃのボーンを取ろうとしたら噛み付いてくるのが、独占欲に根ざした怒りと攻撃行動です。

恋敵

 恋敵(こいがたき)に対して怒りを感じるのは主としてオス犬です。繁殖期(ヒート)になりメス犬が盛んにフェロモンを放出し始めると、それにつられてオス犬の性衝動に火がつきます。結果として交尾に対する欲求が急激に高まりますが、思いを遂げるためには他のオス犬を排除してメス犬にアプローチしなくてはなりません。この「メス犬を独占したい!」という願いが恋敵に対する怒り、および攻撃行動を生み出してしまうのです。
 人間で言うと、テレビに出ているモテモテのイケメンに、恨みは無いけどなぜか悪感情を抱いてしまう状況に似ています。

母性

 母性(ぼせい)とは子供を庇護(ひご)しようとする母犬の行動全般を指します。母性に目覚めた母犬は怒りっぽくなり、わが子を守るためにうなり声を上げたり実際に噛み付いたりします。FreakやAllenらの研究によると、妊娠中や想像妊娠中、出産間近や出産後の母犬に起こりやすいとされます。
 たとえ飼い主でも例外ではなく、おとなしかった小型犬が、出産と同時に一時的に凶暴化し、子犬を抱き上げようとする飼い主の手に噛み付くことも珍しくありません。また想像妊娠中の犬がおもちゃや寝具をわが子とみなし、奪おうとするとうなり声を上げることもあります。最悪のケースでは、ストレスに耐えかねた犬が子犬やおもちゃを食べてしまうというショッキングな行動に走ることもありますので、面白半分で母性に目覚めた犬をからかうのは厳禁です。

先天異常

 先天的な異常が怒りと攻撃行動を生み出すことがあります。典型的な例はイングリッシュコッカースパニエルの激怒症候群(rage syndrome)です。また、闘犬などの目的で繁殖されてきた犬種の中には、生まれつき怒りやすいものもいます。この性向はおそらく脳内伝達物質であるセロトニンの放出濃度と関係しており、ある種の先天異常とカウントすることができるでしょう。

複合

 上記した様々な理由が、2つ以上重なり合った場合です。人間で言うと、失恋して3日間食事を取らず、財布も落とし、胃酸過多で吐き気があるようなときに、タンスの角に足の小指をぶつけてしまうようなものです。たいていの人は暴発してしまうでしょう。
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犬の怒りを予防する

 犬の幸せを実現すると同時に、咬傷事故を予防するという観点からも、犬の怒りを誘発しそうな要因を、生活環境の中から一掃するということ極めて重要となります。犬の怒りの原因がある程度つかめたら、それを予防する方法を1つ1つ考えて見ましょう。

序列意識による怒り予防

 飼い主の不用意な行動や習慣が、犬の序列意識を助長してしまうこともあります。詳細は犬のランキング意識をご参照ください。
 一方、犬同士の序列意識に起因する抗争は、社会的に成熟する18~24ヶ月齢に多く現れるといわれ、同居している犬の一方が成熟期に達した途端、年長の犬との間で悶着を起こすというケースが多く見られます。オス犬同士がほとんどですが、メス犬同士の間でもまれに起こります。犬同士の階級闘争を緩和するための方法は、一例を挙げると以下です。
序列意識による怒り・攻撃の緩和策
  • 不妊手術  まず去勢・避妊手術をすることです。1976年、Hopkinsらの研究によると、他のオス犬と格闘を続けていた年長の犬を去勢したら、攻撃行動が62%減少したといいます。また、アメリカの動物行動医学専門医Karen Overall女史も、「攻撃行動が見られる動物は去勢または避妊すべきである」と勧めています。これは、体内のホルモンバランスを変えることで、序列意識に起因する怒りや攻撃行動を抑制するという生物学的なアプローチといえます。
  • 飼い主による順位付け  次に飼い主による順位付けです。これは飼い主がいがみあっている犬のどちらか一方を優位の犬として選び、食事、愛情、遊び、散歩、関心、グルーミングなど全てにおいて優位の犬を優先的に扱うというものです。うまくいけば、劣位に置かれた犬はそのうち優位に立とうとする意欲を失い、優位犬に対する服従を自然と受け入れるようになります。
  • 行動修正  いがみ合っている2匹を隔離し、一時的に接触を禁止します。そして攻撃性の高い方の犬にオスワリマテフセの姿勢をとらせ、できたタイミングで再び2匹を合わせます。また攻撃性を示すようなら、もう一度隔離し、しばらく放置します。このように、「怒りの姿勢を見せたら無視される」という負の弱化を繰り返すことで、徐々に攻撃性を弱化させていくのが狙いです。

