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犬の強迫神経症~症状・原因から治療・予防法まで

 犬の強迫神経症(きょうはくしんけいしょう)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。
 一部の研究によると、同じ行動を繰り返すという異常行動の要因は、強い葛藤や社会的・環境的剥奪状態であり、人や犬のほかゾウやホッキョクグマ、ブタなどにも見られるといいます。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

犬の強迫神経症の病態と症状

 犬の強迫神経症とは、日常生活に影響を及ぼすほど、何かに取り付かれたかのように同じ行動を繰り返すことを言います。
 反復される行動は常同行動(じょうどうこうどう)と呼ばれ、さらに自分の意思では止められなくなってしまった場合は強制行動(きょうせいこうどう)とも呼ばれます。
 Luescherらの研究(1991)によると、こうした異常行動の要因は葛藤状態や社会的、環境的剥奪であり、ゾウやホッキョクグマ、ブタなどにも見られるといいます。犬でもしばしば舐性皮膚炎(しせいひふえん)などの形で観察されますが、ストレスの多い生活習慣がこの症状の原因となっている場合は、一種の生活習慣病ともいえるでしょう。また、犬が自分のしっぽを追い掛け回す姿は、時に人々の笑いを誘いますが、その持続時間や頻度が常軌を逸している場合は、もはや笑っている場合ではありません。
犬の舐性皮膚炎
 犬の強迫神経症の症状としては以下のようなものが挙げられます。
犬の強迫神経症の主症状
  • しっぽや前足を自分でかんだりなめたりする自傷行為
  • 脇腹、前足、しっぽなど、口の届く部位の脱毛やただれ
  • 自分のしっぽを延々と追い掛け回す
  • 同じ場所を行ったり来たりする
  • 訳もなくずっと吠え続ける
  • 影や光を延々と追いかける
  • 何もない空中を叩き続ける
  • おもちゃを延々と空中に放り上げる
  • 何かの表面を延々となめ続ける
 以下でご紹介するのは、強迫神経症らしき行動を見せている犬の動画です。ドーベルマンで多く報告されている「脇吸い」(Flank sucking)が見て取れます。意味もなく自分の脇腹に吸い付いたまま離れません。 元動画は→こちら

犬の強迫神経症の原因

 犬の強迫神経症の原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。
強迫神経症の主な原因
  • 持続的な痛み  病気や怪我による持続的な痛みがある場合、その痛みを紛らわせるために同じ行動を繰り返すことがあります。
  • 怪我のあとの癖  怪我をした前足をなめつづけ、完治した後でもそのなめ癖が治らないことがあります。
  • 過剰な拘束  犬小屋へずっと閉じ込めっぱなしだったり、屋外につながれっぱなしだったりといった環境が犬にストレスを与えていることがあります。動物園の動物や集団飼育されている家畜に強迫神経症的な行動がよく観察されるのも、これが原因だと考えられています。
  • 長時間の孤独  周囲に飼い主がいないと不安になり、延々と鳴き続ける犬がいます。こうした現象を分離不安(ぶんりふあん)といいますが、社会化期と呼ばれる子犬の頃の生育環境が影響しているというのが通説です。
  • 少なすぎるスキンシップ  飼い主や他の動物との触れあいがないと不安に陥る犬がいます。
  • 持続的なストレス  攻撃的な犬との同居や、しつけと称した飼い主による体罰が犬に対して持続的なストレスの原因になることがあります。
  • 少なすぎる散歩  散歩が足りないために退屈になったり、また肉体的な疲労が少なくてなかなか眠くならないため、しかたなく同じ行動を繰り返して時間をつぶすということがあります。
  • 遺伝  ある特定犬種にでやすい強迫性行動というものがいくつかあります。たとえば、ドーベルマンが自分の脇腹に吸い付いたり、ゴールデンレトリバーラブラドールレトリバーが自分の体を舐め続けたり、ジャーマンシェパードがしっぽを追いかけたりといった例が知られています。
  • 痴呆  脳内の変性によって異常行動が発現することがあります。
 強迫神経症にかかっている犬と人とでは、脳内に共通点があるようです。2013年、アメリカのバデュー大学で准教授を務める尾形庭子氏は、強迫神経症の犬8匹と、同数の健常犬の脳を比較しました(→出典)。その結果、強迫神経症にかかっているドーベルマンの脳は、全体的に灰白質(かいはくしつ)の量が多いものの、ある特定部位における密度だけが低かったとのこと。灰白質とは、脳と脊髄内部にある灰褐色の神経細胞組織のことです。そしてこの特徴は、強迫神経症を患った人間の脳内でも見られるとか。
 さらに2016年には、100頭近いドーベルマンを対象とした遺伝子調査により、強迫神経症の重症度を決定している候補遺伝子が明らかになりました(→詳細)。研究チームによると、34番染色体上にある「HTR3C」、「HTR3D」、「HTR3E」という3つの遺伝子、および11番染色体上にある「CTXN3」、「SLC12A1」という2つの遺伝子が、大きな影響力を持っているということです。上記した知見は、強迫神経症を発症した犬のみならず、同じ病を抱えた人間の治療計画を立てていく際にも利用される予定とのこと。

犬の強迫神経症の治療

 犬の強迫神経症の治療法としては、主に以下のようなものがあります。
犬の強迫神経症の主な治療法
  • 疾患の鑑別  まず病気の可能性を排除する必要があります。獣医さんに相談し、皮膚病寄生虫てんかんウイルス、アレルギー、細菌感染、視野の悪化など各種疾患の可能性がないことを確認します。
  • 原因の除去  原因が多岐にわたるため、決定的な解決策があるわけではありません。犬を取り巻く生活環境の中で、原因と思われるものがある場合はそれを取り除きます。犬のストレスを見つけるときは犬の幸せとストレスが役に立つでしょう。
     過剰な拘束が原因のときは、犬を室内飼いに切り替えたり、運動不足が原因のときは散歩の時間や頻度を増やします。スキンシップが足りないときはマッサージなど定期的に犬と触れ合う時間を設けたり、同居犬や飼い主の態度が原因のときは、犬との接し方を根本から改めるようにします。
  • しつけ  しつけによってある程度行動を抑制することができます。たとえば、自分の足を舐め始めたタイミングで知育玩具(ゲーム性をもたせたおもちゃ)を与えてみたり、分離不安の犬に留守番のしつけをしたり、吠え続ける犬に対して無駄吠えのしつけをしたりなどです。
  • 投薬  獣医師によって器質的な疾患がないと判断された場合は、抗うつ剤のエンドルフィン遮断薬や三環系クロミブラミンが処方されることがあります。