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犬のカーミングシグナルの役割~よく聞くけど本当に意味や効果はあるの?

 犬同士の交流を円滑にすると言われる「カーミングシグナル」。よく聞く言葉ですが、果たしてこの言語には本当に意味や効果があるのでしょうか?2016年に行われた科学的な検証実験とその結果をご紹介します。犬語がわかるようになるかも?

カーミングシグナル検証実験

 2016年、犬同士の交流を円滑にすると言われる「カーミングシグナル」の効果が、本当に存在するのかどうかを確かめるための検証実験が行われました。
 「カーミングシグナル」(calming signal)とは、犬がストレスを感じたときや相手の犬をなだめようとするときに出る、さまざまな動作のこと。2006年、ノルウェー人ドッグトレーナー、トゥーリド・ルーゴス(Turid Rugaas)が紹介したことにより、世界的に知られるようになりました。しかし犬同士が交流する場面において、本当にカーミングシグナルが機能しているのかどうかに関しては科学的な検証が十分になされておらず、飼い主やドックトレーナーからの逸話に頼っていたのが現状です。そこでイタリアとスペインの共同調査チームは、顔見知りの犬同士と見知らぬ犬同士が交流する場面を設定し、カーミングシグナルがどのような役割を果たしているかを統計的に検証しました。
犬のカーミングシグナル一覧
  • そっぽを向く
  • 目を半開きにする
  • 体の向きを変える
  • 唇や鼻先を舐める
  • 体の動きを止める(フリーズ)
  • 動作を遅くする
  • 遊びのお辞儀(プレイバウ)
  • お座りをする
  • 伏せをする
  • あくびをする
  • 地面の匂いを嗅ぐ
  • 円を描くように歩く
  • 尾を下げたまま振る
  • 体を縮ませる
  • 相手の口元を舐める
  • 瞬きをする
  • 口をピチャっと鳴らす
  • 片方の前足をあげる
  • 二者の間に割り込む
 観察対象となったのはオス犬12頭(6頭は去勢済)とメス犬12頭(8頭は避妊済)からなる合計24頭の犬。犬種はバラバラで、平均年齢は4.3歳(1.5~8歳)です。犬たちを体高40cm未満の小型犬(7頭)と40cm以上の中大型犬(17頭)とに分け、体の大きさが釣り合うようにマッチングし、5m四方のエリア内におけるノーリードの交流を5分間録画観察しました。 犬のカーミングシグナルを観察するため、5メートル四方の実験エリアが設営された Analysis of the intraspecific visual communication in the domestic dog (Canis familiaris): a pilot study on the case of calming signals
Mariti, C., Falaschi, C., Zilocchi, M., Fatjo, J., Sighieri, C., Ogi, A., Gazzano,A., Journal of Veterinary Behavior (2017), doi: 10.1016/j.jveb.2016.12.009

親密性とカーミングシグナル

 調査チームは以下の8パターンにおける犬の交流を観察し、犬同士の親密性がカーミングシグナルにどう影響するかを検証しました。左側の「送り手」はカーミングシグナルを出す側の犬、右側の「受け手」はカーミングシグナルを受け取る側の犬を意味しています。また「顔見知り」は過去1ヶ月間、最低15分間の交流を少なくとも5回経験したこと、「見知らぬ」は少なくとも過去1年間顔を合わせていないという意味です。
送り手/受け手
  • オス犬/顔見知りのオス
  • オス犬/顔見知りのメス
  • オス犬/見知らぬオス
  • オス犬/見知らぬメス
  • メス犬/顔見知りのオス
  • メス犬/顔見知りのメス
  • メス犬/見知らぬオス
  • メス犬/見知らぬメス
 調査の結果、合計2,130回のカーミングシグナルが観察され、親密性とカーミングシグナルに関して以下のような特徴が確認されたといいます。
親密性とCSの関係
  • 顔見知りの犬よりも見知らぬ犬に対して多く見せた
  • 「そっぽを向く」、「鼻を舐める」、「フリーズする」、「体を縮ませる」、「前足を上げる」は見知らぬ犬同士で多く観察された
  • 「相手の口を舐める」は顔見知りの犬で多く観察された