縄張り意識による怒り予防

 縄張り意識は犬を外飼いしている家庭でよく見られますが、犬小屋の設定がよくないと犬の縄張り意識とそれに伴う怒りを助長してしまうことがあります。具体的には、音がうるさい、人通りが多い、外界から遮蔽された小屋がない、飼い主の姿が見えない、往来から小屋までの距離が近いなどです。
 室内飼いに切り替えることがベストですが、無理な場合は犬を庭や外で飼うを参考にしながら、せめて上記した問題点をクリアしましょう。
臨界距離
 犬には「これ以上近づくなよ!」という暗黙の臨界距離(りんかいきょり)と呼ばれるものをもっています。人間の場合は「パーソナルスペース」とも呼ばれます。犬と往来との距離が余りにも近いと、人が通るたびに臨界距離が侵犯され、そのたびごとに縄張り意識が刺激されることになってしまいますので要注意です。人間で言うと、やたら顔を近づけて話しかけてくる人に対し、不快感を抱く状況に似ています。

恐怖による怒り予防

 犬に恐怖を感じさせる状況は色々あります。詳細は犬の恐れで詳述しましたのでご参照ください。

病気・怪我による怒り予防

 病気や怪我に伴う痛みは、飼い主がいち早く察知してあげるよりほかありません。具体的には犬の怪我と事故、および犬の症状一覧などを日ごろからチェックし、犬の異常をなるべく早く気づいてあげることが肝要です。また、攻撃性が激しい場合は、一時的に口輪(マズル)をはめるといった処置が必要になることもあります。詳しくはかかりつけの獣医さんに相談しましょう。

欲求不満による怒り予防

 欲求不満を解消するためには、まず犬にとっての欲求が何かを知る必要があります。詳細は犬の欲求で解説しましたのでご参照ください。

独占欲による怒り予防

 独占欲による怒りと攻撃行動を予防するためには、今手元にあるものよりも魅力的なごほうびを提示して、独占物に対する執着を徐々に弱めることです。具体的には犬のうなる癖をしつけ直すをご参照ください。

恋敵による怒り予防

 恋敵に対する敵対意識の根源は性欲です。この性欲は不妊手術をすることによって軽減することが確認されていますので、繁殖計画がない家庭においては、なるべく早い段階で避妊・去勢手術を受けさせることが望まれます。
 ライバル意識を燃やすのは主としてオス犬ですが、実はメス犬も無関係ではありません。まず、閉ざされた環境内でメス犬が発情期を迎えると、オス犬同様、他のメス犬を排除しようとする傾向が強くなります。さらに、発情期になるとフェロモンを放出し、周囲にいるオス犬のスイッチをオンにしてしまいます。
 ですから恋敵に対する不要な怒りと攻撃行動を予防するためには、オス犬の去勢手術のみならずメス犬の避妊手術も同じくらい重要なのです。

母性による怒り予防

 母性による怒りと攻撃性は一時的なものですので、とりわけ解決策を設けなくてもよいでしょう。ただ、出産後しばらくは産箱を撤去しないようにし、また飼い主といえども不用意に子犬を取り上げることは慎んだほうが無難です。なおMugfordは、自分の子犬を殺してしまうメス犬は、この行為を繰り返す傾向があるため、卵巣と子宮を摘出する不妊手術を受けることを推奨しています。
 農場では子供たちに「母親になった動物に近づいてはいけない」と教えるところがあるそうですが、含蓄に富む教訓ですね。

先天異常による怒り予防

 先天的異常に関しては後天的に解決するのが難しいといえます。純血種と呼ばれ血統書と共に売買される犬は、限られた遺伝子プールの中で繁殖されたものも少なくありません。犬を飼う前に犬種標準血統書の意味を考え、生まれつき攻撃行動に走りやすい犬種を、飼育候補から外すことが重要でしょう。
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