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犬の乳ガン

 犬の乳ガンについて病態、症状、原因、治療法別にまとめました。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

犬の乳ガンの病態と症状

 犬の乳ガンとは、哺乳動物のメスでだけ機能し、母乳を産生する「乳腺」(にゅうせん)と呼ばれる腺組織にガンが発生した状態です。 犬の乳腺とリンパ節の位置関係  乳腺と外界を結ぶ乳頭(いわゆる乳首)は、通常左右に5つずつ、合計10個付いています。胸から下腹部にかけて広がっており、上から「前胸乳頭」、「後胸乳頭」、「前腹乳頭」、「後腹乳頭」、「鼠径乳頭」と呼ばれます。なお乳頭が4つや6つなど、5つ以外の数であっても決して異常という訳ではありません。腫瘍はどの乳腺でも発生する可能性を持っており、単独で現れることもあれば複数同時に現れることもあります。

良性腫瘍と悪性腫瘍

 乳腺に発生した腫瘍には、大きく分けて良性と悪性があります。前者は他の組織に悪影響を与えないもの、そして後者は発生場所から方々に飛び散り、他の器官に支障をきたす「ガン」のことです。犬の場合、良性と悪性の比率は半々くらいで、好発年齢は8~10歳とされています。「良性」と聞くと何となく安心してしまいますが、乳腺腫瘍に関してはそう簡単にはいきません。乳腺に発生した良性腫瘍を切除した患犬を、2年間追跡調査したある研究では、悪性腫瘍に発達するリスクが9倍に高まるとされています(Richardson, 1992)。

乳ガンの分類

 犬の乳ガンに関しては、WHO(世界保健機構)による組織学に基づいた複雑な分類体系があります。具体的には「単純腺癌」、「混合腺癌」、「肉腫」、「腺肉腫」などです。乳腺腫瘍の約50%を占める悪性腫瘍のうち、圧倒的に多いのが「腺癌」(せんがん=分泌腺組織がガン化したもの)で、全体の8割を超えています。残りが「肉腫」(にくしゅ=結合組織がガン化したもの)や炎症性ガン(炎症性細胞の浸潤を特徴とするもの, 臨床用語ではない)で、それぞれ10%未満です。 WHOによる犬の乳がんの組織学的分類  数あるガンの種類の中でとりわけ厄介なのが「炎症性ガン」です。このガンはWHOの分類になく、また臨床用語でもありませんが、非常に予後が悪い病態として知られています。特徴は急速に大きくなるコリコリ、び漫性浸潤、発赤、むくみ、熱感、変色、痛みなどで、短期間のうちに貧血、白血球数の増加、血液凝固異常(DIC)などへと発展します。下腹部に両側性で発症しやすく、鼠径リンパ節の腫れを伴うこともあります。非常に転移しやすく、また化学療法、放射線療法といったあらゆる治療法にも無反応で、仮に切除しても数週間後には再発するという極めてやっかいなタイプです。この炎症性ガンが生じてしまった場合、今のところ鎮痛剤、ステロイド剤を投与してQOL(生活の質)を維持するよう努めるしかないというのが現状です。手術をすると、皮膚やリンパ管への広がりを助長するため、むしろしない方がよいとされています。

乳ガンのステージ

 犬の乳ガンには、組織学的な分類のほか、進行度合いによる分類もあります。以下はその一例です。なお犬の場合、腫瘍の発生部位や発生個数と、治療後の予後にはあまり関係がないとされています。
犬の乳ガンのステージ
  • ステージ1腫瘍の直径が3cm未満
  • ステージ2腫瘍の直径が3~5cm
  • ステージ3腫瘍の直径が5cm以上
  • ステージ4腫瘍の直径に関わらず近くのリンパ節に転移している
  • ステージ5腫瘍の直径やリンパ節への転移に関わらず、遠隔組織に転移している

乳ガンの症状

 良性と悪性に関わらず、乳腺に発生した腫瘍が示す主な症状は以下です。基本的に、犬が妊娠していないにもかかわらず、お乳だけが張ってくるような場合は、腫瘍の可能性を疑うようにします。また動物病院では、「最初にしこりに気づいた時期とその大きさ」、「避妊手術の有無と時期」、「乳腺炎の罹患歴」、「最後に発情を迎えた時期」などを聞かれますので、事前にポイントを押さえておくようにします。
犬の乳腺腫瘍の主な症状
  • 乳頭の腫れ
  • 胸やおなかへのタッチを嫌がる
  • 腋の下や腿の付け根が腫れている
  • 食欲低下と体重減少(悪性の場合)
犬の乳ガンの外観  犬の良性腫瘍と悪性腫瘍を見分けるのは難しいとされています。まずコブを手で触った時、「コリコリと動く場合は良性、皮膚や筋肉にしっかりとくっついている場合は悪性」という簡単な目安がありますが、絶対的な確認法ではありません。また仮に、組織を採取して顕微鏡で調べたとしても、良性なのか悪性なのかよくわからなグレーゾーンの細胞がたくさんあるため、それを検査する病理診断医によって結論が異なることもしばしばです。犬の乳腺腫瘍が良性なのか悪性なのかわからないような場合は、「疑わしきは罰する」の考え方に基づき、その性質に関わらず患部を切り取ってしてしまうこともあります。
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犬の乳ガンの原因