相手との距離とカーミングシグナル

 犬同士の交流の仕方を以下の3つに分類したところ、相手との距離とカーミングシグナルに関して以下のような特徴が浮かび上がってきたと言います。
相手との距離とCSの関係
  • 交流なし送り手の体長の1.5倍以上離れた場所に受け手が止まりアイコンタクトを取らない状態。全体の40.5%で、カーミングシグナル出現率は9%。
  • 遠い交流送り手の体長の1.5倍以上離れた場所に受け手がおり、アイコンタクトなど何らかの交流をする状態。全体の17.5%で、カーミングシグナル出現率は25.1%。「地面の匂いを嗅ぐ」と「あくびをする」が多く見られた。
  • 近い交流送り手の体長の1.5倍以内の場所に受け手がいる状態。全体の42.0%で、カーミングシグナル出現率は65.9%。

攻撃行動とカーミングシグナル

 調査チームは犬同士の交流で観察された行動のうち、カーミングシグナルの受け手が見せた合計109回の攻撃行動に着目しました。攻撃行動とは具体的に「噛み付く」、「歯をかちっと鳴らす」、「うなる」、「攻撃的に吠える(吠えながら飛びつく・体当たりする・にらみつける)」といった行動のことです。送り手が出したカーミングシグナルと、受け手が示した攻撃行動の関連性を、2009年にケンダルが考案した「攻撃性の度合い指標」を用いて調べたところ、以下のような傾向が見えてきたと言います。
攻撃行動とCSの関係
  • 攻撃行動の62%は見知らぬ犬、38%は顔見知りの犬に対して
  • 送り手からカーミングシグナルが出されているのに攻撃行動が示される事はなかった
  • 67%のケースでは、攻撃行動の後で送り手が少なくとも1つのカーミングシグナルを出した
  • 送り手がカーミングシグナルを出す頻度は攻撃行動の後の方が多かった
  • 顔見知りの犬から攻撃行動を示された後にカーミングシグナルが出る確率は53.7%
  • 見知らぬ犬から攻撃行動を示された後にカーミングシグナルが出る確率は75.0%
  • 攻撃行動の後で送り手がカーミングシグナルを出すと、79.4%のケースでは攻撃性の減少が見られた
  • カーミングシグナルが出されたのに攻撃行動の度合いが増加したのは5.5%、変わらなかったのは15.1%

カーミングシグナルの役割は?

 「顔見知りの犬よりも見知らぬ犬に対して多く見せた」という事実から、カーミングシグナルは相手の反応が予測できないような場面における不安を解消するために出されていると推測されます。この場合は、相手の犬ではなく自分の心を落ち着かせるという意味でのカーミングシグナルです。特に「顔を背ける」、「鼻を舐める」、「フリーズする」、「体を縮ませる」、「前足を上げる」という行動に関しては、犬のストレスサインという解釈の仕方も可能でしょう。
 交流なしよりも遠い交流において、そして遠い交流よりも近い交流において出現率が高まったという事実から、カーミングシグナルは相手が自分の姿を認識しているという自覚があるときにだけ発せられる、視覚的なサインの一種だと考えられます。人間で言うとジェスチャーです。
 「送り手からカーミングシグナルが出されているのに攻撃行動が示される事はなかった」、「攻撃行動の後で送り手がカーミングシグナルを出すと、およそ8割のケースで攻撃性の減少が見られた」という事実から、相手の犬が何らかの攻撃性を示している時のカーミングシグナルには、荒ぶった心をなだめるという意味があると推測されます。
 これらの特徴をまとめると以下のようになるでしょう。
カーミングシグナルの役割
  • カーミングシグナルは犬の世界におけるジェスチャーである
  • 見知らぬ犬と接した時は自分の心を落ち着かせる為に出す
  • 攻撃的な犬と接した時は相手の攻撃性を緩める為に出す
 「カーミングシグナル」を直訳すると「落ち着かせる合図」となりますが、上記した特徴と考え合わせると、なかなか当を得たネーミングといえます。