 犬の乳ガンの原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。
犬の乳ガンの主な原因
  • ホルモン 犬の乳ガンを引き起こす原因の筆頭はホルモンです。具体的にはエストロゲン、プロゲステロン、プロラクチン、グロスホルモン(成長ホルモン)などが関わっていると考えられています。なお、人間の女性で確認されている、乳ガンと妊娠の時期、初産の年齢、産んだ子供の数、性周期の異常、偽妊娠との関係は、犬ではそれほど強くないとされています。
  • 乳腺炎(?) 乳腺炎を患っているメス犬における腫瘍発生率が9倍になるというデータがあることから、乳腺における炎症が何らかの関わりを持っていると考えられます。
  • 犬種(?) ケンブリッジ大学が公開している「犬の遺伝疾患データベース」によると、ビーグルシーズーウェルシュスプリンガースパニエルにやや多く発症するようです。
  • 不明 原因がよくわからないことも少なくありません。
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犬の乳ガンの治療

 犬の乳ガンの治療法としては、主に以下のようなものがあります。
犬の乳ガンの主な治療法
  • 外科手術 乳ガンに対しては、患部を外科的に切除するという治療法がまず真っ先に適用されます。腫瘍が1センチ未満で孤立しており、皮膚や筋肉に固着していない場合は腫瘤のみを切除し、腫瘍が1センチ以上で皮膚や筋肉への固着が見られる場合は、腫瘤とその周辺組織を一緒に切除してしまいます。またリンパ管によってガン細胞が広がることをあらかじめ避けるため、両側の乳腺を切除してしまうという「両側乳腺切除術」も一般的です。この手術では、左右どちらか一方の乳腺をすべて切除し、それから20~30日の間隔を隔ててもう一方の乳腺もすべて切除してしまいます。このとき、ガン細胞が組織内に深く浸潤しているような場合は、乳腺と併せて筋膜や腹壁自体を切除することもあります。犬の乳がんに対する外科手術一覧
  • 光線力学療法 光線力学療法とは、一定の光を受けると活性酸素を作り出す物質を利用する治療法です。光増感剤を血管内に投与して腫瘍細胞に染み込ませ、そこに特殊な光を照射します。するとそこで活性酸素が作り出され、ガン細胞の増殖を抑え込みます。
  • 化学療法 化学療法とは抗ガン剤を用いた薬物療法のことです。外科療法の目的がガンの根治であるのに対し、化学療法の目的は病状悪化の抑制とQOL(生活の質)の維持だといえます。
  • マッサージ 飼い主が日頃から、病気の早期発見を兼ねてマッサージしてあげていると、いち早く乳腺付近の病変を見つけることができます。犬のマッサージなどを参考にしながら、乳頭に異常はないか、お乳を触ると痛がらないか、腋の下や腿の付け根のリンパ節は腫れてないか、腫れがあったとしたらコリコリが動くかどうかなどを注意深くモニターするようにします。なお見つかったコリコリがもしガンだった場合、むやみに触っているとリンパ管を通して細胞が広がってしまう危険性があります。「怪しい」と思ったらすぐにかかりつけの獣医さんに相談した方がよいでしょう。犬のマッサージ
  • 避妊手術 避妊手術によって卵巣を摘出することは、乳ガン予防につながります。犬の乳腺腫瘍は、50~60%の確率でエストロゲンレセプターを持っているといわれています。つまり卵巣から分泌されるエストロゲンに反応して細胞が活性化され、乳ガンに発展する可能性があるということです。ですから大元であるエストロゲン、およびそれを分泌する卵巣自体を取り除いてしまえば、乳ガンの発症率も下げることができます。メス犬の避妊手術
 犬の乳腺腫瘍(良性+悪性)を予防する方法として「避妊手術」を挙げましたが、腫瘍を発症する危険性は、手術を受けるタイミングによって大きく左右されます。具体的には以下です(Goldschmidt, 1983)。
避妊手術のタイミングと乳腺腫瘍の発症率
  • 初回発情以前に避妊手術手術していない犬の0.5%(約1/200)
  • 1回目と2回目の発情の間に手術手術していない犬の8%(約1/12)
  • 2回目以降に手術手術していない犬の26%(約1/4)
 上記データとは別に、「2歳以降に避妊手術を受けた犬では、6ヶ月以前に受けた犬の7倍も乳腺腫瘍(良性+悪性)を発症しやすい」といった数字もあります(Richardson, 1992)。ですから、避妊手術を行う場合は、メス犬が初めての発情を迎える前の生後6ヶ月齢までに済ませておくのがよいようです。 メス犬の避妊手術
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